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潮騒~流氷が着く街で~ 『独白』

作品中の彩美の独白(『 』部分)全文


思えばあの人の、素朴な優しさ、温かさにすがっていたのかも知れません。
凍えるほどの寒さと云うものは、温度計で計るものとはまた、違った意味をもつのだと、札幌の地で思い知らされたのです。本当は離婚したからといって実家に戻るのではなく、新しい生活を築くのが一番よい方法なのでしょうが、ふと、羅臼の懐かしい海が目に浮かび、気が付くと夜行バスに飛び乗っていたのです。ふるさとは遠きにありて思ふものとは、よく云ったものでございますね。羅臼湖の初夏の湿地を彩るミズバショウやワタスゲ、冬に降り積もる雪の重みで地を這うように、クネクネとうねりながら広がるダケカンバやハイマツは、秋の紅葉ではしっとりと色付いて。
理由ですか。苦しみから逃れるため、過去を忘れたかったから、確かに最初はそうだったのかも知れませんね。あの人が教えてくれた故郷の温もり、知らずと気が付いたらそこにおりました。暖かくて、嬉しくて、ただ幸せで。
今ならわかる気がします。羅臼の、ふるさとの海は温かかったのだと。

《作品イメージ曲》
ショパン ワルツ10番
演奏 アリス=紗良・オット
https://youtu.be/ubEdpFfDqmU

4件のコメント

  • 素晴らしい文章!
    元の奥様、きっと素敵な女性であったのでしょうか。情景が目に浮かびます。
    羅臼湖の初夏も綺麗です。
    ありがとうございました。
  • ありがとうございます。
    作中でところどころに綴られる彩美の独白(『 』の部分)を繋げると、上記の文章になります。
  • 感情を抑えだ文章ながらも心の綾を紡いで読み手の心を打ち、ジワジワと奥に奥にと沁みこんできました。
    背景を羅臼の寒さと自然が占め、登場人物が人間の素朴さと暖かさを方言によって伝えてくる素敵な文章と物語でした。
  • 藍川様
    お読みいただきまして、感謝申し上げます。素敵なコメントをありがとうございます。
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