御影城の戦い 4

§ § § 



「ほっ、ほっ、ほっと、……到着」


 最後の石段を登りきったところでメクルは大きく深呼吸します。

 夜とはいえ夏の盛り、その中を総重量10キロ以上にもなる装備を身に着け、石段を小走りで索敵しながら登ってくるのは鍛えているメクルでもさすがに少し疲れました。


 事前に作戦本部で見た地図は頭に入っているので迷うこと無く、また噂の変質者にも大男に会うことも無く、頂上へ到着する事ができましたが……、さすがの運動量に汗が頬を伝います。



「お、来た来た、おせぇよメクル」


「なんかそれ、さっきも聞いたなぁ……おまたせしました」



 メクルが息を整えながらヒロを見ると、背中に40キロ近い人間を背負い、しかも両手も使えなかったはずなのに少しの疲労感も見せません。


 それも恐らく、かなりの速度でここまで走ってきたようでした。その証拠に、



「ぅぅ……キモチ、ワルイ、メクル、お水、ちょうだい」



 下で見た時よりさらに元気がなくなってしまったピーシーは拝むように両手を合わせて木下で蹲ってます。

 これは相当にシェイクされてしまったようでした。

 メクルはリュックから取り出した水筒を神頼みスタイルのピーシーに差し出すと、


「はい、一気に飲んじゃダメだよ」


「ありがと、メクル、神様、ヒロ、イジワル」



 渡された水筒からチビチビと水を飲むピーシーの恨み節なんて聞こえないと、ヒロはその場で軽快にストレッチなんかしています。ご機嫌です。絶好調です。



「ヒロは調子良さそうだね、でもあげたの?」


「お、良くわかったな、今日の正午に仕込んできたから、今が一番良い時間だぜ」


「みんな仕事上がりの時間だしね、私も後で見よっと」


「今、再生数、2万ちょい、リアルタイム、視聴者数、400人くらい、ぅ……」


「はいはい、無理にネットへ、背中さすろうか?」


「……大丈夫、少し、休む」


「わかった、ここからは二人で調べてくるね」


 メクルはリュックからタオルを取り出してピーシーの頭にかぶせると、辺りを見回しました。


 本丸に一番近い広場まで登って来ると空がグっと広くなります。

 ほとんどのビルが眼下にくる高さです、夜風も少しだけ涼しい気もします。

 なにより夜空に輝くお月様がピカピカで、綺麗で、無限の星図に夏の大三角形がよく見えました。


 それはなんだか、ロマンチックで。


 それがなんだか、悲しくなります。



「本当だったら奥付君と眺める予定だったのになぁって顔してるぜ」



 ストレッチを終えたヒロが少し意地悪そうに目を細めて微笑みます。



「そ、そんな具体的な顔してないよ……」



 していました、少しだけナーバスな表情になっていました。

 もし告白が成功していたら、奥付君としたい事が沢山あったのです。

 お祭り、天体観測、流行のナイトプールにも挑戦したいとも考えていました。

 秋は紅葉狩りに秋祭り、文化祭、冬はクリスマスに初詣、まだまだ沢山あります。

 届かないと思っていた願いに、分不相応と思っていた願いに、手を伸ばしました。


 でもそれは、あの瞬間、あの交差点で、真っ赤な色で掻き消されました。


 焼けたゴムの匂いと熱されたアスファルトに焦げ付き広がる、赤い、赤い、鉄錆の色。



「――大丈夫だ、メクル」



 強く、背を叩かれました。

 喉に溜まり始めた悲しみを打ち払うようにメクルの背を叩き、

 ヒロが言います。



「俺が全力で助けてやっから、心配すんな、な?」



 そう言って、ヒロは月を背に笑います、空に浮かぶ月のように笑ってくれます。

 にっこり笑うその笑顔に、メクルは溢れそうになっていた暗い気持ちを飲み込みました。



「……うん、頼りにしてる」


「おう、頼りにろ、あ、それで見せたいのはあれだよ、



 そのまま本丸の方を指さすと、その入り口には入場料を支払う窓口があります。

 その隣に話していた鳩の餌を売ってくれるお茶屋さんがあり、さらにその右隣にヒロ達が言っていた石碑がありました。

 異変はここからでも分かりました。メクルとヒロが近づいてみると、



「…………、だね、これ」



 高さにして2メートルはあるでしょう石碑の前に、深さ2メートルほど、大きさは大人が二人が横になってすっぽり入れるほどの穴が空いています。


 捲れ上がった土が散乱し、穴の中央には腐食が激しいですが木の板らしき物が見えます。

 

