9 龍の頂点

「面白いじゃないか!」

 紅蓮の炎を纏わせた龍牙は時にオリンポスの魔法を喰らった。それを見たオリンポスは更にやる気の炎を漲らせた。


「アンタに取っておきを───」

 その時、何かに気づいたのか、それまでしょげていた天龍の顔が険しいものに変わった。

 無言のまますっと立ち上がった天龍はそのまま歩きだした。

「天龍殿?」

 突然の豹変に趙雲もたじたじだった。

「この気は!?」

 その異変は趙雲や公熙、華奈美以外の者も気づいた。

「ぐあっ!」

 まさに斬り込もうとしていた龍二は、不意に背中に攻撃を喰らい倒れてしまった。

 崩れた彼の後ろに見えた襲撃者を見て相手は激昂した。

「邪魔をするなクビラ!」

「黙れよオリンポス」

 他人を見下すような冷徹な笑みを浮かべるのは魔族一凶悪な性格であるクビラだった。実力は彼に引けを取らない。

「こんなクズ相手にてこずってんじゃねぇよ」

 クビラは倒れた龍二の背中を思いっ切り踏み付けた。龍二は苦痛に呻いた。

「気にいらねんだよ。何が正々堂々だ。勝負なんてやつぁ、勝てばいいんだよ。どんな手を使ってもな」

「貴様ぁ!」

「だいたい、テメェら甘すぎんだよなぁ。何が三傑だよ。ふざけやがって。テメェらみてぇなクズに感化された甘ちゃん共がいるから魔族がナメられんだよ!」

 ぐりぐりと龍二の背中をおもちゃのように痛め付ける。その度に龍二の顔が苦悶に歪んでいく。

「テメェ!」

 身を乗り出したヒプロンを悠香が制止させた。何故止めると眼を剥く彼にまぁまぁと悠香は笑んだ。

「ここはどうかわたくし達の長殿に任せてください。どうやら珍しく本気でキレたようなので」

 その頃、クビラは掌に黒い球体を作っていた。高密度の魔法弾である。

「まぁいいや。まずはこのクズを───」

 それを龍二にぶつけようとした時だった。

「おい、そこの三流ゲス野郎」

 普段口にしない言葉。普段見せない鋭い眼光に含まれる静かな怒り。いつもはお気楽で頼りなくのほほんと他人に迷惑かけまくっているあの天龍がブチ切れていた。

 皆ポカンとしていた。

「あぁ? そこのアマケンカ売って───」

「私ね」

 怒りの焔を燃やした瞳に睨まれ、クビラの身体は硬直してしまった。

「人が真剣勝負やってる所に、アンタみたいなくだらない横槍入れたり邪魔をする虫けら、大っ嫌いなのよ」

 すると、天龍の姿が消えた。かと思ったら、クビラの身体が後方に大きな弧を描いて吹っ飛んでいた。

「取り合えず龍二君からその汚らわしい足退けろウジ虫」

 天龍が蹴り飛ばしたのだ。その速さに、誰もついていけなかった。

「相手してやるからかかってこいよクソガキ」

「上等だぁ!」

 立ち上がり、激昂したクビラが無数の魔力玉を天龍に向かって投げ放った。彼女はその全てを手で全て握り潰した。

 それが効かないと知るや、彼は巨大な魔龍を召喚した。

「なっ・・・・・・・・・」

「アイツいつの間に!?」

 その龍は魔界でもトップクラスの能力を誇る兇悪な龍で、仲間が何度も襲われていた。ミカエルやヒプロンはその度にゼウスの命で討伐に向かったことがあったが、彼らであっても手こずるくらい手強い相手である。

