第17話 人魔大戦と神々の終焉 中編

「ルビー、まずは竜人化ニュートフォームをやってみせるからよく見ていてくれ」

「は~い♪」


 まずはルビーに完成形を見せる。

 至る先が分からないと練習しようがないからな。


「竜化術。部分竜化。【Newtニュート Formフォーム】」


 術を発動させると、肩から先の両腕と下腹部から下の両足、そして背中と側頭部、腰の後ろが光へと変わる。

 シルエットが服を着ている人間のものよりも二回り大きくなり、背中には一対の光の翼、腰の後ろには尻尾が形成される。

 そして完全竜化した時と同じように足元から実体化してゆく。

 実体化が完了し、両腕両足、そして翼と尻尾を動かしてみる。ちゃんと感覚はある。問題ない。

 持ち上げた右手を眺める。黒魔鉱アダマンタイトより硬い金色の鱗に覆われた腕の先、5本の指には、真銀ミスリルすら易々と引き裂くドラゴンクロー。

 足を見下ろすと同じく金色の鱗に覆われていて、爪先には他の竜の鱗すら蹴破るドラゴンクロー。

 そして側頭部には、先に行く程尖っているドラゴンホーンがあり、尾てい骨の辺りから後ろに伸びたドラゴンテイル。


「どうだ? 何かおかしいところはないか?」

「「「…………」」」

「お~い?」

「「「……か、カッコいい♡」」」

「そうか……」


 どうやらおかしいところはないようだ。

 気を取り直してルビーに竜人化のレクチャーをしようか。


「ルビー、幼竜の時に身体を掻いた事はあるな?」

「んとねー、背中とかお尻とかがかゆくてガリガリしようとしたけど、手が届かなくて、壁でガリガリしたよ?」


 竜は体躯に比べて手というか前足というかが小さいからな。


「そうか。自分の手で自分の鱗を触った感覚は分からないんだな?」

「足で首をカキカキしたことはあるよ~」


 高い知性はあっても、そういうところは竜も動物っぽいんだよな。

 ん? レイラとユキカの2人は向こうむいて何やってるんだ?


「やっぱりルビーちゃんはカワイイ枠よね♪」

「レイラはお姉さん枠だから、私は?」

「ユキカは頑張り屋さん枠でしょ、やっぱり♪」


 何の話をしてるんだ、お前達は……

 2人は置いておくとして、ルビーに竜人化のイメージを伝えないとな。


「ルビー、ちょっとこっちに来て目を瞑ってくれ」

「んん? い~よ~♪」


 とてとてとやってきたルビーを優しく抱きしめてお互いの額を触れさせる。


「お兄ちゃ~ん♡ もっとぎゅ~~ってして~♡」

「それはまた後でな。今は竜人化のイメージをお前の頭に伝える為にこうしているんだから、少し頑張ってくれ」

「わかった~! ルビーがんばる~!」

「ねぇねぇ~! ワタシ達もワタシ達も~!!」

「ねぇねぇ~! 私達も私達も~!!」


 俺とルビーの様子に気付いた2人が来襲。まぁ、端から見たら抱き合っているようにしか見えんしな。


「分かってるさ。皆、後で平等に抱きしめるから、少し静かに頼む」

「「は~い!」」


 集中し、竜人化のプロセスをルビーでイメージして、彼女の脳の海馬、想像を司る部分にゆっくりと送り込む。

 ちなみに、想像して思い浮かべる部分と記憶から思い出す部分は、同じ海馬でも少し位置が違うから注意が必要だ。

 暫くそうしてから、俺は額を離した。

 ルビーも、額が離れたのを感じて目を開ける。


「どうだ? やれそうか?」

「う~~、がんばってみる。竜化術。部分竜化。【Newtニュート Formフォーム】!」


 ルビーの姿が変化してゆく。俺と同じように、手足に翼、角、尻尾、そして下腹部。角以外のどれもが鮮やかな紅い鱗で覆われている。

 後、今回胸は赤いチョーカーから上紐が伸びた赤いマイクロビキニを着けている。イメージに含めておいたからだ。でないと変化する度に俺が誰かさんを目潰ししないといけなくなる。

