056

 硬い硬い外皮を確かに削り取る。

 初めに機動力を、そして攻撃の主力である腕を削り、もがれエルツスパイダー女王であるモンスターは虫の息だ。まさしくチェックメイトと言ったところ。


 後方でその様子を見ている雪音は未だ興奮が収まらず火照った体に汗が伝う。

 初めて自分の力で、自分の頭で考え役に立った。

 学院の時言われた奏真の言葉。

 見ているだけで、いや見ていることすら悪魔に力を借りていて。

 それが今ようやく、たったの陽動ただそれだけだがそれでも確かに成長していると、そう心からそう思えて嬉しくこんな時ですら気分は上がる。


 深手を負い後方へと退避していた他隊員たちも勝ちを確信して声が上がる。


(これで私も少しは…………)


 奏真の役に。

 そう思った時、一度おいた思考が再び浮き上がる。


 不吉な悪魔の言葉。

 奏真と共に行動していた隊員二人がここへやってきてから時間は経っている。

 ひんやりと火照った体に忍び寄る恐怖。

 興奮による汗から冷や汗に変わり思わず悪魔に問いただした。


「奏は!?」


 返事はない。

 聞こえていないわけではないだろうに不安を面白おかしく煽るように帰ってくるのは沈黙。


「答えて!」


 知っている筈だ。

 だから少し前にあんな不吉な言葉を聞かせたのだ。

 どういった力があるのかこの時の雪音には知る由はないが学院の時といい、見えないはずの遠くのものを見通す力があるはず。


 焦燥。


 その沈黙がまるで奏真の死を意味しているような気がして、不謹慎極まりない。

 味方かどうかすら怪しいのにその悪魔が力を貸してくれないことに怒りこみ上げてくる。


 そんな時。

 遥か後方で後退していた隊員たちが妙に騒がしいのを耳にする。

 ば、と振り返るとどうやら何かしらあったらしい。

 初めは敵の増援を想像するがそういったものではなく皆まるで心配しているかのような。


 その瞬間に。


「………!」


 見えるわけでもその名前が聞こえたわけでもないのにそうであると確信した。

 頭で理解した瞬間足が動き出す。


 人を避けてすぐに見えた。


「奏!」


 血にまみれた、ボロボロの見たこともない奏真の姿。

 息が詰まりそうになった。

 なぜ生きているのか不思議なほどに傷ついた体にあふれ出る血。それなのに本人は平気そうな雰囲気を装ってここへ来て初めに言った言葉は、


「…………女王討伐はどうなっている?」

 

 掠れた小さな声でこの状況を把握しようとしている。

 それを聞いた他隊員たちは急いで手当に取り掛かろうとするが奏真はまだ戦うつもりのようで止まろうとはしない。状況を説明しようにももう耳が聞こえているのかすら怪しい。


(こんなになってまで………)


 一体何があったのかは雪音にも想像が容易い。

 今までに増援に駆けつけてくれたのは結局奏真と共に組んでいたあの二人だけで他はまだ抗争中なのか、それともやられてしまったのか分からないが少なくとも三人一組で組んでようやく成立する戦闘で。

 それを一人で負って駆け付けた。

 ここへ来たということは倒したのかもしれないがその傷の見ての通り苦戦を強いられたはず。まして最も不得手の相手であるのに。


「もう止まってください!それ以上動いたら………」


 咄嗟に奏真の前に飛び出して立ちはだかった。

 通せんぼする雪音に霞んだ目で気が付いた奏真はその姿を見てホッ、と息をついたがそれどころではない。


「これ以上動いたら本当に死んでし………」


 言葉の途中で雪音が止めるまでもなく、膝から崩れるように倒れた。


「え…………」


 顔が自分でも青ざめていくのが分かった。

 雪音の体が微かに震えだす。

 それを見て何かを察した隣に立っていた隊員が雪音の肩に手を置いた。


「安心しろ、まだ生きてる」


 でもいつまで持つか。

 その言葉が続くような気がして動揺は静まらない。


 そんな中他部隊が合流する。

 それは奏真たちと同じく三人一組を組んで女王以外のエルツスパイダーの駆除を担当していた者たちだ。


 だがその姿は一組、二組ではない。


 この作戦が始める前に集合していた全員が集まろうかという程。

 まるで皆一斉に片が付いたような、あり得ない程タイミングが重なって皆が駆け付ける。


 その人たちがここへ来て初めに言った言葉は報告、ではなく奏真の心配だった。

 動揺していた雪音の意識もややそっちに引っ張られ耳を傾けた。

 皆同じ事を口々にする。


「急に奏真そいつが駆け付け、一人で瞬殺するとどこかへ向かっていった」


と。

 つまり、この人々が言うのは


 奏真自身が相手するエルツスパイダーを片付けた後、他へ周り一人で殲滅して回っていた、と。


 ざわりと広がる動揺。


 やがて女王討伐を無事に終えた女王討伐隊が後退。

 戦場は既に終結、女王の沈黙を確認し隊員数名を残しクルガたち数名が騒ぎを聞きつけやって来る。






 クルガの目に映るは血まみれで倒れる、アサギが言っていた人物。

 魔力的にも足手まといだとばかり思っていた。己の隊を分断して女王討伐の方に隊員を差し向けたのも、自分一人で囮を買って出たと聞いた時それくらいしか出来ないのだろうと高をくくっていた。