 丁度、大人一人が寝転がれる長さと広さの板です。



「誰かに掘られた? ……ううん、でもこれは」



 メクルは片膝をついて土を手に取ると指に馴染ませるようにして湿り具合を確かめます。鼻に近づけて臭いを嗅ぎ、辺りをさらに見回しました。



「湿ってる、夏場でこれだけまだ湿り気があるって事は、掘り返されて半日も経ってないかな……」


「んで、なんかわかりそうか? てかこの石碑がなんなのかだよな」


「土がこびり付いててわからないね、なんとなく嫌な予感はしてるけど」



 苔むした楕円状の石碑は高さ二メートル程の自然石に文字を掘ったものでした。その石碑にも所々に土が付いています。メクルは穴を避けるようにひょいと飛んで石碑の前に立つと、付いていた土を手で払い落としました。か弱い外灯に照らされて浮き出る文字を見て、メクルは納得するように頷きます。



「うん、これ、石碑じゃないね」


「石碑じゃない……よぉしなんだか嫌な予感がしてきたぜ、で?」


「率直に申しますと、


「かーっ! やっぱりかよぉー! なんでこんな所に墓あんだよ! ぜってぇこの上で飯とか食った奴いるぜ!」



 ヒロは嫌な予感が当たってしまったと両腕を組んで寒々しいと両手で肘をこすります。



「苦手なんだよなぁ、奴! あぁやだやだ……いやいや、まぁあれだつまり、中身を掘り出したわけだ、誰かが墓暴きしたってことだな?」


「うーん、たぶん、かなぁ……」


「…………どういう意味でしょうか、メクルさん」



 あまりの嫌な予感にヒロも思わず丁寧語です。



「誰かが上から掘ったんじゃなくて、



 メクルがそう告げると、ヒロは少し考えるように視線を横にしてから、血の気が抜けていくように青ざめました。



「おいおいおいやめてくれよ! こわいだろ! 幽霊か! お化けか! ゴーストなのか!」



 ヒロはあからさまに怯えていました。そう、ヒロは幽霊やお化けといった類いの敵が大の苦手なのです。


 昔から『殴れない奴は怖い!』という筋肉の塊な価値観で、物理的にどうにもならない相手が大の苦手でした。



「それはわからないけど、見て、掘り返した土があっちこっちに飛んでる、四方八方に、そこと、あそこと、たぶんお茶屋さんの屋根にも」


「だ、だから? 元気に掘り起こしたんだじゃねぇの?」


「仮に数人でスコップで掘ったのなら、ここまであっちこっちに土を投げ捨てないよ、大体は穴の近くに小山に盛るはず。でも土は穴を中心に円状、しかも外にいくほど土の量が多くなってる……まるで中から発破したみたい」



 穴は、爆心地のように土を飛散させていました。

 遠い場所でも10メートル近くまで飛んでいます、白い砂利の上にも散っているのでおおよその範囲が分かりました。



「それなら、一カ所だけ穴を深く掘って、その中に爆弾をいれた! ドカン! 土が散らばりました! これだ!」


「仮にお墓を掘り返そうとしてるって事は中身に用事があるってことになる、その中身が損傷しそうな方法を取るとは考えづらい、ここに穴を空けること自体が目的だったとか、そんなんじゃないかぎりは」


「……じゃぁなにか、中の死体か、骨か、そんなのがドカーン! と土を吹っ飛ばして、あぁよく寝た寝たって出てきたってか?」


「永眠から覚めたのならね……ちょっとまってね」



 と、メクルは石碑をもう一度、上から下まで眺めます。



「んーっと、あぁこれ『磁祈明久じきあきひさ』のお墓だよ、ほら、『二百野盗語り』とか『怪鳥快刀乱麻』のモデルになった人」


「あー、あの明久なぁーはいはい……」


「わかってないね、説明する」


「いいやまて! 覚えてる! 有名だった! そこまで出かかってる!」


「すぐに出てきそう?」


「3分くらいで思い出す」


「スマホをしまいなさい」


「しかたねぇな、今回はお前を頼ってやるぜ」


「おう、頼りにしなさい」


「あれ、なんかさっき聞いたな、それ」



 今度は立場が逆でした。



「お互い持ちつ持たれつということで、えーっと、磁祈明久っていうのは…………ゴホン」



 と、メクルは一度言葉を止めて、わざとらしく一つ咳払いをします。



「それはそれは、むかーし、むかしの、ことじゃった……」



 なぜかお婆さんのように語り出しました。


 その物語、主人公の名を『磁祈明久』


 それは昔々のお話です。

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