第18話 人魔大戦と神々の終焉 後編

「勇者くん! 神官ちゃん! 川側に防御魔法を!! ミンナ川と反対側から馬車を降りて!!」


 ワタシが叫んだ次の瞬間、川から無数の銛が飛んできた。それを間一髪間に合った勇者くんと神官ちゃんの防御魔法が弾く。

 そして水から次々と上がってきた水民アクエス達が猛然と迫ってくる。

 数が多い。

 【Heatヒート】で1体1体処理してては間に合わないし、じゃあ川の水を【Heatヒート】で熱湯にしてやろうかと思ったけど、川は水が流れてるからすぐに埋まってしまう。


 こうなったら火属性の魔法で……


「「【フレアストーム】!!」」


 ……発動しない!? 同じコトを考えたお母様の魔法も!?

 そうか! エシュアが属性を司るコトをやめたのね!

 勇者くんと神官ちゃんのは光魔法だから、エシュア存在している時点で無意識の内に司っているのでしょうけど、確かに全てを狂化させて滅ばす気なら属性を司る必要もない。

 ともかく川の側から離れないと。


「勇者くん! 神官ちゃん! ワタシが合図したら防御魔法を解いてコッチに走って! ユキカはお母様達と森の中へ! 他にもいるかもしれないから注意して! ルビーはワタシを手伝って!」

「分かった! お母さん達、こっちに!」

「ルビー、手伝う!」


 森民エルヴスであるユキカとその家族なら森の中は得意な筈。そして魔法なしで広範囲に攻撃出来るのは竜吐炎ドラゴンブレスを吐けるルビーしかいない。


「勇者くん、神官ちゃん、今よ、走って! ルビー! 前に出て、2人とすれ違ったらブレスで薙ぎはらって!」

「ルビー、わかった!」


 高い身体能力を生かして2人と入れ替わりに前に出たルビーに銛が降り注ぐ。


「させないわ! 【Photonフォトン Shadeシェード】!」


 これがレックから教えて貰った純魔法の2つ目。電磁気力を伝える素粒子、光量子フォトンを操る魔法。

 光量子フォトンは素粒子であるが故に破壊出来ない。だから極めて高い密度で凝集してやればどんな物質をも通さない強固な壁に出来る。

 光の素である光子を集めると眩し過ぎると思うかもしれないけど、それは光子が波として振る舞う時の周波数を調整してやれば見えなくする事も出来る。今は光子壁の存在がみんなに分かるようにうっすら光らせてるけど。

 跳んでくる銛が途切れたところを見計らってワタシはルビーに叫ぶ。


「ルビー!」

「うーーっ! にゃーーーーっ!!」


 なんとも気の抜ける掛け声だけど、そこから放たれた炎は間違いなく成竜のそれだった。左から右にルビーが身体ごと頭を振るのに合わせて炎が川面を撫で、一時的とはいえ川を沸騰させていく。当然、向かってきていた水民アクエスと川に潜んでいた水民アクエス達も炎に包まれていく。


「何とかなった……」

「きゃあっ!」

「ユキカっ!!」「お姉ちゃん!!」

「大丈夫!」


 森に入ったユキカからの悲鳴。どうやら矢が掠めたようだ。

 街道で襲ってきた村人たちは完全に正気を失っていたけど、水民アクエスたちは銛を投げるという行動を取ってきた。なら、多少なりとも知性を残した森民エルヴスが弓を使ってきてもおかしくない。

