10 覚醒

 王の間。あるいは謁見の間とも称すべき大部屋。オオクニヌシノミコトはかつての親友ゼウスと相対していた。

 言葉はない。ただ互いを見据えたままである。

 その周りを何百もの魔族が取り囲んでいた。隙あらばオオクニを殺す気で攻撃体制に入っている。

 その彼らの前に立ち塞がっていたのは、オオクニヌシを運んできた紅龍、伏龍にイザナギノミコト、彼らと合流した張飛、清恋らの面々である。

「この者共の勝負。何人も邪魔することまかりならん。邪魔しようとする者は容赦なく殺す」

「男の真剣勝負を邪魔するバカは、このアタシが消し炭にするからね?」

 その身から溢れ出る尋常じゃない殺気に恐れをなした魔族は、全身から粟粒をだしながじりじりと後退りする。

───コイツらと戦っちゃいけない

 本能がそう告げていた。

「───どなたか知らないが、感謝する」

「伏龍殿。すまない」

 二人が感謝の意を述べると、伏龍は気にするなと微笑む。

「悔いを残さぬよう、思う存分に戦うがいい」

「───では」

「遠慮なく…いくぞ!」

 両族の長が激突した。

 それは純粋な力の勝負。一撃が放たれる度に突風が吹き荒れる。

 龍の二人は、彼らの戦いを見ながらしかしその表情は晴れていない。

「流石じゃな」

「故に惜しい」

「言うな。それが彼奴等の定めだ」

























「きゃあ!」

 最後の決戦へ向かっている時、ヘラは何者かの魔法攻撃をモロに喰らい吹っ飛ばされた。

「ヘラさんっ!」

 同時に攻撃を受け、彼らを乗せた龍が墜落した。あわや地面に叩き付けられそうになったが、龍の主人である先生が彼を抱えて龍から離れたので事なきを得た。

「・・・・・・不覚」

 人の姿に戻った龍が脇腹を押さえながら呻く。

 彼らの進路を妨害したのはポセイドンとその配下の者達であった。彼は三傑に次ぐ実力の持ち主である。

 降り立ったポセイドンは筋骨隆々の偉丈夫である。下卑た笑みを浮かべながら近づきてくる。

「裏切り者は生かしちゃおけねぇな」

 ポセイドンは彼女に追撃を加えたがそれは何とかコウフラハが防いだ。痛みに顔を歪めるもポセイドンは歯牙にもかけない。

「ふん、まぁ、いい」

 悪笑する彼は、唯一無傷の三上未奈を嫌悪の表情で睨む。

「卑怯者の狗が」

 未奈を唾棄する言葉、未奈の頭に青筋がうっすら浮かんだ。

「我が一族の者を闇討ちしただけでなく、甘言で一族をたぶらかし一族に混乱を招いた蛮族の手先め。ゼウスやミカエル、そこの馬鹿共も、話し合いでケリをつけるとか神族をなるべく殺すなとか甘いこと吐かしやがった腰抜け共々、この俺が血祭りにあげてやる」

 自らの主のみならず、多くの人を蔑む彼を許すことはできなかった。

「随分な物言いね野蛮人さん」

 自然とそう口にしていた。

 静かなる怒り。何も知らぬ愚者の憶測や決めつけを彼女は嫌った。

「───何だと?」

 気色ばむポセイドンを彼女は冷笑する。

「何も知らないって、ホント罪よねぇ」

 その嘲る態度にポセイドンの表情が険しくなっていった。

 彼女は構わず続ける。

「無知蒙昧の貴方は特に滑稽だわ。真実を知らない、そのくせ歪曲した妄言に惑わされて、それに面白いくらいに振り回されてる貴方はピエロがお似合いね」

 すると、ポセイドンの拳が凄まじいスピードで襲い掛かった。未奈は難なくいなした。

「俺を侮辱しやがったなクソアマぁ!」

「あらあら、こんな分かりやすい挑発に乗るなんて。頭の程度が知れるわね野蛮人さん」

 彼女はポセイドンと距離を取ると、怒りを露にこの一言を放った。

「相手してあげるからとっととかかってきなさいな、〝坊や達〟」

「貴様ァ!」

 激昂したポセイドンは怒りに任せて攻撃を繰り出す。それを器用にひょいひょい避ける未奈。

 彼女は冷静に、コウ達に意識がいかぬよう適度にポセイドンを挑発した。

「殺すッ! 貴様だけは許さねえッ!」

 良い具合にポセイドンがキレてくれた。これでコウ達に意識が行くことはなくなっただろう。


 こっからが本番である。

(幻ちゃんがあんな状態だし、正直厳しいわね)

