11 決着と決意

「どうしたオオクニヌシ。お前の力はこの程度か!」

「吐かせ!」

 神魔の長の一騎打ち。格闘に魔法を混ぜた勝負は互角だった。周りを囲む者達も自らの役目を忘れその戦いに見入っていた。

 誰も彼らの決闘を邪魔しようなどとするものはいない。最初の頃は万一の時は動く決意だったが、今となってはその気もうせている。純粋に、ただただ見ていたいと思うようになっていた。

 その様子を扉の奥で感じていた内の一人、白銀の綺麗な髪の青年は頻りに上を気にしていた。

「どうしたよ。さっきっから上ばっか見て。らしくねぇぞ」

 隣にいた朱髪の青年が同じく上を見る。

 彼らはその部屋から出ていて、外からくる敵に備えているのだ。

 白銀の髪の青年はふふんと笑った。

「なーに。別に大した意味はないわい。ただ、あ奴らが果たして間に合うかと思うての」

 最初は何のこっちゃと思ったが、それが何か分かると「あぁ」と手を打った。

「大丈夫じゃねぇの? アイツにゃゲンや嬢ちゃんがついているしな───おっ」

 あれあれと、朱髪の青年が指さした方向に眼を向けると何かがこっちに向かって高速で迫ってきていた。

「ふふん、噂をすれば何とやらじゃな」

 二人の青年――紅龍と伏龍はニヤニヤしながら降り立った彼らを出迎えた。

「主役は遅く登場ってか」

 一行は、二人に会釈する。

「よう、遅かったのぅお主ら」

「いや~ちょーっとメンドーな相手に邪魔されちゃってね~」

 三上未奈は悪びれもせずニコッと答える。

 ところが紅龍は幻龍をジロジロと見て鼻で笑った。

「ふん、どーせゲンの奴が油断してただけだろうが」

「・・・・・・それを言われるとぐぅの音も出ん」とイタいところをつかれた幻龍は気まずく顔を歪めた。

「もー少し周りに気ぃ配るんだな」

「ぬぐぐ。しかしだな-――」

「止めんかお主らみっともない」

 青年は言い争いになりそうだった二人の頭にゲンコツをくれた。

 二人の頭からたんこぶが現れ、白い煙が上っていた。

「へーい」

「・・・・・・すまぬ」

二人はしゅんとした。

 



 その様子を見ていたコウフラハは耐えられず声を出して笑いだしてしまった。あまりに突然のことにミカエルとジュピターが驚き、数分前に合流した龍二達はキョトンとしていた。

「あははははははははは!!」

 そんなことに構わずコウフラハは気の済むまで笑い続けた。そんな彼を伏龍は肩をすくめながら見ていた。

「成長しよったな」

 短い間しか彼とは接していなかったが、伏龍には初めて会った時から比べて確かにコウフラハは成長したと断言できた。何が彼をそうしたのか分からないが、伏龍には喜ばしいことだった。

「ごめんね二人共。ちょっと可笑しくて・・・・・・・・・」

 目尻に涙をためながらそう告げる彼に、未だ二人はキョトンとしていて、返答できなかった。

「はぁ、はぁ・・・・・・。じゃあ、行こうか」

 一回大きく深呼吸をしたコウフラハは二人を促し、二人は曖昧な返事をして彼を案内することにした。

「その前に、一つ。コウフラハ様にはお覚悟を決めていただかねばなりません」

 落ち着きを取り戻したミカエルは、コウフラハの一歩前で振り向き、強い眼差しで彼を見つめた。

 コウフラハが頷いたのを確認して、ミカエルは話を続ける。

「この先の部屋には、神魔両族の長達による『死闘』が繰り広げられています。無論、この戦いはどちらかが死ぬまで続くでしょう。つまり、コウフラハ様は実父・養父のどちらかを失うことになります。その悲しみに耐えられますか? どちらか一方の死を受け入れることができますか?」