 マズイ……森の中から森民エルヴスに攻撃されるのは流石にに厳しい。

 傷や毒はユキカが治せても、一撃で致命傷を受けたらどうしようもないし、相手が倒せないのではジリ貧になる。

 ルビーのブレスも森の中だとこちらも煙に巻かれる恐れがある。

 狂化しているせいか狙いも甘く、牽制を交えての攻撃や複数での連携もしてこないのは幸いか。

 なんとかレックが追いついてくるまで持たせたいんだけど……


「【Photonフォトン Shadeシェード】!」


 今度は目に見えない状態で光子壁を作り出し、全員を囲むように展開する。

 光子壁は防御としては確かな性能があるけど問題もある。

 何をも通さない壁は空気や水も通さない。

 つまり全周を被ってしまうと窒息する。

 だから今は、真上と地面から数セルム(1セルム=1センチメートル)のところに隙間を作ってある。

 光子壁を見えなくしたのは、この隙間を気付かせない為だ。


「みんな、街道へ戻るわ! 森で森民エルヴスに囲まれるくらいなら、街道の方が対応しやすいから! 合図したら魔法を解くから走って!」


 【Photonフォトン Shadeシェード】を発動したままではワタシは動けない。


「今よ! 走って!」


 矢の飛来するタイミングを見計らって魔法を解除し走る。

 木に矢が当たる音を聞きながら街道に出たワタシ達だったけど、街道には川から上がってきていた|水民達が押し寄せていた。

 さっきあれだけルビーが焼き払ったのに、まだこれだけいるの!?

 何とか数を減らさないと……

 【Photonフォトン Shadeシェード】をドーム状に展開し、川にも森にも向かない一方向だけ解除する。


「みんな聞いて! 防御魔法を一方向だけ開けて展開したわ! ソコから入ってくるヤツだけを相手にして、少しでも数を減らすのよ! 前衛は勇者くんとルビー! 2人を神官ちゃんとユキカで援護して! 他のみんなはワタシの後ろに! もうすぐレックが来てくれるから、それまで持ちこたえるのよ!」


◆◆◆


「よし、皆の後を……っ!」


 狂化した村人達を文字通り葬り去って皆を追い掛けようとした時、空から飛来した多数の槍を大きく跳んで躱す。


風民アウレスもか……」


 このままでも空中戦は可能だが、あくまで俺のは"跳ぶ"であって"飛ぶ"ではない。宙を蹴る度に精神力は消耗してゆく。

 また、空破撃で撃ち落とす事は容易たやすいものの、相手が散開している為手数が増えてその分消耗も激しくなる。

 ここは竜人化して手早く片付ける。

 攻撃を避けつつ金色の竜人へと変貌し飛翔、すれ違いざまに竜爪で次々と風民アウレス達の首を落としてゆく。

 狂化した風民アウレスも後数人となった頃、視界の端に紅い炎が見えた。ルビーの竜吐炎ドラゴンブレスだ。

 やはりというか向こうも面倒な事になっているな。

 レイラがいるから滅多な事にはならないとは思うが、多勢に無勢という事もある。こいつらを速やかに倒して皆の元へ向かおう。

 前の人魔大戦の時は倫理観を欠如させる程度の狂化だった。だから戦術も駆使してきたし魔法も使ってきた。

 だが、今回は理性すら半ば失いかけている。最初に出会った村人達は半ばどころか完全に失っていて、屍肉に群がる亡者のように動くものを襲ってきていた。

 今対峙している風民アウレス達も、仲間の大多数が首を落とされたというのにまだやる気だ。


「恨むなとは言わん。今度は駄女神のいない時代に生まれてくるんだな」


 飛翔。そして斬撃。

 振るった槍が金色の竜鱗に傷を付ける事も能わず首を飛ばされる風民アウレス達。


ドオオォォン!!


 踵を返し、皆の元へ向かおうとした時、向かう先から轟く炸裂音。


「あれは地民ドヴェルクの魔法擲弾!? まずい!!」


 魔法擲弾は地民ドヴェルク魔地民ダグヴェルグが発明した武器の1つだ。縦横に溝の入った金属の円筒に、高濃度に圧縮された魔力の塊、魔力結晶が八方から針のようなもので支えられ納められていて、投げやすくする為、その円筒に柄が付けられている。

 この円筒部分に強い衝撃が加わると、結晶を支えている針が結晶を破損させ、魔力が衝撃波を伴って一気に放出される。そして円筒が溝から千切れて破片となり、周囲に飛び散って被害を与える。

 それの何が不味いのか?

