寂しさも悲しみも乗り越えて、その先にいる君たちへ

 おれの名前は成戸なると笙太しょうた。ローカル仮想株式会社「チナチナマジック」仁左衛門じんざえもん店の店長である。


 いくら「敏腕が過ぎる」と言われているおれでも、若干十歳にして店長に抜擢されたのは異例のことだし、止むに止まれぬ理由があった。そう、おれは荒れる現代のサービス業界で戦う孤高の〝子ども店長〟なんだぜ!


 日本政府は「ゆとり教育」での失敗を殊の外引きずっていて、その後、「ハイパードミニオン世代」「TSDかつDIS世代」「リアル電脳ノーノー・ノーティス世代」なる驚異的な世代を次々社会に生みだしていった。その結果、人口構成では少数派であるはずの未成年者の潜在能力、精神年齢が大幅にアップしてしまい、大人たちがまったくの幼稚にしか見えなくなってしまうという逆転現象が起きてしまったのだ。


 わかるだろうか、人口は大人やつらの方が多いのである。しかし頭脳の上では……。現在、子ども1人の脳で大人7人分くらいの働きになっているといわれるまでになっており、ほんとにほんとに、ほーんーと────にっ! 過酷な時代になってしまったわけなんだぜっ。



 今朝も「三木川加奈&三木川哲之商会」から流れてきた客が、「ヴァーチャル店員の髪型、いつまで同じにしてんだよ。制服のデザインも変えろ」などと言ってきやがり、大騒ぎになりかけやがりやがった。ああいうのはプロのデザイナーが関わってんだ。商標登録だってしてあるんだぞ。なに考えてんだ、まったく。客は45歳の地方公務員だというから驚きだ。


 メールをチェックしていると、オフィスに九州本店の営業マン、西野あゆなが入ってきた。「お疲れ様でございやーっす。成戸店長、お世話になりやーっす」


「おおっ、あゆな、いいところに来てくれた」彼は付き合いのある営業マンの中で、おれが一番買っている人物だった。彼にしても、若干二十五歳にして本店の営業部長に就任している。それにしてもこの大胆な野林社長の起用術。さすが「平成時間旅行世代」だけのことはある。


 新規参入事業のことや他店の動向についてじっくりたっぷり話した後、あゆなの学生時代の話になった。以前ちょっと聞いたことがあったんだ。彼は「第2次職員室崩壊世代」といわれる世代の若者なのだ。学級崩壊が極端に過ぎると今度は教室ではなく職員室が機能不全に陥ってしまうといわれる、あれだ。


 あゆなは語った。「たしかにー、担任の猫宮センセっ……は、スクールカウンセラーから『過度な授業は控えてください』って言われたらしくってですね。そのうちオンラインでの授業も、30分が15分になり、10分、8分……そのうち出席の確認だけとか、だんだんいるのかいないのかわからなくなっちゃって」


「スクールカウンセラーって、生徒だけじゃなくて先生も診てくれるんだな」

「そうっすね。うちの子騒おやるす中学校は特別だったのかも。スクールカウンセラーが十人常駐してましたからねぇ」

「おおお、多いなー。まさに察してあまりある、カウンセラーあまりあるって感じなもんだぜ」

「職員室の一角をカウンセラーが占めてたらしいっす。派閥もあったらしくって、そのうちクラス持ちはじめるんじゃね? ってみんな笑ってました。……まあ、でも、そんな苦労をされた猫宮センセっ、なんですけどけど、去年からまた子騒中に戻ってこられて、教頭先生になられたって話っす」

「それで教頭に登りつめたのか! マジか! マジックか! だぜ!」

 あゆなは最後に眩しい笑顔を見せた。「そういや、近々中学の同窓会があるっす。話してたら懐かしくなったなー」




         SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS




 喫茶店の店内。あゆながウィンナーコーヒーをフーフーしているところへ、中学の同級生、福堂哲翔てつしょうがやってきた。二人ともビジネススーツに身を包み、あの当時、そう、1年1組ワンパクライフ時代とほとんど髪型は変わっていないものの、背丈も中身もすっかり大人……大人になっていた。

