第17話 対決

▲▲スノウ▲▲


 アタシは目を覚ました。背中の感触からしてベッドの上だ。

 身体を横たえたまま見回してみる。

 窓の隙間から光が射し込んでいる様子もないからもう夜だろう。


 えぇと、アタシ、どうなったんだっけ?

 確か、追跡者を一旦撒いたけど行き先で待ち伏せされてたから倒そうとして返り討ちにされて、危ないところをアキラに助けてもらって、背負われてる間に意識を失って……


 身体を起こしてみる。多少ダルいけど、もう麻痺毒の影響はないみたい。


 ん? なんか腰から下が少しごわつく……普通の下着じゃない、別の何かを履かされているみたいだ。股間から下腹、腰のくびれのところまでしっかり被われている感じだ。


 暗くてもマイズのお蔭で隣にもう一つベッドがあるのが分かった。宿屋の2人部屋かしら?

 

 取り敢えず靴を履こうとベッドの下を探っていると、扉の開く音が聞こえランプの灯りが部屋に入ってきた。


「あら、目が覚めてたのね」


 ランプの灯りに照らされているのはアイの顔だった。

 アイはそう言うと扉を閉めてからこちらにやってきた。


「アンタが宿まで運んでくれたの?」

「違うわ。アキラが自分達の宿に部屋を取って運んでくれたのよ。前の宿の引き払いや荷物の運び出しもやってくれたわ」


 あちゃー。随分とアキラに迷惑掛けちゃったなー。アキラに謝んないと。


「アキラは?」

「さっき様子を見に来ると言ってたからもう来ると思うわ」


コンコンコン


「アキラだ。入ってもいいか?」

「いいわよ~」


 アイが返事をすると扉の開く音と2人分の足音、そして扉を閉める音が聞こえた。


「スノウの様子は……どうやら目が覚めたようだな」

「スノウおねえちゃん、だいじょうぶ?」


 薄暗い筈の部屋をシアちゃんは真っ直ぐこちらにやってきた。シアちゃんもマイズを着けているから暗視が出来るんだったわね。


「大丈夫よ。心配してくれてありがとね、シアちゃん」

「マイズでは顔色が分からんから明かりを点けるぞ。【フォトン・スフィア】」


 白い光がアタシを照らす。アタシが知ってる【ライト】の魔術よりも圧倒的に明るい。


「顔色は問題ないようだな。少し触ってもいいか?」

「い、いいわよ」


 アキラはアタシのベッドに腰掛け、アタシの耳の下から首筋、肩へと少し強めに押さえながら手を動かしていく。

 やだ、なんか、気持ちいいかも♡


「首や肩の筋の反射も戻っているから大丈夫だな。これに懲りたらもう少し注意深く行動するんだな」

「面目次第もございません……」


 ちょっと浮わついてたら落っことされた。自業自得なんだけれども。


「ま、人は失敗して学ぶものだからな。幸い無事だったんだ、この経験を次に生かせばいい」


 あぁ、やっぱりアキラは優しい……

 アキラはアタシのベッドから腰を上げると、手招きしてシアを呼んで何事か耳打ちして真っ黒の袋と手拭いを手渡していた。


「うん! ぼく、おてつだいする!」


 シアちゃんの元気な返事に頷いたアキラはアタシに振り返った。


「よし、それじゃ俺は何か食べる物を貰ってくる」


 そう言ってアキラは部屋を出ていった。


「スノウおねえちゃん! した、ぬいで!」

「え? え? 何?」

「何って、おむつよ、お・む・つ♪」

「おむつ~~!?」


 下半身がごわついていたのはおむつのせいだったのね……

 この歳でおむつかぁ……

 って!? これアタシに履かせたのって!?


「み、見られた!? お、お嫁に行けなくなる!!」

「大丈夫よ。それ履かせたの私とシアちゃんだから。アキラはちゃんと背中向けててくれたわ」

「ぼく、てつだった~!」

「そ、そう……ありがとう」


 どうやら乙女の矜持は守ってくれたみたい。やっぱりアキラは紳士だ。


「さ、アキラが戻ってくる前に下着を履き替えなさい。アキラに見られても知らないわよ?」

「そ、そうね!」


 ボトムスを脱ぐと股間から腰まで覆う白いおむつが現れた。布みたいに丈夫そうだけど、手触りは紙っぽい。腰の部分を横に引っ張るとよく伸びる。

 そのまま足を引き抜けば脱げそうだったからそのまま脱ごうとすると、シアが声を上げた。


「おねえちゃん、ここをこうするとすぐとれるよ!」


 シアが腰の前の帯の片方を横に引っ張ると、ピリピリピリという音を立てて剥がれ、腰の横まで剥がすとそちら側おむつの端がパラッと外れた。


「へぇ! じゃあ、こっちを引っ張ると……」


 もう片方の帯をさっきとは反対方向に引っ張って剥がすと、おむつはスルッと外れた。


「うわぁ~! これ便利ね~! 子育てする時に凄く助かりそう!」

「それは私も同感ね。さ、お尻拭いて、さっさと下着履いてしまいなさいよ」

「はい! おねえちゃん、コレ!」

「そ、そうね。シアちゃん、ありがと」


 シアちゃんが元気よく手拭いを渡してきた。

 あ、この手拭い程よく濡れてるわ。


「相変わらす、アキラは気が利くわよね。ちょうどいい濡れ具合だわ」

「それ、ぼくがやったの!」

「えっ!? マジで!?」

「うん!」

「その子、真面目に天才よ。アキラの指導を受けたとはいえ、ミスリルを魔術で加熱出来てたもの」

「マジでっ!?」

「ぼく、がんばった!」


 薄い胸を反らせて元気よく応えるシア。

 将を射んと……のつもりで仲良くなろうと思っていたけど、この娘自体が将クラスだった!?