 ちなみにビキニなのは、手足や翼を動かした時に邪魔にならないようにするのと、手足の竜鱗に服が触れて破けてしまうのを防ぐ為と、高速で移動した時に服がはためいて邪魔になるのを防ぐ為だ。決して俺の趣味ではない。


「そっか~。レック、ああいうのが好みなんだ~。黒いのなら似合うかしら?」

「私、ああいうのは……でも、あなたが望むのなら……」


 だから、断じて俺の趣味ではなく、機能性の問題だからな?

 だが、ここで反論しても事態は好転はしない。2人の呟きはスルーだ。


「どうだルビー? 動けそうか?」

「んとねー、大丈夫。たぶん」


 ルビーはそう言っているが……


「なら、手の爪で引っ掻くように俺に攻撃してみてくれ」

「いいの? お兄ちゃん大丈夫?」

「大丈夫だ。だからやってみてくれ」

「わかった。え~~い!」


スカッ……


 ルビーの爪を空を切った。だろうな。竜の状態で格闘なんてまずしない上に、ルビーはそもそも戦闘なんてした事ないだろうしな。

 仕方ない。竜人化と同じ方法で基本的な身体の動かし方を刷り込むか。その上で俺が練習相手になって身体の感覚を覚えてもらうのが早いだろう。


「ルビー、もう一回目を瞑ってくれ。身体の動かし方を教えるから」

「わかった~!」


 さっきと同じようにイメージを送り込むんだが、今度は記憶から思い出す部分に行う。やり方を覚えさせる訳だからな。

 再びルビーと額を合わせる。送り込む場所が違っても特に変わった感覚はない。というかあったら困る。

 イメージの転送を終えて、ルビーと向かい合う。


「さぁ来い、ルビー」

「うん! にゃっ!」


 ガリンッ!


「「『にゃっ!』だって『にゃっ!』 カワイイ~♪」」


 いや、確かに可愛いが静かにしといてくれ。

 ルビーのクローが、それを受ける為に翳した俺の腕の鱗を引っ掻いた。間合いは随分修正されたが、まだまだ腰が入ってないからか俺の鱗には傷一つない。

 ま、今日はここまでか。


「よし、ルビー。今日はここまでにしておこう。明日から毎日少しずつ訓練していこうな」

「うん、わかった! えい!」


 パァン!


 一瞬、光を放った後、ルビーは人化した姿に戻った。


「あ、あれ? ルビーちゃん、呪文唱えてないのに……?」

「あぁ、別に呪文なんて必要ないぞ? あれはイメージしやすくする為と、今から何をするのか周りに分かりやすくする為にやっているだけだからな。治療術使っている時、呪文なんて唱えてなかっただろ?」