 それを、クビラは使役しているのだ。

 魔龍は主人の敵である天龍に襲い掛かる。口から火炎を吐くが彼女はそれを片手で防いだ。強力な爪による攻撃で彼女を切り裂こうとするが、やはり彼女は片手で防御した。

「失せろ」

 刹那、天龍は一瞬で移動し、魔龍の脳天に踵落しを炸裂させた。踵にあらかじめ纏わせていた金色の焔はあっという間に魔龍を包み込んだ。

 魔龍は断末魔をあげながら炭と化した。

 すると、天龍に隙ができることを狙っていたようにクビラが攻撃を仕掛けてきた。彼女は冷静に彼の攻撃をいなし、自身の焔を宿した拳を彼に打ち込んだ。

 が、クビラだと思ったのは彼が魔法で作った分身だった。分身は彼女の拳を喰らうと黒い霧となって消えた。

「かかったなぁ!」

 直後、漆黒の炎が超高速で彼女に襲い掛かっていた。

「───」

 天龍は何もできずに直撃を受け、龍二を巻き込んで大炎上した。

「ははははは! 地獄で生まれた灼熱の炎で消し炭になりやがれぇ!」

 クビラが勝利を確信したかのように高笑いした。地獄の炎は無慈悲に彼女達を包み込む。

「天龍殿!」

 慌てたのは主人の趙雲であった。何とかしようと駆け寄ろうとした。

「子龍ちょっと待って!」

 それを引き留めたのは関羽だった。それに公熙や華奈美も加わった。

「雲長様の言うとおりよ子龍様」

 彼の前に悠然と立ち塞がった悠香は片目を瞑る。

「子龍様。あの方を誰だとお思いですか?」

 悠香は何故か微笑んでいた。

「あの方は、曲がりなりにもわたくし達の棟梁ですのよ」

 更に彼女は続ける。

「あれしきの炎で死ぬはずないじゃあないですか」


 彼女が言い終わると同時だった。

「ぬるいわね」

 ぶぉんという音が聞こえるくらいの風が、大炎上していた漆黒の炎を一瞬で消し飛ばした。そして、姿を現した天龍と龍二は全くの無傷だった。

「んなっ!?」

「おいおいまじかよ」

 ヒプロンは驚愕せざるを得なかった。クビラはアレでも自分達と同等、それ以上の力を持った者である。

 それがまるで赤子のような扱いである。

「この程度のこうげきが地獄の炎? 笑わせてくれるわね」

 更に彼らを驚愕せしめたのは、せせら笑う天龍が片手でクビラの炎を防ぎ、もう片方で龍二の治療を行っていたことだっだ。

 それも、余裕の表情で。

「大丈夫、龍二君?」

「うい。あー気持ちいい」

 龍二は表情を崩してリラックスしていた。

「ん。じぁあ龍二君そこでじっとしててね」

「ういー」

 彼女は金色の焔の膜で龍二を包むと、ゆっくりと歩みはじめた。

「悠香」

「ここに」

 いつの間にか、悠香がそこにいて片膝をついていた。

「龍二君のこと、任せたからね」

「承知しました。龍二様のことはお任せください『姐様』」

 彼女が作った膜の前に立ち塞がるように現れた悠香は仁王立ちして彼を死守せんとその双眸に力を漲らせる。

 『姐様』

 その言葉こそ、彼女が龍を束ねる者たる所以でもあった。

「バカな・・・・・・アレは地獄で生成されたものだぞ!? 触れれば一瞬で蒸発してしまうはずなのに!」

「バカねぇ。アンタ如き小者が、冥界の炎を使いこなせるわけないじゃない」

 嘆息しながら、天龍は掌に焔を生じさせていた。その焔は、漆黒以上にどす黒く、深海の奥底の如き深蒼の色をなした、禍禍しいものだった。

「真剣勝負を邪魔した罪、その身を持って償え」

 その焔は瞬く間に彼女の右手を覆い尽くす。

「悠香、説明っ」

「はい」

 関羽の求めに応じた悠香が遠くから彼女達の脳内に説明を始めた。

「天龍様は龍の力をほぼ全て使えます。更に冥界の力も行使できます」

「冥界?」

「はい。簡単に言えば死後の世界です。天龍様は縁があり冥界の炎を一部譲渡されました。」

 地獄という場所はとかく馬鹿デカイらしく、生前の行いによって行く場所が決まると言われている。その場所は更にいくつかの階層に分かれているらしく、下に行くにつれてその者が生前犯した罪の重さに比例して苦しみが大きくなるらしい。

 各階層には番人がいて、その苦しみに応じた威力の炎が作られていると言われている。

「その中で、天龍様が使われる炎は───」

 天龍は一瞬で姿を消し、クビラが瞬きをした時には、天龍の右拳は彼の腹を貫いていた。


「え゛っ───」

「冥帝の焔獄。その身でとくと味わえ」

 貫いた拳にまとっていたその焔は、彼女の声に応えるようにクビラの全身を包んだ。

「!!」

 クビラは天龍から離れると、自身の知る限りの魔法を駆使して焔を消そうとした。しかし、何を試そうにも焔は消えない。

「何故だ! 何故消えないっ!?」

「無駄よ」

 嘲笑する天龍。

「それは私が冥界の帝王である泰山府君から直々に賜った至極の業火。その業火は、いかなる方法を用いようが、万物を完全に焼き尽くすまで消えることはないわ」

 のたうちまわって何とか焔を消そうと躍起になっているクビラの耳には、天龍の言葉はついに聞こえることはなかった。

 悠香は彼女の焔について既に講義を始めていた。

「冥界の帝王泰山府君。通称閻魔大王。彼が操る焔は、地獄の最下層で最も苦しみが大きい場所で生成されたもので、そこにいる者達の怨嗟の念を練り込んだ焔なのよ。この焔は、天龍様のおっしゃる通り、万物を焼き尽くすまで絶対に消えることはないわ」