 これは何としてもウチの国に招かないと!


「ねぇシアちゃん! 良かったらアキラと一緒に……」

「はいストップ! アキラとこの娘は私の実家に行く事になってるの。貴女が飲み過ぎて寝込んでる間に約束したんだから」

「なっ!? 抜け駆けなんてズルいでしょ!」

「貴女が寝てただけでしょう? 同じパーティーだったからといって、そこまで遠慮してあげる理由もないし。違う?」

「うぐっ……それは……」


 調子に乗って飲み過ぎたのがここまで尾を引くなんて、アタシ一生の不覚……

 でも、諦める訳にはいかない! 雪華国の存亡が掛かってるんだから!!


「それならアタシも付いてくわ! アンタの用事が終わった後ならアキラもアタシの話を聞いてくれるかもしれないし! アタシにだって引けない理由ワケがあるんだから!」

「はいはい、好きになさいな。でも、アキラに断られても私を恨まないでね?」

「いいわよ! アンタんちに行くまでに説得してみせるから!」

「精々頑張る事ね」


 アイとアタシが睨みあっていると、ノックの後に「入っても大丈夫か?」というアキラの声が聞こえてきた。

 アタシは慌てて「ちょっと待って!」と返し、大急ぎで下着を履いて衣服を整え、おむつと手拭いを「はい! おねえちゃん!」と言ってシアが差し出した黒い袋に放り込んで縛ってから「いいわよ!」と伝えると、扉が開いてアキラが入ってきた。

 扉を閉めたアキラは、手に布包みと革の水袋を持ってこちらにやったきた。


「パンに肉と野菜を挟んだものと薄めた葡萄酒だ。明日は早くに起きる事になる。食事を済ませたら、みんな早めに休んでくれ」

「ありがと。わかったわ」

「了解よ。巫山戯ふざけたギルドに目にもの見せてあげる」

「ぼくもがんばるー!」


 そうとなればさっさと食事を済ませないとね!

 アキラとシアちゃんが出ていったのを確認してから、アタシは肉野菜サンドにかぶりついた。


「おいしー! 気絶しててもお腹は空くもんなのよね~」

「生きてるんだからそうでしょうよ。ところで、これ、どうやって消すのかしらね?」


 アタシはアイと2人、煌々と輝く光の玉を見上げた。


△△アイ△△


『おはよう、2人共。そろそろ起きられるか?』


 翌朝、耳に心地よい男性の声で目が覚める。マイズって本当に便利ね。


「おはよう、アキラ。私は大丈夫だけど……」

「アタシだって、飲み過ぎてなきゃ起きられるわよ!」


 チッ、残念。スノウの点数を落とし損なったか。


『まず食事をしてから夜明けの開門と共に東門から外に出る。しばらく街道を歩いてから南に折れて森の中へ。尾行者の視界から一瞬逃れた隙に全員が入るように隠蔽化ステルスし、3人を抱えて浮遊しながら街道を横切って北へ行く。そしてぐるっと街を回り込んで北街道付近まで移動しする。それから俺とシアは昼前までにアイとスノウの装備の強化をしておくから、2人は訓練だ。訓練用の武器は渡しておく』


 あはは。尾行者に同情するわ。浮遊移動されたら足跡を追う事も出来ないものね。ギルド長の叱責は免れないわ。


『その後昼一でギルドに顔を出す。恐らく残ったゴブリンの群れに対する、表向きは討伐依頼が出る筈だ。それで女性のいるパーティーに依頼を受けさせて、現地で麻痺毒なり麻痺の魔法なりで動けなくしてゴブリンにプレゼント、というところだろうな』

「反吐が出るわ。ギルド長だって女の腹から産まれてきたんでしょうに。権力持った男って、どうしてこういうのが多いのかしらね」

『権力持った男でもまともなのはいるんだから、そいつの性根だろうな。過ぎたる力は身を滅ぼすというのにな……』


 アキラの言ってるのはごく普通の事だけど、私に向けられているように思うのは自意識過剰だろうか?