「あーそうね。ワタシが噛みついた時そうだったわね……」


 会話してる間に俺も元に戻る。


「さて、明日に備えて休もうか」


 皆を引き連れて野営地へ戻ろうとした俺の両腕にレイラとユキカがガッシリと抱きついてきた。


「次はワタシたちの番よね~♪」

「たっぷり愛してね~♪」


 そう言えばそんな約束をしたな、さっき。


「ルビーも! ルビーもぉ~~!!」


 ルビーも俺の背中から首にしがみついてきた。


「あらあら♪ じゃあ3人いっぺんにお願いね♪ レック♡」


 レイラの蠱惑的な笑みに対して、溜め息と共に笑みを返しながら俺達は野営地へと戻っていった。


◇◇◇


 翌日、私が目を覚ました時、既にレックは寝床を抜け出した後だった。

 昨夜? もちろんレックはたくさんたくさん愛してくれました♡

 3人共大満足でした♡

 2人はまだ嬉しそうな笑みを浮かべて眠ってる。起こすのは忍びないけれど、出発の準備をしないといけないから、心を鬼にして起こす事にする。


「ほらほら、2人共起きて。出発の準備しないと」

「うう~ん……お兄ちゃん、ルビー、おなかいっぱい~……」

「レックゥ~……娘の名前、ナンにするぅ~? ムニャムニャ……」


 手強い……

 でも何とか2人を起こして準備をさせた。


「3人共、体調は大丈夫か?」

「うん! 私は大丈夫! 元気一杯よ!」

「ワタシもよ♪ ウフフ♡ た~くさん、注いでもらったしぃ~♡」

「ルビーも! ルビーも元気いっぱいだよ!」

「よし。それじゃ待ち合わせの村に向かうぞ」


 みんなでてくてく歩いていく。

 途中、レックがルビーちゃんを訓練しながら歩いていく。

 ルビーちゃん、可憐な見た目だけど、元が竜だから体力も力も人族や魔族とは比べ物にならない。

 今もみんなが休憩中なのに、森の中でレックと訓練している。


 ズズーーン……ズズーーン……


 何か森の中で大きなものが倒れたような地響きが……

 2人共、あんまり森を壊さないでね?

 しばらくすると、人に戻った2人が森から戻ってきた。

 汗だくのルビーちゃんをレックが拭き終わるのを待って、2人に水を差し出した。


「2人共お疲れ様。お水どうぞ」

「わーい! お姉ちゃんありがとー! んぐんぐんぐっ! ぷはーっ! お姉ちゃん、もっとほしー!」

「はい、どうぞ、ルビーちゃん。あなたは?」

「俺は大丈夫だ。ありがとう」


 そういえばレックはルビーちゃんとは対照的に汗を掻いていない。何かコツでもあるのかな?


「ねぇ、レック。話があるんだけど……」


 私の後ろからレイラが声を掛けてきた。すごく真剣味のある声音だ。


「どうした? レイラ」

「ワタシも何か覚えられないかしら? 例えば、純魔法で攻撃する術とか。エシュアがレックに滅されれば、この世界に属性魔法は失くなっていまうのよね? そうなると、妻の中でワタシが一番足手まといになってしまうから……」


 ここまでの道中、レイラは何かを考え込んでいる様子だったけど、そんな事考えてたんだ……


「そんな事ないよ! レイラが居なかったらお父さんもお母さん達も助けられなかった! 私達の中でレイラが一番頭いいもの! 誰も足手まといなんて思ったりしないよ!」

「ありがと、ユキカ。そう言ってもらえるのは嬉しいわ。でも、これからワタシ達は沢山の大切なものを得ると思うけど、それを守る為にも力は必要なの。想いだけでもダメ。力だけでもダメ。両方揃って初めて守れるのよ」


 レイラの言葉に深く感銘を受けた。

 私達は大切なものを守れた。

 でもそれは、私に純魔法という力があり、レックが付与エンチャントを教えてくれたから。そしてレイラが闇属性魔法の達人だったから出来た事。

 そして力及ばず、ルビーちゃんの大切なもの、ガーネットさんを守る事は出来なかった。

 ルビーちゃんは表に出さないけど、多分心の中ではずっと悔やんでる。

 だからレックとの訓練も凄く頑張っている。これ以上大切なものを失わない為に。

 レイラにもそれが分かるのだろう。

 だから必要な力を得る為の模索をしている。

 絆を結んだ者達が、これ以上何も失わないですむ為に。


「ねぇ、レック。純魔法を使えるようにするのに"絶望から立ち上がる事"が必要なら、見合った試練をワタシに与えて欲しいの。どんなに厳しくてもやってみせるから」

「いや、それには及ばない。レイラ、お前の鍵はもう外れているぞ?」

「えっ!?」

巨大屍人ギガントコープスコアにされた時だ。その後解呪して治療したが、身体は十分に治っているのに中々目を覚まさなかった。俺が治療術で呼び掛けて反応が薄いとか、相当危ない状態だった筈だ。だから、俺の呼び掛けに応えて戻ってきたお前の純魔法の鍵は既に外れている」

