御影城の戦い 2

 

 ナンパをされる事は度々ありました、こんな外見にも食指が動く殿方はたまにいます。それでもまさか制服を着ている女子高生をナンパするなんて、この手の人が警察官にもいるのかとメクルは思わず苦笑いを浮かべそうになるのを堪えました。



「その、急いでいるので……」


「え、あぁダメだよ、だめだめ、城内は封鎖中だよ、なんか危ない人間が暴れてるとか……物騒な世の中だよねぇ、だから危ないから今日はね、あぁそうだ俺が送っていこうか? 家はどこ? それとも学生寮かな? 御影アプリとかやってる?」


「い、いえ、あの、そうじゃなくてですね……」


「遠慮することないって、あ、もしかして裏アプの方とかやってる?」



 あまりこちらの話を聞こうとしないお兄さんにタジタジのメクルです。

 なんだか押しも強く、目の奥にギラつく何かも感じられます。

 さてどうしたものか、誰に連絡を取って助け船を出してもらおうかと頭の中のリストをメクルが開いた時でした。




「おうコラっ! 山田っ! そいつにさわんじゃねぇ!!」




 と、低くドスの効いた声が轟きました。

 メクルの肩に手を伸ばそうとしていた山田と呼ばれたお兄さんが背筋を一瞬ビクつかせて振り返ると、そこには一人の中年男性が立っていました。



「そいつは特武とくぶ指定のゲストだ! さっさと離れないと



 明確な怒りの感情を込めた声で叩かれたお兄さん警察官はすぐさま背筋を伸ばして向き直ります。実に体育会系らしい行動です。



「お、おつかれさまです! 三原みはら警部!」



 ナンパなお兄さんをビクつかせたのは五十路は過ぎただろう中肉中背のオジさんでした。


 白髪交じりの短髪と浅黒い肌、酸いも甘いも若い頃に出す物はもうとっくに出し切った出涸らしのような風体を持つ男でした。


 なのにまるで背中に赤鬼でも背負っているような気迫があります。



「てめぇは警学で何を学んで来たんだ、それでも警官か馬鹿野郎!」


「す、すみませんでした!」



 お兄さんを敬礼させてしまった三原という男こそ、まるで警察官に見えない格好です。


 警官の制服ではなくなぜか赤色のアロハシャツ姿、ハワイなんかで見かける黄色い花々をプリントした派手なやつです。そこにサンダル、青い短パン、麦わら帽子に咥え煙草、さらに『乾坤一擲』と書かれた扇子とくれば、もうお祭りのテキ屋のオジさんにしか見えません。



「お疲れ様です、三原さん」


「おう、おめぇが来たのか」



 ペコリとおじきをするメクルを三原が睨みます。


 メクルは顔見知りにようやく会えたと安堵する一方で、この三原という男が苦手でした。



「はー、てことはやっぱり中で暴れてるやっこさんは、そっちの手合いかよ」


「はい、恐らくですけど」


? 恐らくだぁ? あぁあぁまったくようこっちはクソ暑い中に呼び出されて、毎度毎度と正義の超能力者だ、魔法少女だぁ、月光げっこう仮面だ、おまけに今日は赤影あかかげ参上ときた、それをただ逃がさないように外で指を咥えて見てろってよ、こんなご大層な人数を引っ張ってこさせてきといてガキの使い以下だ!」

 


 三原の声には苛立ちがこもっています。ガラの悪さも相まって、警察ではなく完全にそのすじの人にしか見えません。



「いつもご協力感謝します、誰も怪我人はでていませんか?」


「出てねぇよ! もし出てたらなぁ! 俺が直接入って投げ銭ぶつけて十手でぶん殴ってなぁ! その後ぁ、背中の桜の代紋を見せてやるとこだってんだ!」



 銭形なのか遠山の金さんなのかをハッキリしてほしいと心の中で思っても、メクルは絶対に口にしません。


 三原という男、メクルが苦手なのはとにかく誰にでも当たりが強い所です。


 とくに能力者と呼ばれる御影学園生徒会への当たりはとにかく強いのです。


 御影学園では能力者絡みの事件が時折おこります。


 学園より能力の使用を堅く禁じられた生徒の中には、我慢できずに力を人前で見せる者、犯罪者を独断で夜な夜な罰していたり、逆に知らず知らずに犯罪に加担してしまう生徒も過去には居ました。


