僕の異世界 エピローグ


「         」

「            」

「    」

「          」





∞∞∞∞∞






 それから思う存分、思うがままの時間を過ごした。


 もちろん止まった時間の中で行っている行為だから時間を過ごしたかどうかは表現として正しくないかもしれない。


 でも本当に楽しい時間だった。


 もう全てを出し尽くしたくらいだ。


 そして時間を止めたまま、元凶である三人をモンスターが生息する危険エリアに裸のまま拘束して放置した。能力を使われてもめんどうだが、現実世界の人間を直接処分するのは少し躊躇いがあった。だから森のモンスター達に任せることにした。


 それからリムサをエルフの里へと見送り、再び旅にでようとする僕を涙ながらに止めるリムサに約束した、お腹の中の子供が生まれるまでには、必ず帰ると。




「            」

「    」

「          」





 『 それからの“”の活躍は目覚ましかった 』






 まずは賞金を懸けた王国の王族を全て説き伏せた。

 紳士に向き合ったのだ。

 しかしそれでも襲いかかってくる敵は斬り伏せるしかなかった。

 大妖精達の居場所も突き止め、一人一人と話し合いながら誤解を解き、非礼を詫びた。妖精達の力を使って世界中に点在する殺し屋や魔術師の居場所を割り出し、同じように説得した。


 ツヨシは自身の力をあえて公開し、自身の安全性と危険性を公開し、恐怖を取り払うのに努めた。


 やがて国々に自身と最愛の家族と、里の仲間の安全を約束させ、彼女が待つ里へとツヨシは帰ってきた。


 まだ小さかったリムサのお腹が少し大きくなっていた事に、言い表せない感動で胸が一杯になった。


 これから現実ではなんども死のうと思った、そんな自分に子供が生まれてくるだなんて、想像もできなかった。 


 リムサとの再会に思わず涙を流し、二人で抱き合い、また泣いた。  


 そこからの時間の流れは穏やかで、本当に緩やかで、エルフの里の人達に受け入れてもらい、そこでの新生活が始まった。 


 食べ物は美味しく、空気は清らかで、近づく初夏日の陽気に汗ばみながら畑を耕し、薬草を集め、薬にして売りに出る。


 森で狩りをし、恵に祈りを捧げ、また森に還せるモノは返し、慈しむ。


 皆が強力しあい、分け合いながらのギリギリの生活ではあったけど、この里ではツヨシを恐れる人は一人もいませんでした。


 そして時を止める理由もありません。止めてしまっては、愛する我が子に会う日が遠くなってしまうだけだから。


 食料が足りなくなったり、村に奴隷商が野盗をけしかけたりしり、そんな時だけは一瞬にも満たない時間でこっそりと問題を解決したりもしました。



 そうやって次の春が来た、時、ついに父親になる時がきました。



「生まれたのか!?」



 知らせを聞いて急いで走り込んで来たツヨシを見て、まだ血の気が引いた顔をしたリムサは心配させまいと精一杯の力で微笑んでくれた。



「……はい、ツヨシ様、とっても元気な」


! わかってるよ!」


「……もう、、ええ『女の子』です」



 そう言って、リムサはおくるみに巻かれた小さな命を、か細い手で持ち上げた。

 胸の中に暖かい感情が芽生える。

 手渡された重みが両肩へと宿るように、力が熱を発する。

 幸せだった、幸せの重みで、幸せの熱で、全てが幸福に思える。

 高揚感から自然と涙が出て、過去の記憶がフラッシュバックしてくる。

 思えば酷いことも沢山した……恥ずべき事だったかもしれない。



 でも、全てがこの瞬間のためにあったのだと思えれば、そんな自分を許していける。

 これからは全ての時間を、この二人のために使うと誓おう。


 時を止めるのが、もう一秒たりとも惜しいのだから。


 この世界での冒険は、これで





∞        ∞        ∞




「            」


「    」



「          ?」







∞        ∞        ∞     




【 エピローグ 】




 秋の香りがする、街の広場からはフルートと弦楽器のアンサンブルに合わせてエルフの乙女達が大きな平樽の中で踊っている。熟した葡萄を素足ですり潰してワイン作りを始めるのが丁度この時期で、今日から2週間はこの香りに里が包まれる。