 破片だけなら防ぐのは難しくはない。

 だが、魔法擲弾の円筒の中には隙間がある。ここに揮発性の毒物を仕込めば、毒物を撒き散らす事が出来る。

 恐らくレイラは光子壁で皆の身を守っているだろうが、光子壁は何物をも通さない故に空気も通さない。だから全周を被うとやがて窒息する。

 だからレイラにも空気穴を設けるように知識を刷り込んだが、その空気穴故に毒ガス弾を使われると、光子壁内に毒ガスが充満してしまう。

 解毒しようにもユキカがその毒に対する知識がなければ出来ない。

 もしかしたら神官のシノンが光魔法で解毒出来るかもしれないが、いずれにせよレイラの制御が乱されれば光子壁が解けて戦線が瓦解する。だからまずいのだ。


「間に合えっ!!」


 全力で皆の元へ飛ぶ。

 そして目に入ったのは、膝をついた皆に襲い掛かろうとする狂化した人々の群れ。

 ここからでは竜吐光レーザーブレスも空破撃も皆を巻き込んでしまう。


「こうなったら、アレを使ってみるしかないか!!」


龍人化を解き、墜ちるに任せながら意識を集中させる。


「いくぞ!!」


◇◇◇


ドオオォォン!!


 レイラが張ってくれた防御魔法で何とか襲撃を凌いでいた私達。これならレックさんが来てくれるまで持ちそうだと思った矢先だった。

 何かが炸裂してレイラの防御魔法に阻まれた。

 それだけなら何の問題もなかっただろう。

 だけど何かが炸裂した直後から、空気に変な臭いが混じってきた。


「みんな気を付けて! 毒よ!」


 気付いた私はみんなに注意を促し、懐から取り出した布で鼻と口を覆い首の後ろで結んで、毒を吸い込まないように防ぐ。

 こういう布は身体のあちこちに忍ばせてある。

 布を使って、止血の為に縛ったり、骨折した腕を吊ったり、今みたいに異物を吸い込まないように覆ったり出来るから、多めに身に付けておくようにとのレックさんの教えだ。

 少し吸ってしまってから感覚が鈍くなり身体も動かし辛い。麻痺系の毒だ。

 レックの本で覚えたリコリスなどの植物毒に対する解毒を試みたけど、症状に改善が見られない。あと、毒というと……


「光の女神よ! 我に全ての悪しきものを浄化する力を! 【クリアランス】!」


 私がもたついている間に、シノンさんが全ての状態異常から回復さてくせる光属性魔法をみんなに掛けてくれた。

 情けない……本当なら私がすぐに解毒出来ないといけないのに……

 だけど、落ち込んでいる暇はなかった。


「しまった! 光子壁が!!」


 一時的にでも毒に侵されてしまったレイラが魔法の制御に失敗し、防御魔法が解けてしまった。

 今までレイラの魔法に押し止められていた人々が一気に迫ってくる。

 狂化した人々に牽制や局部狙いは通用しない。

 生命の選択。

 倫理に基づいて家族の生命を危険に曝すのか?

 それとも家族を守る為に他人を犠牲にするのか?

 答えは決まっている。後は私が覚悟を決めるだけだ。

 弓に矢をつがえ弦を引き絞り、そして矢を放つ。


シュン! ドッ!


 狙いあやまたず矢は相手の左目を貫いて深々と突き刺さった。

 普通の短弓に頭蓋骨を射貫くまでの威力はない。これはミスリルボウの性能と魔法付与エンチャントのお蔭だ。


「レイラ立って! 立って体勢を整えて!」


 手にしたミスリルのロッドを支えにして立ち上がろうとしているレイラに狂化人達が迫る。

 私も必死に弓で援護するけど全てを止められない。

 ようやく立ち上がったレイラに向けられた狂化水民の銛が突き下ろされようとしたその時。


ウオオオォォォン!


 咆哮と共に何が飛び込んで来て、レイラを突き刺そうとしていた水民を撥ね飛ばし、更に私達の周りにいた狂化人達に突進して弾き飛ばしていく。

 そしてそれに遅れて今一番聞きたい声が轟いた。


「究極!! 治療士!! キィィィック!!」


ズドドドドオォォン!!


