アレグロ / ファンタスマゴリア
「あぁすまない、慣れないものでね。取り乱してしまった」
「どうぞお気になさらずに、一時的な記憶の混乱でしょう。よくあることです」
「過去の記憶というのは自分の足あとを辿るようで、なんだか、あてにならないものだな」
「時間が経つと都合の良いように脳が勝手に描き換えてしまうものですから。もう一度、チャレンジなさいますか」
「ああ、そうだな。もう一度同じ記憶でやってみよう。次は集中するよ」
・・・・・・・
プリンセスカット レール留め1.25ct
PT950 幅3.5mm K18YG縁取り
ホワイトゴールドと迷ったが、 変色を懸念したのと 婚約指輪ならやはりとプラチナにした。お互い初めてではないし、型にはまったものよりもデザインを重視して決めたんだが、はたして気に入って貰えるかな……
日記サイトがきっかけだったね。
サイトメールで紹介したクラシックギター曲。S・L ヴァイスの『Fantasie』を、凄く良い曲だったと綴ってくれてた。その後に君の好きなバイオリン曲、クライスラーの『前奏曲とアレグロ』を紹介してもらったんだが、すっかりはまってしまって、暫くはイヤーワームだったよ。
LINEに招待され お互いの自己紹介や身の上話、過去に観た映画の話をしたり、好きな小説や詩を紹介しあった。
驚いたよ。こんなにも感性の合う女性は、生涯を通じ初めてだったんだ。
隣県でそう遠くない距離。サイメを貰って、3日後には会う約束を交わした。会話の中で大体の容姿は聞いたけど、会う前に写真交換はしなかった。お互い、画像の先入観無しで会いたかったからね。
約束の時間より、15分程早く着いてしまったが、君は既にそこに居た。他にも何人か女性が居たけれど、君しか目に入らなかった。
夏の日差しを避け、木陰のベンチに腰かけてスマホを覗いてる。うつむく横顔に、時折木漏れ日が射し込むと、遠目からでも白く艶やかな肌を確認出来た。
この人であって欲しいと心から願いながら近づく。
顔を上げた君と目が合った。時間が止まったかと思ったよ。その眼差しに吸い込まれそうになり、僕は目を閉じた……
一呼吸してゆっくり開けると、微笑みながら声を掛けてくれたね。嬉しかった。
カフェに入り話した。
美しい君を前に、いつもは寡黙な僕が、その日は自分でも驚くくらいおしゃべりになって、話せば話す程好きになってゆく……
十代の頃の 青くイノセンスで、甘く香しい時間が流れてた。
これからの人生を一緒に過ごせたら……
マチネの幕が静かに上がって行くような気がした。
別れ際 去りゆく君の背中に声を掛け、振り向き様そっと抱きしめキスをした。一瞬戸惑い肩を振るわせたけれどすぐに受け入れてくれたね。
永遠を感じたのは君も一緒だったはずさ。
あの日から 沢山の思い出がつくれたね...
胸ポケットの中の、わずか10gにも充たないリングがやけに重く感じる。
今日僕は君に会う
このリングを渡す為に会いに行く
すべてを伝え、君の同意を得るために……
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