「てしゃーん」あゆなは顔をあげた。

「久しぶり」あの暴れん坊、〝鉄の子ども〟と言われた哲翔が、大人な、大人でしかない、落ち着いたトーンで話している。「三年ぶりだな。元気してたか。おまえ、随分出世したって話だが?」

「営業部長だよ」とあゆなは照れた。


 哲翔はカバン、スマートフォンをテーブルに放りだすと、脇の電子オーダーパネルのボタンを押して、「ホット一つ」と注文した。画面にコーヒーの画像が現れ、音声認識完了のランプと「承りました」の声が響く。


「今度の同窓会、てしゃーんも来るんだろ?」

「おう」哲翔もビジネスマンの堅さをようやく崩して明るく答えた。「場所どこだっけ。この近くだったろ?」

 あゆなはコーヒーをすすりつつ教える。「居酒屋『純調少年団』だね。駅前の、かぐら骨董店とマルキョウの横だってさ」

「そういや、ヒロカからメールが来てたんだった」慌ててスマートフォンを確認する哲翔。長屋敷ながやしきヒロカ……結婚して、今は広門ひろかどヒロカになったヒロカである。

「『ネコも来てくれるらしい、ほんとかよ(笑)』って書いてある」

「猫宮センセっ、か」あゆなは頷いた。「猫宮教頭センセっ、て呼ばなきゃかなぁ」

「またオンラインだったら笑うな。結局おれたち、あいつの授業ほとんど受けずに終わったし」

「授業ってったら思いだした。そういや、この前幹事のエドゥーのところに『アイ&ヴォイス』から手紙が届いて、『わたしもシュッセキします』って書かれてあったって」

「はあ!?」哲翔は目と声のサイズを二倍にした。「アイ&ヴォがあ? あいつ単なるデバイスだろーが。見た目ほとんど監視カメラだったろ。どの面下げて同窓会に来やがるんだよ。まだおれたちの担任面しやがってるのか! 今どこに潜伏してるんだ、ぶっ潰してやる!」

「わかんないけど……」ごにょごにょと、あゆなは語を濁した。「潜伏って犯罪者じゃないんだから。潰したらてしゃんが犯罪者になっちゃうよ」



 彼らが歩んだ激動の中学時代。あれやらこれやら……プログラミングやら道徳やら……自転車交通法改正やらオンライン職場体験やら……。それからは思い出話に大輪の花が咲いた。


 あゆな……おれたちI R O I R Oあったな。H O N T O N I……いろいろだったぜ。 

 

 うん、てしゃーん…………アール、ユー、ディー、オー、エル、エフ。


 ん? R U D O L F……ルドルフ?


 てしゃーん、『ルドルフとイッパイアッテナ』だよ……。


 マンガか?


 ううん、児童文学だよ。

 

 おれ、それ知らねーし……。


 てしゃーん、おれも、タイトルしか知らない。


 …………………………。


 


 とにかく、なんやかやを乗り越えた君たちは、きっとこれからも変わらず乗り越える。乗り越えてくれる風情ふぜいだし、乗り越えそうな立ち居振る舞いである──。


 ここに、一つの物語が幕を閉じるわけではあったが、彼らの戦いはまだ終わっていないはずだ。また再び会える日まで。ワンパクライフよ、永遠なれ! ──ということに、作者としてはしたいつもりの所存であるのであります。




〈了〉






作者より あとがき


今回の『1年1組 ワンパクライフ──極み』は、先輩カクヨムユーザー、野林緑里様の創作メモ、アイディアを多分に利用させていただくことにより完成した物語です。


参照↓↓↓

なにを書こうとしたかわからないタイトルと紹介文にツッコミと妄想するだけの話といいつつ、自主企画用ネタ集だったりする

https://kakuyomu.jp/works/1177354054934843387


登場人物の素敵な名前、タイトルなど、快く使わせてくださり、本当にありがとうございました。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

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1年1組! ワンパクライフ──極み 崇期 @suuki-shu

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