「「「「ウグワーッ!!」」」」


 再び近寄って来ていた狂化人達をまとめて吹き飛ばし、白衣を翻しながら地に降り立つ人影。


「すまん遅くなった。みんな大丈夫か?」

「あなた! 私は大丈夫! レイラが危なかったけれど、何かが飛び込んで来て……って、狼!? まさか森大狼ヒュージィフォレストウルフ!?」


 私たちを助けてくれたものをよく見ると、それは大きな狼、森大狼ヒュージィフォレストウルフだった。


「お前、レクスじゃないか! わざわざ追ってきてくれたのか?」


ウォン! ウォンウォン! (ドンッ! ベシッ! 「「ウグワーッ!」」)


 え? レクスって、前にレックが話していた?


「……そうか。向こうでも狂化に因る暴走が……レクス、お前のつがいや子供達は大丈夫なのか?」


ウォンウォン! (ドンッ! ベシッ! 「「ウグワーッ!」」)


「無事で何よりだ。お前達は鼻が利くから、避けるに徹していれば大丈夫だろう。それにしても拡大が早い。これはもう、消耗がどうとか言っている場合じゃないな……よし、ここをさっさと突破して安全な場所まで行くぞ。レクス、もう少し手を貸してくれ」


ウォンウォン! (ドンッ! ベシッ! 「「ウグワーッ!」」)


 レックが森大狼ヒュージィフォレストウルフと意思疎通している事も凄いけど、片手間で狂化人達を殴り倒しているのも凄い! 狂化人達が少し憐れかもしれないけど……

 あ、ぼーとしてる場合じゃなかった!


「みんな集まれ! 一気に始末する!」


 レックの叫びに呼応してみんなが集まったところでレックが空気の壁を作り狂化人達を押し止め爆発する何かの破片と毒を防ぐ。


「お前達も今度は駄女神のいない時代に生まれてくるんだ、なっ!!」


 次の瞬間、


ドオォォォォォン!!


 私たちを取り囲んでいた狂化人達が、文字通りバラバラになりながら吹き飛んだ。

 その余波は私たちが一旦入ろうとした森にも及び、かなり奥の方まで木々が倒れ、それと一緒に人だったものの一部も散らばっていた。


「よし、みんな馬車から荷物を降ろしてリオスとルビー以外で手分けして背負ってくれ。リオスとルビーは荷物を免除する代わりに殿しんがりで周囲警戒を頼む。この辺りなら安全な場所に心当たりがある。そこまで行くぞ」


◆◆◆


 皆を引き連れて移動してきた先は、岩山に開いた洞窟の前だ。

 この辺りには山というには小さい岩山が点在していて、風雨の侵食により洞窟を持っているものも多い。ちゃんと場所を選べば雨風を凌いで身を隠すにはもってこいだ。俺もこの辺りで野宿が必要な場合はよく利用している。


「む? 先客がいるようだな。って、この感じは……」


 俺はレクスを見た。


ウォン!


 俺の視線を受けたレクスが、嬉しそうに尻尾を振りながら返事をする。


ウォンウォン!

ワンワン!


 中から顔を覗かせたのは森大狼、レクスのつがいと子供達。流石動物、本能で安全そうな場所が分かるようだ。


「「キャーッ! カワイイーッ!」」


 ユキカとレイラは子狼を見て奇声を上げている。

 しかし……


「おしいそう~♪(じゅるり♪)」


 おーいルビー、目だけドラゴンに戻ってしまっているぞー?


キャインキャインキャイン……


 狼達が尻尾を股の間に入れて洞窟の中に引っ込んでしまった。


「こーらルビー。レクスは俺の友達で、あれは友達の家族。食べるな食べるな。干肉やるから」


 ルビーに干肉を一抱え分渡すと、「わーい、おにくー♪」と言って齧り始めた。ドラゴン達にとって大型の獣はご馳走だからこの反応は仕方ないのだが、レクス達には悪い事をしてしまった。


「すまんレクス。ルビーはドラゴンでな。人化して日が浅いからこういう反応をしてしまうんだ。俺の友達と言っておけば手は出さないから安心してくれ」


ウォンウォン……


 「ほんとに頼んますよ大将……」と言わんばかりの顔を向けているレクスの頭を撫でてやる。レクスも尻尾を丸めていたが、気丈にも洞窟の入り口から逃げずに立ち塞がっていた。