 アキラの能力ちからを見せつけられた時高笑いしてしまったし、警戒されてしまったかもしれない。

 ここはしばらく大人しくアキラに従っておこう。


「アキラは力の危険性を分かっていて自制出来てるし、まともな男性の方よね」

「それはアタシも同意するわ。旦那さまにしたい男ナンバーワンよね」


 早速アピールを始めたわね、スノウ。私も負けずに……と思って口を開き掛けたところで聞こえてきたアキラの言葉に、私は口を噤んだ。


『やめとけ。俺はどの道ここから去る人間だ。その想いには応えてやれない』


 そうだった。アキラは元の場所に戻る為に私の故郷に行く事を了承したんだったわ。これ以上の押しは逆効果ね。


「だったら、アキラが去る時にシアちゃんをアタシが預かるからアタシの国を見に来てよ。山がちなところだけどいいところよ? 雪華国は」


 雪華国? 確か大陸北部にある山岳地帯の国だった筈。大きくはないけど、その南にある大国、羅號国の侵攻を幾度となく跳ね返してきた精強な国。なるほど、スノウはそこの地方領主の娘なのね。確かに、剣の腕は中々のものだし。

 雪華国は私の故国、オルメン帝国とは国交はなかったけど敵対もしてなかった筈だ。

 理由は単純、遠過ぎて交流がなかっただけ。

 まぁ、私の故国の事は一先ず置いておいて、スノウに2人を取られる訳にはいかないから、私もアピールしないと。


「あら、それなら私の実家のある街を先に見ていくといいわ。徒歩だとそれなりに掛かるけど、大陸の北の果ての雪華国よりは全然近いし。そこで良ければわざわざ遠くまで行く必要ないでしょ?」

「ちょっとアイ!」

『まぁ、イアダネスにはどの道行く話になっていたからな。雪華国にも行ってみてもいいだろう。シアの見聞を広められるのはいい事だからな』


 ちっ、そう簡単には言いくるめられないか。

 まぁいい。時間はある。急いては事を仕損じる。


『さて、それじゃ行動開始だ』

「了解」

「了解よ!」

『ぼくもがんばるー!』


 通信が終わった途端、スノウが睨み付けてきた。


「アキラとシアは渡さないわ。アタシの故郷を守る為に」

「雪華国、だったかしら? 南の羅號国がしつこく攻めてきているみたいね。羅號国は私も嫌いよ。間接的にだけど関わりがあるしね、悪い方で」

「だったら……」

「でも、私にだって成し遂げなければならない事があり、それにはアキラの助力が必要なの。譲ってあげる訳にはいかないわ」

「……なら、今からやり合う?」

「脳筋な思考ね。さっきアキラの言葉聞いたでしょ? アキラの性格なら両方訪れてから決めるでしょうね。ここで私達が争ったところで無意味。勝ったところで愛想尽かされるだけだと思うわよ? だから私も貴女の故郷まで付いていく。もちろんその間もアピールはするわ。貴女もアピールすればいい。それでどう選ぶのかは2人次第。私達の能力ちからでアキラを強制的に従わせるなんて不可能でしょう? なら、友好的に協力を求めるしかないのだから、普通の方法しか取れないわよ」


 私の言葉を聞いて力を抜くスノウ。私の言葉が本音だと分かったのだろう。


「わかった。アタシもそれでいいわ。欲を言うと後継ぎの事も考えて一人くらい仕込んで欲しいんだけど、裸で抱きついてもシてくれそうにないのよね~」


 苦笑しながらのスノウの言葉に、私も苦笑を返す。


「それは私も考えてたけど、いい案が全く浮かばないわ」

「旅の間にいいやり方を思いつきたいわね」


 アキラ本人が傍に居続けてくれればベストなんだけど、それが難しいならせめて彼の血と知識の一部でも手に入れたい。

 きっと彼の子供なら世界を統べる器になる筈だから。


「さ、それじゃ下に行きましょうか。あんまり遅いとアキラに勘ぐられるし」


 私とスノウは準備を済ませて食堂へと向かった。


◆◆アキラ◆◆


 俺はため息を吐いた。いくらマイズの通信を切ったところで、大して厚くもない壁の向こうの会話なら、強化された聴力で聞けてしまうんだよな。


「どうしたの、アキラ?」

「ん? いや、何でもない。それじゃ、ご飯食べに行くぞ」

「うん!」


 俺とシアが食堂へ着いてから少しして、アイとスノウがやってきた。

 4人で朝食を済ませ、予定通りの行動で街の北側へ移動、俺とシアでスノウの剣の刃とアイの杖の先端に真銀ミスリルのコーティングを施し、アイのローブとスノウの皮鎧の内側、人体の急所にあたる部分に真銀ミスリルのプレートを仕込む。

 追加で、アイには鍛造真銀ミスリルのダガー、スノウには同じく鍛造真銀ミスリルの|投げナイフを作った。

 出来上がったところで2人を呼び、装備を引き渡す。

 2人は喜色満面で受け取り、装備してご満悦の表情を浮かべた。

 しばらくの間2人に装備の使い心地を確認してもらってから街を出る前に購入した弁当で昼食を済ませ、昼を少し過ぎたところで街に戻ってギルドへと向かった。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「出るのはバカと卑劣漢よね」