 その度に警察と協力して能力者を確保、保護、記憶や情報の処理を行うのですが、三原はそんな現場の一般人側を指揮する立場でもって、御影学園の生徒会とも接点が多く、基本的には極秘裏とされている能力者達についても見識をもつ数少ない一般人です。


 そんな理由からか、能力者という人間をとても嫌っています。


 面と向かって大嫌いだと言っていました。


 率直に面と向かって嫌っている言う所をみるに、恐らく根は悪い人ではないのだとメクルは思いますが、しかし、だがしかし、



「え、三原警部、背中に桜の入れ墨してるんですか? 警察官なのに? やべぇ……」


「馬鹿野郎っ! 背中に警察の威信を背負ってるって意味だ!」


「痛っ!? す、すみません! すみません!」



 再び怒鳴られついでに畳んだ扇子で頭を弾かれた山田君、今度は背筋をビンビンに伸ばしたまま腰を折っての平謝りです。


 レトロというか、クラシックと呼ぶべきか、今時珍しい体罰上等の頑固オヤジそのもので、とかく人生の8割近くを怒って過ごしていそうな男、それが警部の三原さんです。


 そんな三原ともこれで何度目かの面識、メクルは会う度に思います、



(相変わらず声が大きくて怖いなぁ……血圧大丈夫かなぁ)



 さっさと持ち場に戻れと怒鳴られ、山田君の持ち場は恐らくここなのですが、何かを言えばまた怒鳴られると脱兎の如く山田は走って消えました。



「ちっ、これだから若いやつぁ……おっとその山田より若ぇのが来たんだったな」



 ジロリと再びメクルは睨まれます、怖いです、御影警察の鬼警部の伊達ではありません。思わず目を逸らしたくなるのを堪えつつ精一杯の微笑みを作ってから、



「は、はい、いつも本当にお世話になっています」


「まったくだ、あぁだいたいな前回のあの野郎にだって俺は言いたい事がまだあんだ、なんだった、あのほれ、なんでもかんでもぶっ飛ばす野郎だよ!」


「ぶっ飛ばす……あ、飛山ひやま君ですね」



 前回というのは現実世界で二月ほど前、メクルの体感では5ヶ月前に起きた事件、



『珍走半グレ集団、照樂奇デラックス爆破ボンバー壊滅事件』のことです。



 4年前にメクル達とは別のチームが異世界より保護した能力者の一人、『清掃委員』の『飛山一投ひやまいっとう』君が最近起こした事件でした。


 付けられた名前もそのまま、飛山君が街に蔓延はびこる半グレ集団の一派『照樂奇デラックス爆破ボンバー』を能力を使って一掃してしまった事件です、その時の担当、もとい後始末をしたのも三原警部でした。



「そう! 飛山! あの野郎について他の奴らの調書とってたら、あの馬鹿! 半グレの馬鹿共に一度わざとダチと一緒に捕まって、そのダチが危ない目にあいそうな直前までニヤニヤとした余裕の態度だったていうじゃねぇか! そんでダチが一番危ねぇって時に能力つかってドッカンボッカンだ!」