「そう……だったら後はアナタが知識を与えてくれれば術は使えるのね?」

「そうなんだが……ユキカに付与エンチャントを教えた時にも言ったが、純魔法を攻撃に使うのは高い習熟が必要になる。やり過ぎると俺のように放浪する羽目になるから……少し待ってくれ」


 レックがレイラの要望に応える為思案している。良い方法が見つかるといいな……


「そうだな……レイラは術の制御の精度が非常に高いから、3つくらいならいけそうだな。レイラ、昨日ルビーにやったのと同じ方法で直接頭に覚えさせるからこっちに来てくれ」

「! うん!」


 よかった! やっぱりレックは私達の期待に応えてくれる!

 でも、一体どんな術なのだろう?

 額を合わせてしばらくすると2人が目を開いて離れた。

 レックは普段通りの様子だったけど、レイラの様子がおかしい。茫然としているのと同時に何かに怯えているような感じを受ける。


「こんな……こんな力がこの世にあるなんて……」

「これが世界のことわりのほんの一端だ。その様子なら正しく理解出来たな。後の使い方はお前に任せる。分かったな? レイラ」

「……大丈夫、だと思う。でも、最後のは……」

「そいつは保険だ。もし俺がいない時に、俺の想定している最悪の相手が現れた時のな。それが扱えないと相手の攻撃を防ぐ事すら出来ない」


 出会って日は浅いけれど、レイラが多少の事では動じない心の持ち主なのは知っている。

 そのレイラがあからさまに動揺し怯えるなんて、レックはレイラに一体どんな魔法を教えたのだろう……?


「そういう事なら、確かにワタシが適任ね。こんな力、ユキカやルビーちゃんには扱わせられないもの。分かったわ。使いこなしてみせる。元屍姫の名に懸けてね」

「よろしく頼む。最後の奴を訓練する時には俺も付き合う」

「お願いね。他のはワタシだけでも出来るから」


 今回の訓練はそれでお開きとなった。

 うぅ……気になるぅ……どんな魔法なんだろう……?

 よし、レイラに聞いてみよう! もしかしたら私にも使えるかも!?


「ねぇ、レイラ!」

「ユキカが聞きたい事は分かってるわ。でも、レックがアナタに教えなかった理由をよく考えて。一人で何でも出来るようにすると、レックみたいに放浪する事になっちゃう。だからレックは3人に分散させて教えてるの。レックがワタシ達の幸せを考えてそうしてくれてるのだから、ワタシ達もそれを汲んであげないと。それが良い妻というものよ」


 釘、刺されちゃった……

 でも、確かにその通りかもしれない。

 私の要望に応えて、レックは私に付与エンチャントを教えてくれた。それが、教えられるギリギリだと言って。

 これから私達はレックの子供達を産んで育てていくだろう。

 その時、放浪せざるおえない身になってしまっていたら、自分も大変だけど子供達はもっと大変になる。

 もうそうなってしまっているレックはどうしようもないのだろうけど、親のエゴで子供にまでその重荷を背負わせていい訳はない。

 レックは、私達の気持ちと将来の事を両立出来るギリギリを考えてくれている。

 なら私達も、一時いっときの感情に惑わされないで、自分の気持ちと愛する者達の将来を考えないと。


「ありがとう、レイラ。やっぱり貴女は私達に必要な人。力があってもなくてもそれは変わらない。そのレイラが力を得たのなら、オーガにハンマー、レック・セラータに私達ね!」

「フフフフフ♪ ユキカ、貴女も最高ね! レックに、そして貴女達に会えて、ワタシは本当に幸運だわ! これからもよろしくね、2人共!」

「こちらこそ、よろしく! もちろんルビーちゃんもよ!」

「ルビーもがんばるー!」

「「やっぱりルビーちゃんカワイイ~♪」」


 私とレイラでルビーちゃんを挟むように抱きしめて、ルビーちゃんの左右の頬に頬擦りする。


「お顔が、んにゃんにゃになるぅ~」

「「『んにゃんにゃ』だって! カワイイ~♪」」


 レイラ! ルビー! みんなでレックや私達を幸せにしようね!