「私にゴブリンなんかを産ませようとした報いを受けてもらうわ」

「アキラをこまらせるひと、やっつける!」

「シア、ここで倒す訳じゃないからな。俺が指示するまでは大人しくしていてくれ」

「ぼく、わかった!」


 ギルドに着いた俺達が扉を潜ると、受付と依頼掲示板の辺りが喧騒に包まれていた。


「南東の山の方からゴブリンの集団がこっちに向かってきてるってよ」

「150匹か……これはキングが率いているかもしれないな」

「数を考えると10パーティーは欲しいわよね。フィーアさんみたいに上級魔術を使える人がいればもう少し減らせるかもしれないけど……」


 掲示板に貼り出された依頼を見て状況を検討しているようだ。


「人が多過ぎて近付けないわね……」


 人の多さにウンザリしたように囁くアイに、同じく囁く程度の声で言葉を返す。


「問題ない。俺には見えている。予想通りだな。10パーティー募集していて、後4パーティーだ。1匹当たりの討伐報酬は通常の倍でギルド評価も割り増しにするそうだ。報酬や評価なんて俺にはどうでもいいが、ほら、来たぞ。昔の仲間が」


 アイのスノウを生け贄にしようとした2人がこちらを目ざとく見つけて近寄ってきた。


「よう。勝手に抜けるなんてひでーじゃねーか。折角身体張って逃がしてやったっていうのによ」


 兜の面当てをあげてそう言ったロイドに一瞬眉が動いたアイとスノウだったが、表情を上手く取り繕い言葉を返す。


「そもそも外からの偵察で良かったものを中まで見ようと言ったのは貴方よね、ロイド? それに冒険者は、国の法律さえ守っていれば自由な筈。非難されるのは心外ね」

「そそ。この国だけじゃなく、他の国でもそれは一緒よね。それにアタシ、もう故郷クニに帰るつもりだし、それだったらパーティー外れてもおかしくないわよね」


 正論で返されて「うぐっ」となっているロイドの隣からアルベルトがしゃしゃり出でくる。


「確かに組むも自由、抜けるも自由なのがパーティー。無理に引き留める事はしません。ですが今まで組んでいた仲ですし、最後に一仕事しませんか?」


 アルベルトの言葉に逡巡して俺を見るスノウとアイ。

 俺は頷きながら口を開く。


「俺は別に構わないぞ。その間俺とシアはやるべき事をやっておくから」


 俺の言葉に2人は顔を見合せ、1つ頷いてからアルベルトの言葉に答えた。


「そうまで言うなら、これが最後って事でアンタ達に付き合うわ」

「これが終わったら2人の顔を見る事もなくなるでしょうしね」

「そうですか。ありがとう。それなら向こうで少し打ち合わせしましょう。えぇと、アキラさん、でしたか。彼女達をお借りします」


 俺は喋らず、手で「どうぞ」の仕草をしてアルベルトに答える。

 実はこの展開は想定していて、そうなった場合の対応、アイとスノウの2人は渋々ながら応じるというのを相談してあった。

 4人は併設された食堂のテーブルの1つに陣取り、今回の依頼について話し始めた。

 もっとも、複数のパーティー合同の依頼だから、1パーティーだけで話し合っても然程意味はない。精々、盾役、遊撃役、魔術攻撃役、回復支援役と班を分けて行動する事になるだろうという見解を擦り合わせて、後は雑談みたいなものだ。

 ロイド達はその雑談で俺の正体を探ろうとしているようだが、そんな事はこちらも先刻承知済み。近接格闘も出来る魔術士として伝えるようにアイとスノウには言ってある。

 暫くしてして、アルベルトが俺とシアのところにやってきた。


「アキラさん、彼女達に聞きました。魔術も格闘もかなりの腕とか。よろしければ一緒に来ませんか? 魔術攻撃班も貴方のような方が居れば心強いでしょう」


 目障りな奴はついでに始末するってか。

 ま、乗ってやろう。始末されるのがどちらなのか教えてやるとしようか。


「弟子のシアを連れていっていいなら構わない」

「ぼくもいく!」


 手の届かないところで人質にされても困るからな。お前らにそういう隙を与えてやる気はない。


「えぇ……ちゃんと貴方が面倒をみてくれるなら問題ない」

「分かった。出発する時間と集合場所は?」

「夕方、門が閉まる直前に南門へ集合です。夜に移動し、ゴブリンが休息に入る朝方に急襲します」

「分かった。ならそれまで休息させてもらう。行こうか、シア」

「うん!」


 俺はシアを連れてギルドを出た。そしてそのまま南門へと向かう。


「どうするの、アキラ?」

「万が一がないように先に群れを潰しておく。で、遭遇予定地点に仕掛けをしてゴブリンが居るように見せる。それに騙されて行動を起こしたバカを捕まえる」

「ぼくもいっしょにいっていい?」

「元々そのつもりだ。ギルド長の手下にシアが拐われたら困るからな」

「やった! アキラといっしょ!」


 いつも通り尾行を撒いた後、シアを抱き上げ、シアの負担にならない速度でゴブリンの群れへと飛ぶ。

 山や森がある為、地上を移動すれば時間が懸かるが、こちらは空中を一直線に移動出来る。シアの為に加減したとしても、余裕で集合時間には間に合う。

 センサーで群れの居場所は逐次確認出来ているが、ギルドでの情報より半日分位近い。なるほど。こちらが夜、休息に入ったところで襲わせる気だな。ここで潰してしまうから関係ないが。


「アキラ、どうするの?」

「魔術で今奴らのいる辺りの物の重さを十数倍にして、身体中の骨をへし折って動けなくしてやる。まぁ、中には死ぬ奴も出るだろうが、元々殺すつもりだったから問題ないだろ」

