Fantasie / クライスラーを聴きながら

「ああ、良いおもいができた」


「それはよかった」


「今回は記憶していた通りのものが観られたよ」


「嬉しい記憶は正確に記録されるものですから。時にお客様、次がラストオーダーとなります」


「もうじゅうぶんだ。いい夢を観させてもらったよ。ありがとう」


「この先の記憶を辿らなくても良いのですか」


「いいんだ。彼女は結局来なかった」


「さようで御座いますか……そうしますと、後味が悪うございましょう。嫌な思い出を残したままになりますが」


「いや、そんなことはない。私には良い思い出だった。あぁ、ラストオーダーということなら、その時が来るまでクライスラーを脳内に響かせてはくれないか」


「『前奏曲とアレグロ』でよろしかったですね」


「そうだ。小舟に揺られて聴くには最高の選曲だ」


「かしこまりました。しかし、これもあくまで記憶なので、正確な旋律はお客様次第でございますよ」


「わかっている。たぶん、一音も外さず記憶しているよ」


「承知しました。クライスラーの『前奏曲とアレグロ』を」


「ありがとう」


「こちらこそ。それでは彼岸までの、最後の記憶をお届けいたします。良き旅立ちを」


【 了 】

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クライスラーを聴きながら 麻生 凪 @2951

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