「リオス~? なに鼻の下伸ばしてるの~?」

「リオスさんの浮気ものーー!」


ドスドスッ!


「ウグワーッ!」


 どこかで悲鳴が聞こえたような気がするけど、気にしない気にしない♪


◆◆◆


 合流予定の村まで後2ハウア(=2時間)という所まで来た。

 今までは2ハウア歩いて30メニト(=30分)休憩するペースで移動してきた。

 ルビーとレイラの訓練もある程度進められた。

 レイラは元々努力家で地頭もある。教えた3つの純魔法の内、2つ目までは然程の苦もなく使ってみせた。

 3つ目の魔法は、流石のレイラでも苦労している。発動は出来ているが、状態を安定させるのに苦心しているのだ。

 知って数時間で発動出来ているだけでも天才と言っていい。じっくり教えてやる時間がないのが惜しいな。

 日が昇ってすぐに出発してきたとはいえ、もう随分日は傾いてきている。村に着くころには夕方だ。


「準備の時間を考えて、今日はこの辺り野営を……む?」


 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! ガラガラガラガラ!


 野営をしよう、と言いかけた時、目的の村の方から何かが近付いてくる音が聞こえてきた。音の感じからすると馬車だな。


「みんな森に入れ! 馬車が疾走してくるぞ!」


 街道とはいっても田舎の村に向かう道だ。精々荷馬車がすれ違う程度の道幅しかない。馬車は、俺の前世の記憶にある自動車のように細かく進路を調整出来たりしない。轢かれる前に避けておくのが常識だ。

 幸い、ここは道が直線的で見通しは悪くない。俺1人が街道に残って状況を確認すればいいだろう。空壁を使えば、疾走してくる馬車程度ならば難なく防げるしな。


「じゃあ、ワタシはレックの後ろにいるわ」

「私も」

「ルビーも~!」

「お前らなぁ……まぁいいが」


 手の届くところに居てくれる方が安心出来るしな。

 果たして、強化した視覚で確認出来たのは、フェラウノス商会の意匠を付けた馬車だった。


「あれ、フェラウノス商会の馬車だぞ」

「え!?」

「それにしても凄いスピードだが、一体何が……ん? 馬車の後ろから何か来るな?」


 疾走する馬車にかなり引き離されてはいるが、猛スヒードで追跡していているのは間違いない。

 様子を見ている内に馬車が目の前に迫ってくる。


「あんた達も逃げろー!! 襲われるぞー!!」

「お前達の会長を連れてきた!! 止まれ!!」

「えぇっ!?」


 馬車の御者台にいる男の叫びに、同じく叫んで返す。

 そして馬車を猛追していた何かが視認出来る。

 それは、手に鍬や鋤、斧などを持った人の群れだった。

 恐らくこの先の村の住人だ。

 それが明らかに人間離れした速度で迫ってくる。


「っ! 狂化してるのか!? ぬんっ!」


 人群の前に空壁を展開して押し留めようと試みる。人を超えた速度だろうと、空壁なら怪我をさせずに受け止める事が出来る。

 普通なら。


 ゴキグシャメギィ!!


 前の人間が空壁に止められたところに後続がそのままの速度で突っ込んできて衝突する。

 いくら空壁が衝撃を吸収するとは言っても限度というものがある。空壁で止まり切ったところに突っ込まれれば壁に激突したのと変わらない。作用反作用の法則によって両者の身体が損壊する。


「くっ! いくら狂化とはいえ、前の大戦の時にはここまで狂ってはいなかった。術を掛ける対象が多過ぎて、制御が雑になってるな!?」


 突進してくる村人には、大人だけでなく手伝いをしていたのだろう鎌を持った子供までいる。

 その子供も、勢いそのままに突っ込んできて、前にいた男の持つ斧の刃が首に当たり、その頭が宙に舞った。


「お兄ちゃんこわいよ!! なんなのこれ!?」

「うっ……あ、あなた……」


 狂気の突進に恐れを抱くルビーと、凄惨な光景に吐き気を催すユキカ。エシュアめ! 本気で世界を潰す気だな!?