「まえみたいに、ばばーんってやっつけないの?」


 ばばーんというのは、ドライド達と一緒の時に見せたアブソリュート・ゼロの事だな。


「あれは何もかも砕けてしまうからな。死体を残して、倒した証拠をみんなに持って帰らせてやれば、ギルドはみんなにたくさんお金を払わなくてはならなくなる。悪い事を考えていたギルド長はすごく困るだろうさ」

「わるいひとをいっぱいこまらせてやるんだね! わかった!」

「シアはとても利口だな。よしよし」


 シアを抱き上げるのに左腕を使っているから、半ば感覚のない右手でシアの頭をぐりぐり撫でると、シアはご満悦の表情を浮かべた。


「さて、さっさと片付けるか。魔素エーテル凝集……魔力マナ変換……効果範囲確定…………【リインフォース・グラヴィティ】」


 シアも見てるので魔術の行使を丁寧に行う。魔力で重力子グラヴィトンを制御し、効果範囲内の重力加速度を増加させる。設定した値は196m/s^2、地球表面の重力加速度9.8m/s^2の20倍。一般的な人体が耐えうる限界加速度が約88m/s^2。だから、もしゴブリンの骨格や内臓の強度が人体以上だったとしても関節くらいは破壊して動けなく出来るだろう。

 無数の汚い悲鳴が響く。突如として増した身体重量に脚の関節がへし折れ地面へと叩きつけられる。普通のゴブリンは元より、頑丈さが売りのホブゴブリンまでもが倒れ、自重で窒息し息絶えていく。

 やがて静粛を取り戻した森をセンサーで確認し、シアを抱いた俺は踵を返す。


「さ、戻るぞ、シア」

「アキラ、ぼくにもこれ、できる?」

「練習すれば出来るぞ。また教えてやろう」

「うん! ぼく、がんばる!」


 アビットに戻ってきた俺達は、南門付近で俺達を捜索している尾行者を嘲笑うように西門付近で降りて、西門から街に入る。

 そしてアイとスノウに通信を入れておく。


「アイ、スノウ、予定通りにお膳立てしておいた。フォローはするから、後は好きにやれ」

『『ゴホンゴホン』』


 咳払い2回が返ってきた。これも事前に決めておいた合図で「了解」の意だ。

 アイとスノウは男2人と共に何処かの宿屋の食堂にいるようだ。なるほど、今の内に休ませないで、夜、寝静まりやくすさてるつもりか。悪知恵ばかり働く奴等だ。

 時は経ち、集合時間。南門で待っていると、通りをぞろぞろと冒険者の一団がやって来た。アイとスノウもいる。


「アキラさん、早いですね」

「アキラでいい。こちらの方がランクは下だ。余裕を見て行動しておくのは世間の常識だからな」


 話し掛けてきたアルベルトに当たり障りのない返答をしておく。


「私が指揮を任されました。指示には従って下さい」

「俺は構わないが、あんたと同ランクの奴もいるんじゃないのか?」

「いますが、ギルド長からの指名ですし、当人達も納得してくれてますので」

「それなら了解だ、指示をしてくれ」

「おぉーい! ちょっと待てーっ!」


 アルベルトとの話を終えようとしたその時、通りを二頭立ての馬車がやってきて、その荷台の幌の間から顔を覗かせた奴が大声で呼び掛けてきた。あの声は……


「ドライド! 帰ってきてたのか!」


 馬車から声を掛けてきたのはドライドだった。御者台にはジーヴェとゼクスが座っている。


「今日の昼過ぎにな。で、ギルドでゴブリン討伐の話を聞いて、助太刀しようと準備をしてやってきた訳だ」

「大丈夫か? 疲れてるだろうに……ドライド達が手を貸してくれるなら非常に助かるが」


 治癒術士がいるから、スノウが喰らった麻痺毒も解毒出来るだろうしな。


「もし討伐が失敗すれば街が危険に曝される。なら、戦力を少しでも底上げして成功率も上げた方がいいだろう?」


 そう言ってドライドはアルベルトに見えないように俺に目配せした。状況を理解してくれているようだ。ドライド達に見せた映像にはアルベルト達も写っていたからな。


「そうか。それは助かる。ドライド達には俺から個人的に報酬を出す。よろしく頼みたい」

「ちょっと待ってくれ! そんな勝手に!」


 堪らずアルベルトが異を唱えてくる。が、それはドライドが手を掲げて制する。


「俺達は冒険者だ。法に触れない限り冒険者は自由だ。そして俺達は友人であるアキラの手助けに来ただけだ。お前に止められる謂れはないな。心配しなくても、"ゴブリンの討伐"というクエストの邪魔はせんよ」

「ぐっ……分かりました……」


 流石にこれ以上抗弁しても分が悪いと分かったのか、渋々といった様子で引き下がったアルベルト。他の参加者達も、自分達よりランクの高いパーティーのリーダーに文句を言える奴はいないようだ。