 この先に行く為の、彼の覚悟をミカエルは確認しておく必要があった。ミカエルには、その『義務』があった。

「・・・・・・はい」

 ほんの少しの沈黙のあと、コウフラハは小さく頷いてから決意の炎をたぎらせた二つの瞳でミカエルを見つめた。

「──結構です。それでは、改めてコウフラハ様の父君達のもとへご案内させていただきます」

と述べてからミカエルはジュピターに振り向き

「君にはそこの人間の治療を頼みたいが、良いか?」

と頼んだ。はい、とジュピターが返事をすると、今度は一度も振り返ることなくコウフラハを伴って行ってしまった。

「あれ・・・・・・・・・?」

 龍二はその時、コウフラハの後ろに何か白い影が見えたような気がした。

「今何かぁ゛!! ちょ゛、ま゛っ、あ゛っ!!」

 その前に、龍二は姉によって自分がその白い影になってしまいそうな気がした。


「──取り敢えず、あの人を救うことが先決ね」

 ジュピターはやれやれとため息をついて、龍二のもとへ歩いていった。









 城外での決戦は、激闘の末魔族側の指揮官が討たれたことによって神族側の勝利に終わり、今現在神族側による処理が行われている。魔族側の投降者に関しては彼らの意向で魔族側が反抗しない限り、丁重にもてなしている。

 それを横目に見ながら大地に大の字に倒れている2人の男がいた。

「ふぃ~、終わったぁ・・・・・・・・・」

 龍一が、額の汗を拭いながら言った。

「こいつぁ、なかなか、堪えたぜぇ・・・・・・・・・」

 百戦錬磨の男である龍彦でも、優に万を越える魔族を相手にしては疲労の色が見えたようで、大きく息をしながら呼吸を整えている。

「こいつぁ『奴』と真剣勝負したくらいの疲労感だぜ・・・・・・・・・」

「ん? 『奴』って誰です??」

 あぁと力なく頷いて龍彦はにやける。

「今度話してやるさ。俺の生涯の中で唯一俺と引き分けた好敵手の女の話を、な」

 それから「暫く寝かせろ」と告げるや龍彦は寝てしまった。

「・・・・・・俺も寝て良いか?」

『安心なせれよ。それがしらがしっかり見張りをしているでござる』

『まず、お前らはゆっくり休めや』

「そうさせてもらう~・・・・・・・・・」

 龍一も深い眠りについた。














 全くもって彼らの戦いを見るには体力を激しく消耗してならない。しかも、彼らに気づかれてはならないと言う制約付きであるから精神的疲労もたまってしまう。

「カスガ、大丈夫か?」

「な、なんとかです~」

 スサノオとカスガの体力・魔力はそろそろ限界に近かった。呉禁は口をパクパクさせながら必死にスサノオの袖を掴んで放さなかった。

 見学者がいるとは露知らず、オオクニヌシノミコトとゼウスは激戦を繰り広げていた。

「どうした! 貴様の本気はその程度か!」

「ふん! お前こそ、いつもの実力はどうした!」

 二人の身体は既に所々がボロボロになり、立っているのがやっとであるくらい疲弊しているに違いないのに、彼らは己が信念と気力でのみで頑張っていた。

 身体の傷はどんどん増えていくばかりで、流血の量も結構なものである。

(マズい・・・・・・意識が・・・・・・・・・)