 相棒は重傷。普段の彼女は、常の戦い方は相棒と協力して敵を排除する。故に彼女一人で戦うことは極稀だった。

 が、それは彼女が弱いからではない。万一の時の為に彼女はそれに勝る才能をひた隠しにしてきたからだ。

(ま、なんとかなるわね)

 彼女は所謂天賦の才の持ち主であり、その実力は同じ才能を持っていた沙奈江や龍二、『努力の天才』龍造や龍一と拮抗しているという。彼女の才はたとえ大人数相手であっても一人一人の動きは手にとるように分かり対処できる。

「そこっ」

 彼女は、柳のように攻撃を避けながら相手の急所に確実に太刀を打ち込んでいった。

 未奈は相手の急所や弱点が〝える〟能力を持っている。数多の戦いをそれでくぐり抜いてきた。

 ついた二つ名は『魔術師マジシャン』。

 その彼女の操る太刀は、見る者を圧倒させるような美しさがあった。煌めく刀身は、あらゆるものを綺麗に両断する鋭さである。しかも、斬られた〝もの〟は、いつ斬られたのか分かららずに果てるらしい。

 龍彦の作った数十振りの中の一振りである。

 銘を『藤朝臣相模守龍彦とうのあそんさがみのかみたつひこ 号 燕龍えんりゅう』と言う。

「私の実力、見せてあげるわ」

 そう言って、彼女は左足を半歩ずらし、腰を落とした。

 そして、スッと音を立てることなく消えたと思ったら、瞬きした間に間合いを詰めていた。

 繰り出そうとしてる技は、対人外用に古の時より先祖代々受け継がれてきた宗家に伝わるものだが、彼女のような特殊な才を持つ者にしか使えぬ秘伝である。

「進藤流剣術二之舞・居合 風神ノ太刀 鎌鼬・一閃」

 迸る一閃は、一人の魔族を屠り、そこから繰り出された不可視の刃が残りの魔族を葬った。

 斬られた魔族は、何が起こったか分からぬまま意識を手放すことになった。



















 その頃、コウフラハは気を失っていたヘラに声を掛け続けていた。

「ヘラさんっ、ヘラさん!」

「───んぅ」

 わずかに彼女が呻いた。

「・・・・・・・・・コウ様」

 ヘラは気がついた。しかし相当なダメージを負ったらしく、身体を動かすのがやっとという感じだった。


「お怪我は、ありませんか?」

「僕は大丈夫だよ。けど」

 ゆっくりと彼女は頭を振った。

「こんな傷、大したこと、ありません」

 その割に、身体を動かす度に苦痛に顔を歪めているのが、コウフラハには痛々しく思えた。

「貴方様に、万一があっては、私はミカエル様や、貴方の父君達に申し訳が、立ちません」

 こんなになっても、尚自分の事を案じてくれるヘラ。

(代われ、コウ)

 それが〝彼〟には痛ましいと同時にもどかしく思えたらしい。

「じっとしてろヘラ」

 コウの口から発せられた低い声。そして、傷に触れた手から発せられる黒く優しい光。それはみるみる彼女の傷を癒していった。

「───えっ?」

 ヘラはぽかんとしていた。眼の前のコウがコウじゃない気がした。

 だが眼に映るの姿形は間違いなくコウである。

「よし、治ったな」

 言われた通り、自身が受けた傷は綺麗さっぱり跡がなくなっていた。しかし、彼女は何が何やらさっぱりだった。

「おいヘラ。お前絶対そこから動くなよ。すぐ片付けて来るからな」

 彼の両翼が漆黒に染まっていたことに気づいたのは、暫く経ってからだった。

 その頃、未奈によってポセイドン以外の魔族は倒されてしまっていた。

「さ、後は貴方だけね」

 太刀の切っ先を向ける未奈を眦が裂けんばかりに激昂していた。

「貴様ぁ」

 茹で蛸のように深紅に染まった顔が、身体中から上る蒸気が、彼の怒りを代弁していた。


(とはいえ、ぶっちゃけちょーっとトばしすぎたのよねぇ)