 悠香が解説している間に、クビラは断末魔をあげて跡形もなく消滅していた。

「地獄で悔いろ」

 その姿を見て、龍二は、初めて天龍がカッコイイと思った。

 凛とした立ち姿からは、いつものようなダメダメな姿が嘘のようである。

 ご苦労様と紅龍に言った天龍は、膜を取り払い龍二の傷を見る。

「うん、ちゃんと治ってるわね」

 彼女はにっこり微笑んだ。

「ありがと~」

 龍二は言った。そのまま、これまでの疲れが出たのか龍二は眠ってしまった。

 さて、と天龍は先程まで龍二と戦っていたオリンポスと向き合った。

「さて、龍二君はこの通りなのだけど、代わりに私と戦う?」

 対してオリンポスは手を振ってその意思がないことを示した。

「興が醒めちまったよ」

 それだけ告げた。

「あんな可愛い寝顔見た後で戦えるか!」とは口が裂けても言えなかった。

「そう」

 チラリとヒプロン達を見ると、ブンブンと手を振った。

「言ったろ。俺達はお前らと戦う気はない」

「話に来ただけだからね」

 天龍は暫く彼らを見据えると、彼らの側に座った。

「そう。じゃぁ、少し話し合いをしましょうか?」

 そうなった。




『後悔しないな?』

 身支度をしていたハーフの少年に、自分の中にいるもう一人の自分が念を押してきた。

「うん。ちゃんと、父さんと会って話をしないとね。もう、会えなくなるかもだし」

 屈伸しながら少年は告げた。

『そっか。それもそうだな。なら、俺からは何も言わねぇよ』

 彼はそう言った。ありがとうと少年は返す。

『だがよぉ、いくらなんでも遠足じゃあるまいしリュックはいらんだろう、リュックは』

「あっ、やっぱり? テンション上がっちゃって」

『あのなぁ・・・・・・・・・』

 ペろりと舌を出す少年に、もう一人の彼はそんなボケはいらんと言った。

「コウちゃん。準備はできたかしら?」

 襖を開けて女性が少年を呼んだ。振り返った少年は、はいと頷いた。

「すみません。先生を巻き込んでしまって」

「いいのよ気にしないで。私はね、自分の意思を貫こうとする子を手助けするのが信条だもの」

 先生と呼ばれた女性は、チラリと横に立っていた女性を見やった。

「貴方も大変ね」

「いえ。ミカエル様の苦労を思えば、これくらいなんともありません」

 魔族の女性は毅然とした態度で告げた。

 名はヘラ。ミカエルの部下である。

「私と一緒に魔界に来ていただきたい」

 先刻、屋敷攻防戦の最中に屋敷に侵入し、少年の部屋にたどり着いたヘラは開口一番そう告げた。

(あらあら、面白いことになりそうね)

 その時、彼の護衛についていた先生の相棒は怪しいから行かないほうがよいと言った。

「まぁ話だけ聞いてみましょうよ」

 先生は相棒を宥め理由を聞いた。ヘラは懸命にミカエルの思いを伝えた。それを聞いた少年は「父と会って話がしたい」といって聞かなかった。結局相棒は折れた。

 ヘラは彼の護衛であろう先生に向かって頭を下げた。

「貴方にもご同行願いたい」

「良いわよ」

 先生は即答した。

 そして現在に至る。

「幻ちゃん。アレ、お願い」

「心得た」

 幻ちゃんなる彼女の相棒は、淡い緑の炎を掌に出し、ゴニョゴニョと唱えた。すると、その炎はみるみると形を変え少年そっくりになった。

「これで暫くはごまかせるだろうよ」

「よし、じゃあ行きましょうか」


 先生が言うと、男外に出た。

「ふんっ」

 すると、相棒は巨大な龍に姿を変えた。

 一行を乗せた龍は、先導するヘラに付いて屋敷を後にした。










 出発前。

「ところでコウちゃん。そのリュックは持っていくの?」

 先生が聞いてきたのに対し

「そんなわけないじゃないですか」

 少年は笑ってごまかした。

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