 意識が朦朧としてきて、眼が霞んできた。

───殺られる。

 そう思った時だ。誰かの声がオオクニヌシの耳に聞こえたのは。

──オオクニヌシ様・・・・・・・・・

 その声は、忘れるはずもない。友が愛した女性の声だ。

「!? 今のは・・・・・・・・・っ!」

 その瞬間、オオクニヌシの視界がクリアとなり親友の全力を込めた攻撃が迫ってきていた。

「なっ───」

 完璧に油断していたオオクニヌシが、避けられるはずもない攻撃を避けた。

 この一撃に自分の持てる力を全て注ぎ込んだゼウスは、オオクニヌシに避けられたことにより完全に隙ができた。

 これをオオクニヌシは見逃さなかった。

「これで終わりだ!!」

 涙を流しながら放った一撃は、ゼウスの左胸を貫き彼は眼を見開いてそのまま倒れ伏した。

 勝負は決した。ギャラリーからは悲鳴が上がる。

 オオクニヌシはゼウスの上半身を持ち上げる。

「オオクニ・・・・・・俺の、敗けだ・・・・・・・・・」

「ゼウス・・・・・・・・・」

 ちょうどその時であった。コウフラハらがこの場に現れたのは。

「ゼウス様!!」

「『お父さん』!!」

 彼ら二人はそこにいたスサノオらに気づくことなく、倒れ抱えられたゼウスのもとへ駆けていった。

 その様子を、スサノオ達は呆然として見送った。

「お父さん!!」

「おぉ・・・・・・コウ、か・・・・・・随分、大きくなったなぁ・・・・・・・・・」

 光が徐々に薄れいく瞳を見ながら、コウフラハは涙を堪えていた。彼はここに来る前、翼の色を前と同じ白黒に戻していた。

「父上・・・・・・・・・」

 不意に、コウフラハの口調の変化を感じ取ったゼウスは眉を跳ね上げた。

「コウ・・・・・・・・・?」

訝るオオクニヌシの言葉を代弁するように、ゼウスが弱々しい声で問う。

「お前は・・・・・・・・・?」

それを聞いたコウフラハは悲しい笑顔を向けた。

「貴方の遺伝子を継いだもう一人のコウフラハ。もう一人の息子です」

「おぉ・・・・・・そうか」

 ゼウスは力ない手を懸命に動かし彼の頬を撫でた。

「なぁ・・・・・・友よ」

 弱々しい声で、弱々しく光る双眸で、ゼウスはかつての親友を呼び掛ける。

「・・・・・・何だ、ゼウス・・・・・・うぅ」

 堪えられず、オオクニヌシの眼尻から涙の滴が零れ落ち、ゼウスの頬を濡らした。

「泣くなよ・・・・・・こうなると、分かってたんだろ・・・・・・・・・?」

「しかし・・・・・・・・・っ!」

 泣きじゃくる友に必死に笑いかけようとするが、筋肉に指令が伝わらないのかうまく笑うことができない。口も開かなくなってきた。

 それでも、ゼウスは友に自分の思いを告げねばならなかった。

「この世界を・・・・・・未来を・・・・・・お前に、託して・・・・・・良いか・・・・・・・・・?」

 かつて目指して挫折した自分の本当の思い。自分が成し遂げられなかったこの思いを、彼は今度こそ成し遂げてもらいたかった。二つの種族が争うことのない世界を創るという同じ思いを秘めた『同志』に。