 久々に全力全開で戦った。それでペース配分をすっかり忘れてしまった。未奈は大きく呼吸していた。

 戦えるといえば戦える。しかし、無傷のポセイドンと対等に渡り合えるかと聞かれれば答えはNOである。そこまでの力は今の彼女にはない。

「未奈さん。ここからは、俺に任せてもらいたい」

 その彼女の前に、スッと降り立った少年。あら、と彼女は少年の正体を知って少し笑んだ。

「そうね。お願いするわ、〝コウ〟ちゃん」

 未奈はポンポンと彼の肩を叩いて離脱した。

「貴方には悪いけど、こっからはこの子が相手よ」

 そう言った。


 いきなり勝負に割り込んできた少年に、ポセイドンは不快感をあらわにする。

「誰だ貴様は」

 漆黒の翼をゆっくり動かしながら、少年は深紅の右、深蒼の左の瞳でポセイドンを見据えた。

「お前如き『小物』に名乗る名はない」

 彼は切り捨てた。

「小僧、貴様ナメてんのか」

 いきり立つポセイドンに対し、少年は憎悪の視線を送る。

 怒髪天を衝く少年は、その怒りをぶつけた。

「黙れ。俺はお前みたいな奴が大っ嫌いなんだ」

 少年は姿を消した。

「お前は後の世の害悪以外の何物でもない」

 そして、ポセイドンの後ろに姿を現し、圧縮させた魔力を纏わせた脚で彼を襲撃した。ポセイドンは地面に顔を埋めた。

「消えろ。平和のために」

「貴様っ」

 ポセイドンは振り返るや無数の水流破を撃ち放った。

「きかねぇよ」

 少年はそれを絶妙なタイミングで避けまくり、最後の攻撃は拳で弾き飛ばした。

 その流れで光線を放ちポセイドンの右肩に命中させた。

「調子にのるなぁ小僧!」

 瞬間、強烈な拳を顔面にもらったくらいの一撃を腹に喰らってしまった。

「・・・・・・ってぇ、きいた~」

 腹を摩りながら感心する彼をもう一人の彼が窘めた。

(来るよっ)

「まだだ!」

 怒り狂ったポセイドンが休む暇を与えずに攻撃を繰り出した。その威力や速さはこれまでとは比べものにならないほど研ぎ澄まされたものだった。

 躱しきれずにいくつか喰らってしまった。

「殺す」

「───おうおう、これまたデカイ魔力だこと」

 圧縮に圧縮を重ね練りに練った超高圧の魔力塊。恐らく彼のほぼ全ての魔力を注ぎ込んだそれを喰らったら、まだ余裕とは言え、ひとたまりもないだろう。

 流石三傑に次ぐ実力者だ、とコウは感じた。

(・・・・・・ふむふむ成程成程)

(何がふむふむなんだよぉ。どうすんのさアレ?!)

(安心しろよ。なんとかなっから)

 根拠のない自信を漲れせながら、少年は受け身の体勢をとる。

「バカめ。これはこの俺様の最上の技だ。貴様ごときに防げるわけねぇだろ」


「さて、そいつぁどうかな?」

「ぬかせっ!」

 ポセイドンがぶっ放した。それは凄まじい速さで少年に迫り、直撃、爆砕した。

 燃え上がる炎と爆煙を見上げながらポセイドンは勝利を確信した。

 これは必ず相手に命中して喰らった者は必ず黒炭と化し、一人の例外もなく死んでいった。まさに必中必殺の技だった。

 爆煙を見ながら哄笑する。

「はははははははは! 俺様をナメるからだクソガキぃ!」

 そうして、次の獲物に眼を向けた時だった。

「残念だったな」

 ポセイドンの笑いが凍りついた。

 信じられないことに、彼を嘲笑うかのように、そこには無傷の少年が姿を現した。ポセイドンの表情が驚愕に歪んだ。

「ば、馬鹿なっ」

「アンタの魔力属性は水だ。なら、対の力をぶつけりゃ良いだけの話だろ?」

 だが、ポセイドンは彼の話など耳に入っていなかった。

 彼は、はっきりと見た。その右手が光り輝いていたのを。

(神の力、だと?!)