「それでは皆さん、出発します。場所は……」


 指揮者であるアルベルトが皆を率いて移動を始める。アイとスノウもアルベルト達と共に歩き始めている。

 俺とシアはドライド達の馬車と並んで進んでいく。


「アキラ、どうするつもりだ?」


 馬車から顔を出して問い掛けてくるドライドに、俺は懐から手紙を出して渡しつつ、「中で読め」と目配せしながらドライドの問いに答える。


「準備はしてある。問題はない」


 実はドライド達が来る事を俺は予期していた。だからゴブリンを潰して街に戻ってから手紙をしたためておいたのだ。

 内容は、ゴブリンは既に殲滅してある事、夜営の時に男性のテントと女性のテントの双方の行き来を見張る為に協力して欲しい事と真夜中に偽の襲撃があった時に女性陣のフォローしてもらう事。

 そして行程は進み、夜営予定地へと到着。

 ドライド達は依頼した通り、男性と女性の双方を見張る事の出来る位置に陣取ってくれた。

 俺はドライド達に休息してもらう為、最初の見張りを買って出る。

 俺が見張っている間、男性側、女性側共に、特に動きはなかった。得体の知れない俺を警戒しているのだろう。

 交代の時間が来て、俺がドライド達の馬車に入ってすぐ、男達のテントから幾人かが出てきて、夜営地を大きく回り込んでこの馬車へやって来ようとしていた。

 ま、そんな事だろうとは思っていた俺は、魔力を制御して空気の流動性を阻害するエリアを作り、馬車から少し離れたところで囲っておいた。

 人が移動する時、空気を押し退けて進むが、流動性を阻害する事で押し退けるのに余分に体力を使う。

 それに加えて息を吸い込みにくくなる為、相手の足留めには打ってつけだ。

 現に、それに引っ掛かった奴等が「何だこれは!? 進めないし息が……!」とか言ってるのが聞こえる。

 しばらくその周辺をウロウロしていたそいつ等は、諦めたのかまた大回りして夜営地へと帰っていった。

 そして……


「シア、そろそろ起きろ。始めるぞ」


 早くから馬車で休ませておいたシアを静かに起こす。ドライド達もその声を聞いて準備を整えた。

 ちなみに、マイズを通してアイとスノウの2人にも聞こえるようにしている。2人も起き出してきて『『了解』』と短く呟いてきた。

 皆の準備が整ったのを見計らって俺は馬車から飛び出しながら叫んだ。


「ゴブリンの夜襲だ!! みんな起きろ!!」


 俺に続いてドライド達とシアも飛び出だした。シアには予めフィーアとフュフの傍に居るように言い含めてある。

 夜襲を看破されて見張り役の奴等があからさまに狼狽えている。なるほど、この時間の見張り役がギルド長の協力者という訳だな。男性陣の中にはロイドとアルベルトもいる。


「アキラ! 夜襲なんて受ける距離ではないでしょう!? 何を言って……」


 アルベルトが俺に叫ぶが、その言葉の途中に被せて言い返す。


「なら、木々の間にいるあれは何だと言うつもりだ?」

「っ!」


 俺の返しに絶句するアルベルト。勿論あれは俺がドローンを使って見せている偽ゴブリンだが、アルベルト達には見分けは付くまい。


「まぁいい。態勢を整える暇はなさそうだ。なら、俺が纏めて片付ける」

「ま、待ちなさ……」

「待てん。被害が出てからでは遅い。『万能なる魔素エーテルよ。魔力マナと変わりて我が意思に従い……』」


 これ見よがしに全く必要のない詠唱を始める。言うまでもなくこれは煽りだ。わざと隙を見せて誘っているのだ。


「あ、アキラを止めろ! 計画が!」


 案の定、俺に向かって襲い掛かってくる男共。よし、頃合いだな。

 空中にギルド長とロイド達の会話やギルド長が男共にゴブリンの世話をするように命じている場面の映像を投影する。

 それを見た女性陣からは怒声が上がる。

 中には映像に映っていたギルド長側の女性を攻撃している者もいる。ま、当然だろう。


「な、何!? これは何だ!? どうして!?」

「お前達のやっている事はお見通しだ。分かったらとっとと尻尾巻いて帰るんだな。それと……」


 パチンっ!

 俺が指を鳴らすと、ゴブリン達が一斉に消える。


「ゴブリンは既に殲滅済みだ。今更俺や女性陣を襲ったところで一銭にもならんぞ。二時間程向こうに行けば死体ある。討伐証明が欲しけりゃ好きなだけ持っていくがいいさ」


 さて、ロイドやアルベルト、ギルド長の手下になった奴等はどう動くか? ま、想像に難くないが。


「こうなったら……こいつ等全員を始末しろ!」


 だろうな。目撃者を消さないと冒険者を続けていけなくなるからな。


「ドライド! 数瞬足留めをするから正面で防御陣形を整えろ! アイ! 魔術士連中でドライド達の右側に攻撃して抜けて来られないようしろ! スノウ! 軽戦士系を率いて左から回り込んでくる奴等を迎撃! シア! さっき教えた奴だ! 頼む!」


 それぞれに指示を出していく。そして天才少女の才能が炸裂する。


「うん! ぼく、がんばる! む~~~~、【りいんふぉーす・ぐらう゛ぃてぃ】!!」


 増した重量は2割程、範囲も直径50m程度で時間も2、3秒。だがそれで充分。装備品も含めて身体重量が急に2割も増えれば、筋力自慢であっても違和感でよろめく。現に金属鎧を身に付けているロイドや他の重戦士は思ったように足が出ずに転倒している。身軽な奴もたたらを踏んでいる。