「おう、おう。約束・・・・・・約束するぞ!ゼウスよっ!!」

 友の意思に満足したか、彼はふぅと息をついた。

「疲れたな・・・・・・・・・」

 その時、ゼウスら四人を輝かしい閃光が包み込んだ。そのあまりにも眩しい光を、スサノオ達は手で眼を覆いその光を遮った。











 光の中で、四人はそこにいた人物を見て双眼を限界まで見開き、言葉が口から出てこなかった。 その神族の女性は暖かな笑みを彼らに向けていた。

「み・・・・・・ミナツキ様・・・・・・・・・!?」

 最初に口を開いたのはゼウスの側近ミカエル。彼女───ミナツキノヒメは答えるようににっこり微笑んだ。

「お・・・・・・おぉ、ミナツキ・・・・・・・・・」

「お前・・・・・・・・・」

「お母さん・・・・・・・・・」

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。死んだはずの彼女がこの場にいるのだから。

──貴方・・・・・・オオクニヌシ様。コウ・・・・・・・・・

短く、それだけ言って彼女はまた微笑んだ。

 ふとゼウスは自身の身体の変化に気づいた。

「ゼウス!」

「ゼウス様!?」

「お父さん!!」

 光となり消えていこうとする友を、主人を、父を呼ぶ声に答えるようにゼウスは微笑する。

「なあオオクニ・・・・・・もう一度、もう一度言う。この世界のこと・・・・・・頼むわ」

 消滅寸前の手を握りながら、オオクニヌシは力強くその約束を誓うことを彼に告げた。

「さらばだ・・・・・・・・・」

最後の言葉を言い残し、ゼウスは消えた。

──オオクニヌシ様、コウ、ミカエル。あとのこと、頼みます──

ミナツキノヒメも、深く頭を下げて消え去った。

 それと同時に残された三人の身体を光が包み込んだ。


 光の輝きが収まり、スサノオ達が次に見た彼らの姿は何一つ変わっていなかった。たった一つ、敵の長ゼウスの姿がないこと、帰ってきた三人が号泣していること以外は。

「勝った・・・・・・のか?」

「みたい・・・・・・です」


 しかしこの複雑な感情はなんだろか。勝ったことは素直に喜べるが、それは同時に義弟コウフラハの実の父が死亡したことになる。

「悲しい・・・・・・です」

「そう、だな」

 自然と涙が瞳から零れ落ちる。呉禁は袖を使って流れ落ちる大粒の涙を拭い取る。

 首将ゼウスの死により長きに渡る戦争は神族の勝利と言うことで終止符を打てた。しかし、この結果に魔族が納得できるとは思えなかった。

「・・・・・・コウ様。お話があります」

泣きじゃくるコウフラハに、若干声を震わせながらミカエルが言った。姿勢を正したその姿からよほど真面目な話であると直感したコウフラハは拳で強引に涙を拭き、同じように姿勢を正した。

「オオクニヌシ殿、それとスサノオ殿とカスガ殿にもご同席願いたい」

 急に改まった言い方にビックリしながらも、二人は言われるようにコウフラハの側まで行き正座した。その際、袖に引っ付いていた呉禁も同席してよいかの旨を伝え、許可が下りると呉禁を自身の後ろに座らせた。

「これより、ゼウス様の遺言を伝えます」

 その前に、とミカエルはあることを伝えた。

「初めに言っておきますが、これは遺言の形をとっていますが、強制ではありません。これを受けるかどうかはコウ様がお決めくださって結構です。よろしいですか?」

 五人が首肯すると、彼は大きく深呼吸してから亡き主の遺言を一字一句正確に彼らに伝えた。

「『もし俺に万が一のことがあれば、次の魔王は我が息子コウフラハにする』」

 えっ、と驚く五人にミカエルは右手を突きだし「但し」と言い

「『これはあくまで俺個人の望みであり、最終的に決めるのはコウフラハ自身である。もしコウが受けると言えばそのまま奴を次期魔王とし、別に伝える者共を輔佐とせよ。もし奴が受けぬと言えばミカエル。お前が一族をまとめあげよ。そしてこれ以後、神族との争いを禁ずる』。これが、ゼウス様の遺言の全てでございます」

 ふぅ、と息をつくミカエル。そして彼は無言となった。あとの判断はコウフラハに委ねられた。

 そのとうの本人は呆気にとられ、彼の家族はしきりに彼を見た。一体彼はどんな判断を下すのか気になったからだ。

 コウフラハは迷っていた。


 魔王となり魔界を統治し、しかる後神族との和平を結ぶ。これが成れば今後このような悲しき戦いは起こらないだろう。しかし、その事実を知らない──戦争が終結し和平交渉していると知らぬ者も多いだろうし、強硬派はこれを不服とし敵(をとれと豪語するだろう。

 かといってこれを受けなければミカエルが魔王となるらしいが、一体どうなるだろうか。

「初めにも申しましたが・・・・・・・・・」

 ゆっくりと考えているコウフラハに、ミカエルは口を挟んだ。

「これは強制ではありません。貴方が自由に決めていただいて結構です」

 穏やかな微笑みをミカエルは亡き主の子に向けた。それを見たコウフラハの心は揺らいだ。

(何を悩む必要がある?)

 〝裏〟のコウフラハが悩むもう一人の自分に問いかける。エッと言う彼に〝裏〟は意地の悪い笑みを浮かべた。

(お前はもう決めてんだろ?)

 〝裏〟の彼に言われて、コウフラハは観念したように頷いた。

 一息ついて、コウフラハはミカエルに相対し結論を述べた。

「決めました。僕は───」

 彼の結論を聞いたオオクニヌシを始めとする者達は笑顔で首を縦に振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神々の世界   少年少女冒険譚2 soetomo @soetomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