 この世界に住む者は、神族なら聖なる、魔族なら闇の魔法を使えるが、それとは別に属性というものがあり、その属性は生まれた場所により決まるとされている。森の近くであれば自然、荒野であれば大地といった具合である。

 彼の魔力属性は、少年の言う通り水である。水は大地に強く自然に弱いというのが、彼らの常識である。

 陰陽五行説に例えたら分かりやすいかもしれない。水はそのままに、自然は木に置き換え、他に火、金、土がある。金は木に、木は土に、土は水に、水は火に、火は金に勝つ。

 しかしポセイドンはそれに工夫を加えた。そのままでいけば、対の力を持つ者に負けてしまう。

 だからこそ、魔族であろう少年が、正反対の光を使うことは有り得ないはずである。

「ふふん。どうだい? 『俺達』の力は」

「俺達、だと?」

「あぁ、『俺達』だ」

 不敵な笑みを浮かべ、ゆっくり近づく少年は徐々にその色を変えた。

「き、貴様は───」全てを言う前に、ポセイドンは顔面を鷲掴みにされた。

「おしゃべりは終わりだぜ、ポセイドン」

 掴んだ手が瞬く間に眩い光と漆黒の闇に包まれていった。

「神魔の祝福を受けし自然の力」

 ポセイドンの身体は、光と闇が交互に折混ざった混沌に呑まれて、消滅した。


 三傑に次ぐ実力者にしては、呆気ない最後だった。

 コウフラハは暫く宙を見つめたまま動かなかった。

「さて、次はアンタらの治療だな」

 コウフラハは負傷した幻龍の元へ歩み寄るなり、早速傷の手当を始めた。

「すまぬ。恩に着る」

「いいってことよ。むしろ、俺達がアンタらに感謝したいくらいだ。今回の件で色々と世話になってるんだからな。おい、ヘラ、何ぼさっとしてんだこっちこい」

「えっ、あっ、はい」

 続いて彼はヘラの治癒と魔力補充を施した。ボケっとしていたヘラは、突然呼ばれて焦った。治療を受けている間、ヘラは妙にそわそわしていた。その為、何度か「じっとしてろ」と殴られた。

「ありがとうございます、えっと・・・・・・コウ・・・・・・様?」

 ヘラは困惑していた。眼の前にいるのは、確かにコウフラハであろう。しかし、いつもの彼とは少し違って見えた。雰囲気や魔力がまるで違っている。何というか、禍々しいというか、彼の魔力を浴びるだけで体力が奪われ、額から汗が滲み出るような、そんな感じだった。

「まー、お前がそうなるのも無理ないなぁ・・・・・・」

 彼女の顔を見て、彼は暫し顎に手をやって、それからポンと手を打ってこう言った。

「そうだな。俺はルシファーとでも呼んでもらおうか」

「へっ?」

「その方がお前もコウ《アイツ》と区別しやすいだろ?」

容量得ない感じで彼女は返事する。そんな彼女に、コウフラハ改めルシファーはこんな一言を告げた。

「ちなみに俺は様づけ嫌いなんだ呼び捨てろ。もしくはさん付けな」

「えっ、いや、で、ですが───」

「俺が許すと言ってんだ。問答無用異論は認めん」

(え~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 本人は全く気にしていないようだ。とは言え、ルシファーは主君ゼウスの息子であって、その彼を呼び捨てにするのは正直気が引けた。大恩ある主君の息子に無礼を働くこと-――本人は許可しているが-――は、彼女の性分上できなかった。

 散々悩んで悩んで悩みまくって、結局「さん」付けで呼ぶことにした。むしろ無理に自分を納得させた。それでもその時間はせいぜい5秒ほどだった。

「うっし、そんじゃ親父に会いに行くぞ」

「気が早いわね~ルシ君」と未奈。

「ルシ君って・・・・・・、まぁいいけど。何となくココが騒いでな」

 と、心臓の辺りを突っつく。所謂胸騒ぎというやつらしい。フムフムと未奈は頷いた。

「成程ね。と、言うわけなんだけど、ゲンちゃん、行ける?」

「無論だ。この者に治療してもらった故全快した。───それに、我を誰だと思うておるのだ主や。我は幻龍ぞ」

 自信たっぷりに胸を張る幻龍に、そうねと微笑む未奈は相棒に元気一杯に命じた。

「それじゃゲンちゃん、手遅れになる前に皆乗せてとっとと行っちゃいましょう!」

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