「アキラ! この子何なの!? この魔術は何!?」


 フィーアが何か叫んでいる。そんな事考えてる場合じゃないと思うんだけどな……


「シアは俺の弟子だ。話は後にして、まずは事を収めるぞ。シアの事を頼む」

「わ、分かったわ」

「アキラ! いってらっしゃい!」


 我に返ったフィーアはパーティーの指揮を取り始めた。

 ドライドパーティーの右側はアイが指揮して魔術士達が隙なく攻撃魔術を放って食い止めている。

 アイには魔素の凝集と魔力変換のコツを教えておいたから、他の魔術士の倍する速度で魔術を放っているし、残りの魔術士の班を分け、詠唱の隙を補うように伝えており、それを実行しているから攻撃の手が緩まない。あちらは問題ないだろう。

 問題はドライドパーティーの左側。女性陣は近接戦闘系が少なく、いても軽い装備の者が多い。正面からやり合うにはかなり力不足だ。


「スノウ! 俺が前に出る! スノウ達は俺が討ちもらした奴等を頼む! 『フィジカル・エンチャント』!」

「了解! 助かるわ、アキラ!」


 スノウ達に指示を出しながら、身体強化の魔術を使ったフリをする。これで2割くらい能力ちからを出しても誤魔化せるだろう。見せ掛けの魔力も放出しておいたし。

 突出した俺にまずは斥候っぽい身なりの男達が迫る。軽装で足も速いからだな。

 その男達が左右から短剣を振りかざし同時に襲い掛かってくる。

 うん、コイツらバカだ。普通は1人が俺の目を引き付けて、もう1人が死角に回り込んで攻撃するものだし、短剣は突いて使う物なのに振りかざしてどうする。

 俺は身体を右に1歩ずらしながら左回りに身体を回転させ、槍の石突きでなぎ払う。


「ぐえっ!」「ぐわっ!」


 1人目の首に石突きを打ち込み、そのままその身体ごと振り回す。その先には俺を追ってこちらに方向転換したもう1人がいた。

 最初の1人は頸骨を粉砕したから死亡確定。もう1人も派手に激突したからどこかしら骨折くらいはして戦闘不能だろう。

 トドメはスノウ達に任せて、俺は槍を引いて動きを止めずに次へ向かう。

 遅れてやって来ていたのはロングソードにバックラー、チェインにハードレザーを重ねた複合メイルのいかにも戦士な2人。

 1人は盾を構えて正面からで、もう1人は回り込んで横から。さっきの奴等よりは考えてるな。

 が、俺も暇じゃないんでな。さっさと片付けさせてもらう。

 正面から来た奴に向かって更に加速。慌てて剣を振り上げるそいつだが、流石に遅い。盾の下に身体を滑り込ませて相手の身体を持ち上げ、横から迫っていたもう1人の方へ投げ飛ばす。


「ぐあぁっ!」「うおぉっ!」


 もう1人が突き込もうとしていたロングソードに投げ飛ばした方が突き刺さる。

 こいつ等のトドメもスノウ達に任せて、俺はアルベルト達に歩み寄っていく。


「さて、どうするかね、アルベルトくん?」

「くっ! 魔術士はこいつを丸焼きにしろ!」


 ドライド達やアイ達の方へ攻撃しようとしていた魔術士達がこちらへと目標を変更して詠唱を終える。

 だが、俺はそれを意にも介さず歩みを進める。


「フレイムアロー!」「フリーズアロー!」「ウィンドカッター!」「エナジーアロー!」


 が、誰1人魔術を発動出来た者はいなかった。


「何故だ!? 何故、魔術が発動しない!?」

「それはお前達全員の魔素凝集能力が俺の足元にも及ばないからだ。魔素を集めて魔力に変換出来なければ魔術は発動出来ない。特にここの魔術は余りに稚拙で燃費が悪いから余計だな。で、どうする?」


 アルベルトに従っていた魔術士達は我先にと逃げ出そうとした。

 ま、逃がさないけどな。俺はそいつ等の腰に圧縮した空気を弾丸を喰らわせる。腰骨にヒビが入る程度の奴だが。 


「「「「ぎゃあああっ!!」」」」

「く、くそぉぉおおっ!!」


 アルベルトは諦めきれないのか、派手な装飾の入った錫杖を振り上げて襲い掛かってきた。

 俺はそれを難なく避け、軽く腰を蹴り飛ばしてやる。たたらを踏んで、そして地面に這いつくばるアルベルト。


「いい様ね、アルベルト」


 何とか立ち上がろうとしているアルベルト。そこに両手に血糊の付いた剣を携えたスノウが立ち塞がる。


「ま、待ってくれ! 私もギルド長に言われて仕方なく!!」

「アンタの事情なんてどうでもいいのよ。それよりも、アンタ達がアタシ達をゴブの生け贄にしようとした事実は変わらない。アタシには他人ヒトをいたぶる趣味はないの。だから一思いに殺してあげる」

「ま、待て!! ぎゃあああっ!!」


 スノウの剣がアルベルトの眼窩を貫いた。のたうち回っていたアルベルトもやがて動かなくなる。


「く、くそっ!」「やってられっか!」


 完全に瓦解した男性陣の生き残りは逃げに入るが、残っているのは重戦士系ばかり。


「ロイド! 逃がす訳ないでしょうが!! 【フレイムスプレッド】!!」


ドゴォォォン!!