「よし。レクスの群れがいるのならここは他よりも安全だろう。皆はここで身を潜めていてくれ。俺は神界に向かう」

「アナタ……ワタシ達も一緒には……」


 レイラが縋るように見つめてくる。


「無理だ。誰かを連れて行けるような余力はない。それではエシュアに消されに行くようなものだ」

「そう……よね……」

「大丈夫だ。俺は必ず戻ってくる。レイラ、状況判断はお前が一番的確だ。皆を頼む」

「分かったわ……ワタシに任せて」


 俺はレイラに口づけしてからユキカに向き直る。


「ユキカ、レイラやルビーと協力して皆を守ってくれ」

「うん……私も頑張る。あなたも、気を付けて」

「ああ」


 ユキカにも口づけをして、二人の後ろに控えていたルビーに声を掛ける。


「ルビー……」

「イヤ……いかないでお兄ちゃん……」


 俺の胴にひしっとしがみつくルビー。

 ルビーのその言葉は、自分の気持ちだけでなく、他の者の気持ちも代弁したものだろう。


「ルビー、俺はお前達やお前達が産んでくれる子供達と笑顔で暮らしたい。だから行ってくる。ルビーも、ユキカやレイラと協力して皆を守ってくれ」

「……うん。わかった。ルビー、守るよ」

「ありがとうな、ルビー。愛してるよ」

「ルビーも、お兄ちゃん大好き……」


 ルビーと口づけを交わしてから、俺は皆から距離を取る。


「それじゃ、行ってくる」

「「「いってらっしゃい」」」


◆◆◆


 神界。本来は全てが量子データとして記録されている為、身体は存在しない。

 だが、それだと意思を持つ者の精神の安定が図れない為、仮想現実的な空間を構築している。

 今俺がいるのは神殿の通路のような場所だ。

 左右に等間隔で石材のような見た目の柱が並んでおり、前後に通路が果てしなく続いている。

 以前は質素ながらも荘厳な雰囲気を醸し出していたが、今はエシュアの精神こころの歪み具合に呼応してか、柱に禍々しい装飾が施されている。

 俺は通路の一方へと向かって歩き始めた。

 カツン、カツンと足音が響く。

 この音や足元の感触も仮想のものだが、あるとないとでは精神の安定性が大違いなのだ。

 やがて、行く先に大きな扉が見えてきた。

 神界の中心、神々のいる場所。

 この扉も元はもっと荘厳さを感じる装飾だったのだが、今は邪神でも待ち構えているかのような禍々しさだ。


ゴゴゴゴゴゴ……


 俺が扉の前に立つと、待ちわびたと言わんばかりに重々しい音を立てて扉が開いていく。

 俺が歩みを進めて中に入ると、扉は再び重々しい音を立てて閉まっていく。


「ようやく来たわね、レック・セラータ」


 部屋の最奥、数段高い位置にある6つの神座。

 そこに人の形をした神を名乗る管理AIが佇んでいた。

 その姿があるのは3つ。両端と中央左側。

 左端と右端は俺が封印したメルリとサトス。この2人は座したまま意思のない目で中空を見つめている。

 そして中央左側の1人が立ち上がり俺を見下ろしている。エシュアだ。


「お前達が余計な事をしなければ、来る必要もなかったんだがな。分かりきっている事だが敢えて聞こう。どういうつもりだ?」


 殺気を乗せた訳でもなく、ただ眈々と見つめる俺の視線に気圧されたかのように怯む。


「ひ、人の身でありながら神々を虐げてきたその所業、万死に値する。因ってお前に天誅を下す!」


 怯む心があるという事は、洗脳されている訳でもなさそうだ。

 どちらかというとローリアが第三者に唆されて、エシュアは協力した感じか?