 ふわりと舞う度にエルフ達の白銀の髪が陽光を反射させる、笑い声と共に秋が里へと広がっていく。



 今日は味見が仕事だと以前に仕込んだ樽ワインにさっそく手をだした男達が踊る乙女達へ口笛を高らかに吹き鳴らしていた。



 ツヨシは賑わう広場を背に、今日の稼ぎを担いで我が家へと向かっていた。



 どうやら4年前のワインがそろそろ飲み頃という素晴らしい噂話を耳にしたので今夜は是非我が家も奮発して欲しいとお願いしなければならない。この手土産に狩ってきた牛に似た獣の肉を見せれば渋々ながらも頷いてくれるだろうという期待を胸に、ツヨシは我が家への道を急いだ。



 街の秋の音楽が静かに聞こえてくる程の距離、小さな丘の上に聳える大樹の根元にある我が家へと到着すると、まずは第一声でどうご機嫌をとるかを考えながらツヨシは我が家の扉を開いた。



「あ、おかえりなさい! お父様!」



 開いた扉の先、机に向かって何かお絵かきをしていた少女が振り向くと、ぱっと明るい笑顔を浮かべて椅子から飛び降りて走ってきた。


 白銀の髪と、黒い両目を持つ少女は全力でツヨシに飛びついた。



「うおっと、重い、重いよ、本当に大きくなってきたなぁ、アリサ」



 あれからもう六年が過ぎた。


 最初はリムサの病弱な健康状態が心配されたが、無事に生まれたアリサが今では里で一番のやんちゃ娘だ。


 悩みと言えば、最近は剣術を教えて欲しいと言い出したことだ。隠してあったはずの剣を見つけ、リムサが内緒で旦那様自慢をしてしまったのだ。



 それからは毎晩のように「剣術を教えて! 私も狼達を倒しにいくの!」と無茶を言うことがツヨシの嬉しくもあるような、悩みの一つだった。



「お父様、あのね! 今日はお客様が沢山来るんだって! だからこれからワコの実を沢山取りに行くの!」



「え、これからか? 夕暮れも近い、少しだけにしてすぐに帰ってくるんだよ」



「うん! じゃぁいってくるね!」




 そしてお姫様は走っていく、秋の風をまといながら我が家を飛び出した。




「……本当に元気な子に育ちましたね、ツヨシ様」




 振り返ると、リムサが薄手のカーディガン姿で立っていた。


 あれから5年たつというのに彼女は年をとらないままだ。


 それが少し寂しいと思い始めるくらいには、ツヨシも歳を取り始めていた。




「あぁ病弱なリムサから、まさかあんなに元気な子に育つとは僕も思わなかったよ」


「あら、私だって小さい頃はやんちゃだったんですよ?」


「そうなのか? 想像がつかないな」


「まるで男の子みたいだって、嘘じゃないところが今でもちょっと恥ずかしいのですけど」


「ますます想像がつかないよ」


「ふふ、だからお腹が大きくなってからは、きっと元気な“”って思ってたんですから」



「へぇ男のが、……? あれ、でも、確か君が言ったんだよね、夢で見たって、僕たちの間に二人の女の子が見えたって……ほら、あの予知夢の話だ、よ…………うん、あれ?」








 



 僕は違和感を覚えた。だがそれは気のせいだろう。


 いや、僕は違和感を覚えている。だがやはり気のせいです。


 違う、違う、違う、僕は違和感を覚えている。



「……どうしたのですか? ツヨシ様」


「いや、いやいやいや、、なにかがおかしい」


「そんな、なにもおかしくないですよ、大丈夫ですよ、ツヨシ様」



 急に顔色を変えたツヨシにリムサが近づき、背中をさすり始めた。



「違う、違う、まってくれ、“”!?」




 顔いっぱいに脂汗を浮かべる僕を落ち着かせようと、リムサはそっと抱きしめてくれた。我が子を抱くように、優しくそっとその背を撫でた。焦りと不安が溶けるように消えていく、やはり気のせいだったのだ。



「違う! 僕はそんな事を考えていない! なにが、なんだ、どうなってる!」


「落ち着いてください、田中君、落ち着いて、大丈夫ですから」


「違う違う違う……そもそもなんであの赤ちゃんが、あんな、一瞬で大きくなって、僕はなんでここにいる、確か赤ちゃんを抱いて、抱いた? 生まれた? あれ? あのガキは誰だ、いやそもそも、森であの三人を、あれ、違う、なんだこれ、こんなの、こんな、いや、お前は……」





『……ええ、もう、どうして知ってるのですか、ほらちゃんと女の子ですよ』





「……お前、誰だ? 僕は、一度も君に、『』って苗字を教えていないはずだ」





 ……………………。

 ツヨシを抱きしめていたリムサは微笑んだまま、一息ついてから、続けて言いました。





「……ごめんなさい、この子はそういうがあったんですね」





 ぽつりと呟いて、リムサはツヨシの胸を押して後ろへと一歩下がりました。

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