「レイラ! 2人と他の皆を連れて馬車へ行け! 俺は後から追い付く! 油断するな! 絶対にこれだけじゃないぞ!」

「分かったわ! アナタも気をつけて! ユキカ! ルビー! 行くわよ! お母様達も早く!」


 3人の中ではレイラが一番荒事に慣れている。そして、これから俺がする事も察したのだろう。俺の指示に素早く従ってくれる。

 皆が離れたのを見送って、いまだ空壁に取りついている村人達に目を向ける。


「悪いな。誰も彼も救えないんだ。俺は神じゃなくて治療士だからな」


◇◇◇


 みんなを引き連れて馬車へと向かう。

 レックがあの村人達をどうするつもりなのかは分かった。

 あの村人達の狂いよう、あれは自分に心酔させて操る"魅力術"や精神を封印して疑似精神で操る"傀儡術"とは次元が違う。

 恐らく、人格の、認識そのものを書き換えられている。善悪の認識を失くし、破壊衝動に従う事が正しいのだと。

 だからレックにも治しようがない筈だ。昨日の話で、精神に対する知識には乏しいと言っていたのだから。

 ワタシ達には、死者の冥福を祈る事しか出来ない。


「お母様達と神官ちゃん、魔法使いちゃんは旅客室へ。勇者くんは御者台へ。神官ちゃんと勇者くんは防御魔法使えるわよね? 馬車の守りを任せるわよ。ワタシとユキカとルビーは屋根の上よ。ルビーは飛べるように竜人化しておいてね」


 ワタシがレックからみんなを託された。だから、ワタシが指揮を取る。

 この商会の馬車は四頭立てで、定員6名の旅客室と荷物を積む為の貨物室がある。

 ワタシやお母様が乗るようなVIP用の馬車ではなく、各支店間で人や物資行き来させる商会の普通の馬車だ。この急事に贅沢は言ってられなかったし。


「みんな乗ったわね? 御者、馬車を出して!」


 みんなが乗り込んだのを確認して、御者に指示を飛ばす。

 しかし……


「う……ぐ……」

「おい、どうした?」


 両手で頭を押さえて蹲る御者を勇者くんが訝しげに覗き込む。


「! 勇者くん蹴り飛ばして!」

「ガアアアアアアッ!!」

「っ! このぉ!!」


 襲い掛かろうとした御者の鳩尾を蹴り飛ばした勇者くん。なるほど、勇者に選ばれるだけの事はある運動神経だわ。


「ハイッ! ハイッ!」


 ヒヒーーン!

 ガタン……ゴトン……ガラガラガラガラ……


 勇者くんが手綱を取り、馬たちにムチを入れると、馬たちが嘶いて馬車を引き始める。

 悶えている御者を置き去りにして走り始めた。しかし、少し引き離したところで、復活した御者が猛然と追い掛けてきた。さっきの村人たちと同じだ。明らかに人間離れしている。


「ユキカ、足を狙える?」

「やってみる!」


 均しただけの田舎道。商会の馬車はバネが入れてあるから、普通の馬車に比べてマシだけど、どうしても不規則に揺れる。


「ルビー、こっちにきて、一緒にユキカを支えて」

「わかったー!」


 ルビーにユキカの防具の腰ひもに片手を掛けさせて、もう一方の手で馬車の縁を掴ませる。


「いきます!」


 片膝をついたユキカが短弓を横に構えて矢をつがえ、追ってくる御者に狙いを定める。


 ドンッ!


 馬車が跳ねて浮いた一瞬、振動がなくなったタイミングでユキカが矢を放った。


 シュン! ドス!