 聞く話では一人で殲滅しこんなになるまで戦っていたと、そう聞くまでは。


「………救護班を呼べ。もう中は敵がいない。こいつを優先的に治療に回す。異論のあるものは?」


 少なくとも今回は誰よりも活躍したこいつを死なせてはならない。それどころか仮が出来たような気さえする。いい意味で期待を裏切られた。


 クルガが見渡す限りでは奏真以上に怪我がひどいものはいない。

 それでも大怪我を負っている者、長くはもたないであろう者さえいる中で誰一人クルガの言うことに批判する者はいない。

 何とか回復系統の魔法で誤魔化し皆頷いた。




「まさかたった一人で全滅させるとは。嬉しい誤算だな」


 あれから夜が明けた。


 坑道内に複数人規模で構成した索敵班を向かわせているがどこの区域も異常なし、潜伏するエルツスパイダーの姿は確認されず女王を含め殲滅することに成功した。


 クルガの見立てではこの作戦で半数以上が重症、最悪死人は指で数えきれない程にまで達すると思っていた。その為もう自分はこれ以上支部長を務めることは出来ないだろうとも思っていたがそれが死者ゼロ名、重傷者数名にまで抑え鉱山の奪還に成功となれば逆に昇級の声も上がっていた。


 それを断って今は嬉しい誤算となった大本の人物の手当に回した。


 鉱山都市クラスタードにはそこまでの大きな病院はない。

 その為支部を一部仮設の病棟として扱い今そこで奏真は治療を受けている。

 とは言ってももう峠は越え後は本人が回復するのを待つのみで治療ははほぼ全て終えているようなもの。念のためまだガラスの向こうで接触は許されず寝ている姿を見ることしか出来ないが。


 椅子に座って付き添いをするのはクルガだけではなく、雪音、それと奏真と組んでいた二人。

 特に雪音に関してはそこから一切離れようともせずガラスに張り付くように立っている。もうそうし始めてから丸一日が経とうとしているにも関わらず。


「命に別状はない。お前ももう休んだらどうだ?」


 嬉しい誤算の一つでもある、戦力にはなれないと思っていたエルフの少女雪音。

 稚拙もいいところの魔力コントロールではあるが、それを逆手に取った戦術。


 作戦前に事前に聞かされていた話では弓を使い始めたと聞かされていたクルガは今回が初めての実戦だったことを容易に想像出来る。

 慣れない戦闘、殺気や殺伐とした雰囲気に当てられて精神的なダメージがあるはずなのにそれを隠して一睡もせずずっとこの調子。


奏真そいつが起きた時にお前が倒れてたんじゃしょうがないだろう?」


 一日前にも似たようなやり取りをしたがその時と変わらず返事は一切ない。

 聞く気がないのか、はたまた聞こえていないのか。

 関わりの浅いクルガには分からないが少なくとも言っても無駄、ということは理解出来た。


 戻ってきてから飲まず食わず。


「ったく、世話の焼ける」


 助力をしてもらったんだ。この程度はと言いたいところではあるが自分の体は自分で面倒を見てほしいとクルガはめんどくさがりながら仮設病棟を出て食べ物と飲み物を取りに向かった。






 どんな戦いを繰り広げていたのか詳しい話を、その当事者たちから聞いた雪音は奏真の身内でありながら戦慄する。


 既に死にかけの状態でなお糸で体を補強し無理矢理体を動かしての一瞬。

 その光景は蹂躙そのもの。

 皆口を揃えて言うのは何をしたのか分からなかった、と。


 ただただ死に絶える敵の姿を見ることしか出来ずそれ以上のことは結局聞き出すことは出来なかった。


 普段から緻密に作戦を練って一手一手詰ませていく戦闘スタイルを持つ奏真がそんな戦い方をするとは思えずやはり本人に聞くしかないと、起きるのを待つ。


 幸いにも治療を担当した医師にも、無理矢理聞き出した己に憑りつく悪魔にも聞いたが奏真が目覚めない、最悪死ぬという言葉はなかった。


 内心ホッとしつつもまだ目が覚めない以上、安心することは出来ず寝ろと言われても眠ることは出来なかった。


「大丈夫、ですよね………」






 都市クラスタード側がようやく一息をつく一方で、都市アレクトルへと向かったアサギと緋音は今もなお交戦中。

 アサギは背を壁に預けた状態で座り込み荒い息を小刻みにしていた。


 頭部からの流血、魔力は七割程度消耗し体力も限界が近い。

 今まで何とか凌いでいた攻撃がつい先ほど頭部へと迫り何とか身を逸らすことは出来たもののよけきれずに頭部へと掠める。

 直撃していたら即死は免れないその攻撃。九死に一生を得た。


「………はぁ……はぁ………厄介だな」


 追い込まれている割に表情はそこまで暗いものではないにしろ疲労からか微かに青白いのは気のせいではない。


 大きく息を吸って、吐いて。

 それを何回か繰り返した後、戦闘音が周囲から響く中でアサギは目を閉じて耳を澄ます。


 その耳が微かに拾うのは。


「―――くっ!」


 転がり緊急回避をしてようやく避けられる斬撃がアサギが背を預けていた壁を容易く切り裂いて綺麗な切り口を作って切断、アサギはその攻撃で足を掠める。


 その攻撃を放ったと思われる者の影がひとつ。

 二、三十代男性の声がそこから聞こえる。


「移動の足が死んだな。もう諦めろ、お前が勝つ術はない」


 十数メートル離れたところから迫る影をアサギは睨みつけた。

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世界を旅する最弱最強の請負人(改訂版) anp_ @anp

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