「き、きっと友達が傷つくのを見過ごせなかったんですねぇ……」



 あの時は確か学園に潜む他国のスパイが半グレ集団に裏で力を貸しているという噂の調査のために派遣され、限定的に能力の使用許可を飛山君に与えた時でした。


 恐らく、本当に自ら捕まったのだと思います。


 しかしその後で、大暴れした飛山君が破壊したのは半グレ集団がアジトにしていた廃墟ビルと、高級そうなバイクや車を数十台、怪我をして入院した人は全部で39人となりました。飛山君はその後、能力を再び『施錠せじょう』され謹慎処分を受けたと聞いています。


 三原警部が怒るのも仕方ないとメクルは自分が責められている気分でした。


 一般人からすれば、チートは驚異であり、易々と相手を傷つける事が可能な恐ろしい能力が多いのは確かです。



「馬鹿野郎! そんな力があるなら!!」


「え? ……と、いいますと」


「てめぇらは水戸黄門かってんだ! どうせ能力使うならなぁ! 最初に派手に力を見せてやりゃいいだけだろうがよ! それをギリギリまで力を隠して、キャーカッコイイー!! へっへっへ実は俺って強いんだぜーってタイミングで悪党を何十人も病院送りにして、アジトを壊してご満悦かもしれねぇがな!」



 三原さんは噺家のように持っている扇子を自分の膝頭にベンベンと叩きつけて続けます。



「後処理ってのがあるんだよ! 最初に力を見せてやりゃなぁ、ぶっ飛ばさなくて済んだ人間もいただろうよ! お医者様だって大混乱だ! だから警察はこうやって、いいか! こうううやってっ! 最初に警察手帳ちからを相手に見せるんだよ!」



 三原はメクルへ御老公の紋所のように警察手帳を見せる素振りで扇子を見せます。



「は、はい、ごもっともです……」



 私が手帳を見せた時は全然効果がなかったのに、などと絶対にメクルは口にしません。


 御影学園の能力持ちの生徒は特別委員会所属の面々を除いて、能力の使用は全面的に禁止されています。


 そのため飛山君が最後の最後まで能力を使うかどうかを悩んだのだろうと推測できますが、確かに三原警部の言うことには一理ありました。


 殴らなくていいのなら、壊さなくてもいいのなら、それにこしたことはないのですから。



「はぁ……はぁ……わかりゃいんだよ、ちくしょう暑いなぁもぅ! おい行くぞ! 早く帰ってビールのみてぇんだよ俺は!」


「もちろんです、あ、それで、先に誰か来てますか?」


「あぁ来てるぜ、先に三人入っていった、そのうち二人はろくに説明も聞かずに行きやがった! ったっくよぉ、とりあえずこっちに来い」



 そう説明をすると三原警部は踵を返しながら扇子をバンと開いて歩き出します。


 メクルも正門前に仮設された作戦本部へと向かう三原の後を追うためにバイクを駐車して、差し込んであるキーを回して座席シートを空けると、中から少し大きめの迷彩柄のバックを取り出して肩に掛け、シートを閉めて後を追いました。


 追いながら、三原さんの背中に問いかけます。



「三原さん、中の状況とかはわかりますか?」



 三原は振り返ることもなく、歩きながら不機嫌そうに、



「報告があったのは夕方、どうも城内の歴史館と休憩所の茶屋で器物破損と盗難の被害があったんだと、なんでも昔の刀やら鎧がごっそりと無くなってたんだとよ、そんで通報に駆けつけた警官の一人が見たって言うんだよ、そのー、なんだ」



 三原はなにやら言いづらそうに口籠もります。



「忍者のような大男と、、ですか」


「おうそれな、まぁこういったおかしな話は大体そっち絡みだろうって連絡したわけだ」


「忍者のコスプレ男と、心の病んだ女の子の可能性もなくはないですよね」


「それだけだったら連絡するかよ! それで最初に見つけた警官はこう付け加えたんだよ」



 そう言って三原は再び扇子を畳んで、自分の首をトントンと叩きます。



「その忍者は空を飛んでましたー!! だとよ……」



 本当に嫌になると三原は扇子を広げました。



∞    ∞    ∞

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