雪の遅延

 人生の中で最も狂わせるもの、それは数字だと思う。

 老若男女問わず、数字とは裏表のない性格を持つ。

 隷属したりされたりできる。器用貧乏ともいう。

 それは暮らしを安定させることもできるし、人生を狂わせることもしてくれる。

 真っ平らなはずの道をアップダウンにさせ、ジェットコースターの終着地のように破滅させてくれるのだ。


 例えば今の学生に降りかかれば、SNSのいいね数によって変動する。数字が低ければ十代特有の若さを浪費してバカなことをしでかしたり、小手先だけの色気を出してフォロワーを釣ろうと学歴を棒に振ってまで頑張るのだ。

 発言権を持ったのか、と思わせるくらいのガソリン価格の変動もそうだ。ちょっと揺れただけで世間を震撼させる。

「今からデフレにしてやろうか? まあ、今もデフレだけどさ」

 数字とは、いつでも上から脅嚇きょうかくできる立場にいる。近くにいるからといって操作できるわけではない。当然のことに、彼らは感情のない暴徒のようにつっかかってくる。人間はそれに従うしかできない。


 今日もまた、快速電車の核となって揺れ動く身体は、上野駅で解放された。雪が降るかもしれないという天気予報に踊らされ、その混雑具合といったらありゃしない。停車するごとに穴が開けられる、確率の座席に収まった。

 一息ついて、目の前のつり革に吊るされた学生が躍り出た。彼を見て、ああそうか、と思う。降雪は受験期の風物詩なのか、と。


 紺色の冬ズボンは薄そうだが、上半身は温かそうにしている。車内で堂々と裾から出した手には、気持ちを切り替えたように古典の単語集を持っていた。

 今までの頑張りの証がページ外にはみ出している。蛍光色が塗られたように見えたそれは色とりどりの付箋ふせんだった。赤青黄色緑とバリエーション豊かに貼られていて、車内のかすかな空調でたなびいている。

 気持ちを切り替えたようにとそのとき感じたが、圧倒的ともいえる量から察するに、手を付けたのかもしれない。


 そういえばそうだ。学生も数字に一杯食わされたのだ。

 かつてセンター試験と言われた大学共通テストやらに。数学何々が歴代最低点だったと言っていた。たしか百点満点中で……三十七点。

 負の感情が芽生えたが、平均点とは平等だ。平等に、地の底に落としてくれる。


 通勤先の都合上、東京駅でリタイヤした。ふいと階段の途中で振り返る。

 雪による遅延で狂わされた電車。大部分は立ち往生しているが、その電車はゆっくりホームから離れていく。空いた穴はふさがれることなく、名の知らぬ学生は微動として立ったままだった。


 雪の遅延で、都内で功を奏する者がちらほらいるかもしれない。

 それは、朝だからこそ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編としてぶん投げてやる ライ月 @laiduki_13475

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