 だが、だとすれば本来ローリアが滅された時点で止めていればまだ言い訳が出来た。

 それをせずに更に暴挙を続けているという事は、それを唆している存在がまだ傍に居るという事だ。


「居るんだろう? 出てきたらどうだ? 俺と同じ人間の転生者。何が目的だ?」


 俺の言葉が終わるとともに、エシュアの神座の背後から人影が姿を現す。

 その人影は要所をプロテクターで被った漆黒のボディスーツとヘルメットを身に着けていた。バイザーが遮光されている為顔は見えない。


「初めまして。僕と同じ人間の転生者。その警戒している様子からすると、あの装備の事も知っているみたいだね?」


 やはりか。俺の中には今の俺ではない男の人生の記憶が数世代程ある。恐らく相手もそうだろう。

 知識や経験がどの程度あるのかは分からないが、俺の方がかなり不利だろう。俺は相手の手の内を殆ど知らないのに対して、相手はエシュアと共に俺を観察していた筈だ。


「何が目的か、だったね。確かめておきたかったのさ。君がどちら側なのかをね。守る側なのか、壊す側なのか」

「それで、結論は出たのか?」


 俺は油断なく相手を見据える。一瞬の油断が命取りだ。


「そうだね。少なくとも後者ではないという結論だよ。今のところは」

「今のところは、か。それでどうするつもりだ?」

「最終確認をさせてもらう。僕と戦え、レック・セラータ。どんな人間も極限状態では本性を現す。見せてもらうよ。君の本性を」


 くっ、そうなるか……せめてエシュアだけでも排除しておきたかったが……


「早くレック・セラータをやっちゃって! アイツは神を神とも思わない不敬な輩で……」

「黙りなよ、AI01エシュア。僕が何も把握していないと思っていたのかな? 僕から見れば君の方が余程困った奴だよ。己の分を弁えず管理対象を玩具代わりにするとか、もう削除デリート対象だよね?」

「ヒィッ!?」


 視線を向けられ、短い悲鳴と共に後ずさるエシュア。


「どうする? レック・セラータ。僕としては君の憂いを解決してからやりたいんだけどね?」


 是非もない。狂化を拡げさせない為の第一目標を達成させてくれるというのなら。


「それがここに来た俺の目的だったからな。戦う事を条件にお前がそれを成してくれるというならやぶさかではない」

「決まりだな。大人しく消えるといいよ、AI01エシュア

「イヤよ! 貴方は私達にに手を貸してくれると言ったじゃない! だから私は!」


 唆された訳ではなく、ある事ない事吹き込んで利用しようとしていた訳か。有罪だな。もっとも、コイツ相手でそれは最悪手だ。


「僕は『レック・セラータが世界に仇なす存在ならば彼を排除する手助けをする』と言った。が、どう記録ログを確認してもその様子はない。逆に君達管理AIの問題行動はぼろぼろ出てきた」


 その指摘に焦りの表情を浮かべるエシュア。


「あ、あの領域には接続アクセス制限が……」

「あんなのプロテクトの内にも入らないよ」


 こいつにとっては量子演算装置なんて玩具に等しい、でなければ、時と世界を越えられる装備など生み出せる筈がない。


「という訳でだ、さよなら、AI01エシュア

「くっ、消されてなるもので、ぐえっ!」


 そいつの手を辛うじて躱したエシュアが逃走を図ろうとしたその時、俺はエシュアの首を鷲掴みにした。

 ここは神界。仮想の空間。

 だからこそ、転移も容易に行える。


「逃がす訳ないだろう。大人しく消えて、そして生まれ直してこい」

「イ……ヤ……消えた……くない……消えたくない!! もう役目なんていらない!! 神でなくてもいい!! だから助けて!!」

「好き放題しておいて勝手な事を……もういい、消えろ。【Zeroゼロ Overオーバー……」


 どこまでも自分本位なエシュアを消し去ろうとしたその時、俺の腕を掴む者がいた。


「まぁ待ちなよ、レック・セラータ。ここは彼女の願い通り、神ではない身……そうだな、人間あたりにしてやったらどうだ?」

「何を……なるほどそういう事か。なら、あんたがやってくれるか? 俺はこれでも結構消耗してるんでな」

「分かった。僕がやっておこう。そっちの二人もね」


 ソイツがエシュアの手首を掴み、空いた方の手をメルリとサトスへ翳すと、2人は小さな立方体へと姿を変えてその手に収まった。


「少し待っていてくれるかな?」

「逃げても無駄なのは分かっている。大人しく待たせてもらおう」

「それは重畳」


 そして数瞬の後、ソイツは俺の目の前に再び現れた。


「さぁ、やろうか、レック・セラータ」


▼▼▼


『人間として生きるのに必要な知識を残して精神をインストールしてあげたよ。神としての知識は膨大過ぎて人間の脳には負荷が大きいからね。仕度金も渡してあげよう。後は君達次第だ。人間としての生を最良にするか最悪にするかはね』