「お姉ちゃんすごーい!」


 狙い過たず、御者の太ももに矢が突き刺さる。

 撃たれた衝撃で転びそうになるも、御者は堪えてなおも追い縋る。


「痛覚も鈍くなってるようね。身体が壊れるのも厭わずに追い掛けてくるわ。ユキカ、もう1発いける?」

「やってみる」


 続けて2発矢を放ったけど、これは2つともハズレた。どちらも動いてる上に道が悪いから仕方ないわね。

 出来れば生かしたまま無力化したかったけど、1人ばかりにかまけてはいられない。

 殺して良いのは殺される覚悟のある者だけ。

 でも、覚悟はあっても、殺されてやるつもりはないのよ!


「レックに教えてもらった魔法を使うわ。ワタシの身体を支えててもらっていい?」

「分かった! ルビーちゃん!」

「あい!」


 今度はワタシの防具の腰ひもを2人が支えててくれる。

 ユキカがやったように片膝をつき、追ってくる名状し難き御者のような何かに右手を向けて集中する。

 詠唱なんて必要ない。必要なのは、その事象を起こす為の明確な知識。


「…………。【Heatヒート】!」


 魔力を放つ。

 特に何かが飛んでいく訳ではない。


「レイラ?」


 ユキカの声に怪訝な響きが含まれている。


「大丈夫、効いてる」


 追い掛けてきていた御者が、勢いそのままに転倒した。馬車は走っているからどんどん離れていき、どうなったかまではよく見えなかったが、手応えは十分にあった。寧ろどうなったかが2人に見えなくて良かったかも。きっとユキカが気分悪くするから。


「やったねレイラ! それで、その魔法の効果は?」

「温度を上げる魔法」

「え? 温度を上げる? それだけ?」

「そう、それだけ。後、下げる事も出来るわ。温度の高低は全く同じ現象の強さの違いなの」


 レックが教えてくれた1つ目の魔法はコレ。


「それ、攻撃魔法なの?」

「攻撃専用の魔法ではないけれど、攻撃にも使える魔法よ。今見た通りね。どんなモノでも熱したり冷やしたり出来るの。今は、あの御者の身体の中にある"水"を加熱したの」

「身体の中の水? あ、そういえば、レックから貰った本に"人の身体の6割は水で出来ている"って書いてあった!」

「そう、その水を加熱したの。お鍋で沸騰するお湯くらいまで」

「えっと、つまり?」

「つまり、あの御者は、身体の内側から茹でられたワケ」


 ユキカの顔が「うげっ……」と言いたそうな表情になった。でも、その想像は甘いと思うわよ? 馬車が走り去ったお蔭でそれを見ずに済んで良かったわね、ユキカ。

 馬車は森を抜け、川沿いの道に出た。大抵の川は下っていくとナラクド川へと合流する。だから、川の流れる方へ行けばナラクド川に辿り着ける。

 馬車は川下へと方向を変え走っていく。どうやらもう追っ手はなさそうね。


「勇者くん、追っ手はなさそうだから速度を落として。馬も持たないから」

「分かりました」


 馬車のスピードが落ちてゆく。もうすぐ日も暮れるし、馬も休ませないといけないから、レックの合流を待って野営の準備をしないと。

 幸い、食料などの物資は荷台に積まれている。水の汲みやすい川の傍で……川?


『油断するな! 絶対にこれだけじゃないぞ!』


 川に目をやった時、別れ際にレックが言った言葉が頭を過った。何か、見落としているような気がする……


プクプク……プクプク……


 川面に泡が弾ける。魚か水民アクエスがいるのだろう。特におかしな事は……水民アクエス

 馬車と落ち合う筈だった村の人々は狂ったように襲ってきた。

 この馬車を操っていた御者は突然狂い出して襲い掛かってきた。

 じゃあ、今、川の中にいる水民アクエスは……?

 川面に見られる泡がどんどん数を増してゆく……


「勇者くん! 神官ちゃん! 川側に防御魔法を!! みんな川と反対側から馬車を降りて!!」

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