「ぐわぁぁぁっ!!」


 アイが移動先に撃ち込んだ魔術が炸裂。ロイドは炎に包まれた。だが、流石に重戦士、身体は丈夫なようで、剣を支えに立ち上がろうとしていた。

 バカな奴。死んだ振りでもしておけばいいものを。


「あらあら、まだ元気なようね。折角だから少し練習に付き合ってもらおうかしら。…………、【ヒートメタル】」


 あれは俺がシアに教えた金属を加熱する魔術だな。俺がスノウを回収している間に話を聞いて、かつ、俺が教えた魔術の基礎を応用して使っているな。ロイドのプレートメイルは普通の鉄製のようだから、練習するには丁度いいか。


「ぎゃあああっ!!」


 自分を守る筈の防具が凶器と化し、転げながら悲鳴をあげるロイド。火が点いている訳じゃないから、転げ回ったとしてもどうにもならない。

 そして熱で喉を焼かれたのか、ロイドの悲鳴も聴こえなくなり、やがで動きも止まった。


「やれやれ、これでアイの依頼も完了だな。後は夜が明けてから潰しておいたゴブ共の討伐証明部位を回収して、ギルド長の目をひん剥かせてやればいい」

「お疲れ、アキラ。ホントにありがと。いろいろ世話になったわ。逆に故郷クニに帰ったらタップリお世話させてもらうから一緒にどう?」


 アピールが始まったな? まぁ、どの道行くつもりではあったんだが……


「スノウの故郷にも行くつもりだが、まずはイアダネスで情報を探しておきたい。それにアイとの先約もあるしな」

「そうそう。強引に引っ張ろうとしても無駄よ。アキラに用があるなら、ご予約をどうぞ」

「アンタ、アキラのマネージャーのつもり?」


 アイが参戦して火花を散らす2人。その間をテテテと抜けて抱きついてくるシア。


「アキラ!」

「よく頑張ったなシア。偉いぞ」

「ぼく、がんばった!」


 頭をぐりぐりとなでてやると、にへ~とご満悦な表情を浮かべるシア。


「「あぁ~~~」」


 羨ましそうな顔でこちらを見るアイとスノウ。つまらん言い争いをしている奴等は撫でんよ。


「さて、面倒は片付いた。後は朝になってから……」


ビーッビーッビーッ!


 その時だ。俺のマイズに警告が表示された。


【CAUTION! C-Reactor response is sensing!】


「アイ、スノウ、シアを頼む。俺はここを離れる」

「「「アキラ!?」」」

「敵だ。俺のな。後の事はお前達で決めてくれ。それじゃあな」


 俺は踵を返すと西の方へと駆け出した。ここでは流石に人目が多過ぎる。


『アキラ! おいてかないで!』


 シアの涙声が通信で届く。


「駄目だ。今から飛ぶ速度はお前の身体では耐えられない。心配するな。戻ってくる。お前が生きられる場所を見つける約束があるからな」


 人目が切れてからアンタレスを装着、そして信号ビーコンを発信した。種別タイプ非常事態エマージェンシー。これで俺のシアがこちらに来る筈だ。

 紅き翼が漆黒の空へと舞い上がる。


◇◇シア◇◇


「来た!!」


 號巌と共に準備を整えた私はアルデバランを身に纏った。

 號巌にはザウラクを着けさせてはいない。自分より多数で待ち構えているとなれば、敵対意思と見なされるかもしれないからだ。

 まずは敵対せずに交渉を試みる。可能なら味方に引き入れ、それが叶わずとも不干渉さえ約束させられれば充分。敵対して排除するのは最後の手段。単独で動いているという事はかなり腕に覚えはあるのだろうが、號巌と2人でなら排除も出来ると踏んでいた。

 だけどその読みが間違っていた事を思い知らされる。

 速い。あまりにも。

 5000kmを超える距離を5分と経たずに辿り着きそうな速さ。

 私のアルデバランも號巌のザウラクもこれ程の速度で翔ぶ事など出来ない。

 それはこの相手と敵対した場合、私達2人は手も足も出ずに倒される事を意味する。相手に攻撃を当てる事も相手の攻撃を避ける事も出来ないのだから。


「母上……」


 號巌にも状況は見えている。明らかに格上の相手の出現に声が硬くなっている。


「ザウラクを出してはなりません。敵対意思と見なされば、我らでは太刀打ち出来ないでしょう。ここは穏便に、不干渉を約束させられればよいと考えるのです。これはよい機会です。世界には我らとて敵わぬ者がいる。傲る事なく、侮る事なく、我らは進まなくてはならないという経験を積む事が出来たと考えるのです」

「分かりました、肝に命じます。ですが、可能であれば我らの側に引き入れたいものです」

「それが最上なのは言うまでもありませんが、欲を掻くと事を仕損じます。まずはあくまでも友好的に。よいですね」

「承知しました、母上」

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最低(F)ランクの最強指揮官(コマンダー) 藤色緋色 @fuzishiki-hiiro

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