(断片)誓言


 その大変災は、国をひとつ、焼き尽くした。



 無言でパンを口に運ぶ、白い髪、あか双眸そうぼうの彼。

 僕の目の前の彼こそ、大変災の元凶だ。


 無表情な顔から、感情をうかがい知ることはできない。


 たくさんの命が失われ。

 大地は損なわれ。

 暴走した魔力は精霊たちを狂わせて。


 後には、けた瓦礫がれきの他は何も残らなかった。


 彼は失われた国の、王と呼ばれる立場にあって。

 失われた命の中には、彼を慕う者たちも間違いなく含まれていて。


 それでも彼の宝石みたいな両からは、ひとしずくの涙も落ちることはなかった。

 そんな彼を感慨かんがいもなく眺めている僕もきっと。


 狂っているのだろう、と思う。





「シェルシャ」


 唐突とうとつに呼びかけられる。

 彼はいつだって、気紛きまぐれで唐突だ。


 声を返さず見返したら、紅い双眸がすぅっと細められた。


「【永久】の魔法術式が、完成した」


「……はい?」


 魔法にうとい僕には、何のことかわからない。

 不本意ながら声を返してしまって、負けたような気分になった。


 つかみどころのない笑顔で。


「呪いをくつがえし、永遠の命を得る」


 まっすぐ僕を見る、魔性の瞳。


 呪いについてなら、僕でも知っている。

 吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマである彼は、他種族ひとの血をらい力を得ることができる。


 だけれどそれは、世界からゆるされざる行為。

 禁忌きんきを犯す者には、呪いが授けられる。

 寿命を半分に切り断たれ、死ぬ日を通告されるという呪いが。


 それを覆すなんて、ついに世界に対し叛意はんいを示すつもりなんだろうか、この人は。


「おまえはどうする」


 意味をすぐに察知した。


「僕はあなたの望むままに。カミル様」

「拒否しないのか」


 不満そうな顔は、ねた子供みたいだ。


「僕は、あなたのモノですから」


 当たり前のように答えたら。

 不意に、彼が立ちあがり、手を伸ばして僕の頬に触れた。


 噛まれる――、

 条件反射のように身体が強張る。

 だけど。

 ぎゅ、と抱き締められた。


「ちがう」


 耳元にだけ届く、低い低い吐息。


「私が、おまえの物なのさ。シェルシャ」


 抑揚よくようのない、無造作な口調は常と変わりなく。

 謝罪も感謝も、与えられたことなどないのに、なぜ。

 気づいてしまったんだろう。


 ああ、と。

 痛いほどに。

 ようやく。


 好き、とか、嫌い、とかじゃない。

 彼が欲しいのは。


 僕は抱き返さなかった。

 恐らくこの人は、僕が望めば死さえいなまない。


 だから、言葉ゆるしを。


「カミル様」


 死した後、人の魂は大地の精霊王に抱かれ、次の転生まで眠るのだという。

 精霊王の統括者に存在を忌まれた彼は、死しても転生の輪には戻れない。


 世界に対する大罪者。

 僕からすべてを奪い、僕の運命を狂わせた、元凶。


 好きなはずがない。

 赦せるはずがないのに、こんな言葉を吐きだす僕も、世界に対する背徳者だ。


 それでも。


「あなたは、生きていてもいいんです」




 僕は永劫えいごう、この台詞ことばひるがえさないだろう。





  ----------


 いろんな作品でチラ見えする、カミルとシェルシャ。

 の、過去話の断片でした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る