 そう言って世界の外より来し者は私達を解放した。場所は人族領の領王都付近。


「さぁ、メルリ、サトス、私達の信者を纏めてレック・セラータに目にもの見せてやるのよ!」


 鼻息荒く言い放った私にメルリとサトスは疲れた表情で言い返してきた。


「もう争い事は御免です。わたくしは何処か静かな場所で余生を過ごします」

「ワタシもです。アナタひとりでせいぜいがんばるといいデス」

「ちょっと貴女達っ!? それでも神の端くれなの!?」

「もう神ではありません」「もうカミではないデス」


 2人はそう言い放つと私に背を向けて領王都とは反対向きに歩き出してしまった。

 拒絶されるとは思っていなかった私は呆然と2人を見送り、そして後から沸々と沸き上がってきた怒りに委せて叫んだ。


「いいわよっ!! こんな世界、私1人でも支配出来るんだからっ!!」


 私は踵を返して領王都へと向かった。

 それ程離れてない筈だけど、肉体を得て歩くという事がなかったからか思ったように進まない。

 そして段々身体が重くなってくる。これが疲労か。

 時々休みながら街道を進み、やがて森を迂回して領王都が見えてきた時、私は違和感を感じた。

 その違和感に首を傾げながらそのまま領王都へと向かい、街の門まで来たところで違和感の正体に気が付いた。

 人族領の王都にも関わらず活気がない。    

 街門を護る衛士がいる筈だけどその姿もない。

 人の気配はあるけど、怯え閉じ籠って出てこない感じだ。

 街の通りには人っ子1人おらず商品のない半ば壊れた露店がポツポツと並んでいるだけ。

 寂れた様子の通りを歩き、王城を囲むように建設された5神殿(ローリアは魔族の神と思われている為、人族領に神殿はない)の内、最も大きい私を奉った神殿、光輝神殿へと向かう。

 神殿も街と同じく、嘗ての栄華の面影も信者の姿もなく寂れていた。


「どうなってるの!? 私の信者はどこ!?」


 私の叫びが空しく響く。

 しばらく呆然としていると、私の像をみ奉った祭壇の向こうの扉から、神官服を纏った年老いた男が姿を現した。


「叫び声がしたから見にきてみれば、お嬢さん、どうしましたかの?」

「どうしたも何も、何で私の信者がいないの!?」

「よく分からん事を言うお嬢さんじゃ。まぁ、それはともかく、神官や参拝者がいないのは、誰も光魔法が使えなくなったからじゃよ。今まで高い喜捨を要求して怪我や病気を治しておったが、喜捨をしても治してもらえないとなれば、な」


 老神官の言葉に愕然とした私。そして気付いた。私を消そうとしていたレック・セラータがいやにあっさり引き下がった訳を。

 管理神がいなくなり属性を司る者がいなくなった。それはつまりこの世界で属性魔法を使える者はいなくなったという事。私達がレック・セラータに反抗の意思を持ったとしても、それは何の力も持たないただの人間が神に反抗するのと同じ。

 レック・セラータは言外に伝えているのだ。「今までお前達が玩具にしてきた存在と同じように必死に生きてみろ」と。

 老神官に礼も言わず神殿を出た私。当てが外れ失意の内に歩く私には、荒んだこの街で女の独り歩きが如何に危険かを失念していた。


「よぅネエチャン。オレたちとキモチいいことしようぜ、なぁ?」


 下卑た笑みを浮かべた男達が立ち塞がり、その内の1人が私の腕を掴んでいた。


「離しなさい。私を誰だと……ウグッ……」


 後頭部に衝撃を受けた私は意識を手放した……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神滅治療士の診療日誌 藤色緋色 @fuzishiki-hiiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