8 最終ラウンド

「ん? 何だあれ?」

 魔族の一人がある方角を見て呟いた。もう一人は何だ何だとその方向を見た。見れば何かがこちらに近づいているではないか。

 次第にその姿が近づき判明するや、彼らの顔が驚愕に染まる。

 見たことのない生き物が迫ってきている。

 ───!!!

「!?」

「なっ───!?」

 巨大な生き物は咆哮をあげるや。その二人はそのまま白銀の龍が吐いた紫金の焔に呑まれた。

 巨大な龍が数匹、魔族の本拠地スミノサマカに向かって驀進バクシンしていた。

『しっかり掴まってるのじゃ主ら。後少しじゃからな』

「は、はいぃぃぃぃぃっ!」

 龍は猛スピードで突き進む。風圧に堪えようと鱗やらたてがみやらにしがみついている神々。

 その中、風圧をもろともせず悠然と彼の頭の上に立っている男女二人組がいた。

「フッキー。前方30mに敵三人、攻撃体制取ってるよ~」

『天、防御は任せるぞ』

「は~い」

「援護は任しぇんしゃい」

「よろしく~龍二君」

「よろしくされましょ」

 魔族の攻撃を天龍が防ぎ龍二主従が反撃する。そうして彼らはどんどんスミノサマカに近づいていく。

「我らの龍がスミノサマカまで無傷で送る。そっから先はお前らの援護に回る」と龍彦が提案したのをオオクニヌシらは受け入れ、今に至る。

「取り敢えず、俺達を見下すバカ共に人間の力ってのを見せてやらねぇとなぁ」

 愉快そうに笑む龍二は、龍爪を頭上で回していた。

「そらよっ」

 振り下ろした龍爪から蒼と紅の混ざった紫金が繰り出された。多くの魔族が何もせずに葬られた。

『ゆくぞ! しっかり掴まっておれよ』

 そして、神族はスミノサマカに突入した。
















 その頃、オオクニヌシ邸。

 オオクニヌシ達が出撃しているその時、彼の邸宅はいつものように魔族の侵攻に合っていた。

「泰平、9時方向に結界と攻撃札。先生は幻龍さんと11時から1時方向のカバー。南雲達は二人のバックアップをお願いします」

「公謹さん、俺の合図があるまでしっかり暴れ馬の手綱を握っていてください。仲謀と尚香は6時から来る敵に備えてくれ。劉封達は俺の守りだ」

 攻め入る魔族を安徳と晶泰が指示を出して防いでいた。

王琳おうりん。ちょっと頼める?」

「良いわよ公謹。その代わり、しっかり伯符掴まえてるのよ」

 周瑜の前に、彼女のそっくりさんが現れクスクス笑んだ。

 彼女は、紅龍の片割れである。正確には、紅龍の力の一部を周瑜に分け与えた結果、悠香や清恋のような存在が生まれたわけだ。

「存分に暴れてやるわ」

 王琳のやる気スイッチがオンになった。手始めに主人を殺りにきた魔族をその力で屠った。

「彼女達には指一本触れさせないわよ」

 にひひと掌から紅の炎を出しながら不敵に笑んだ。

『うし、俺らも気合い入れるぞ!』

 それを見ていて、彼女に負けるかと隻眼の武士が左馬介政義と前関白近江守為憲を誘う。

『気合い入ってるな、藤次郎殿』

『久々の戦だからな。気合いが入るってものだ』

『なぁ清三郎。藤次郎言うの止めれ。俺も藤次郎やねんけど?』

『良いじゃねぇか。減るもんじゃねぇし。そもそも、お前とコイツじゃ格が違うわ』

 ケラケラ笑う政義は為憲の肩をバンバン叩く。

『いやそうやのうて・・・・・・・・・』

『じゃ、久々に見せてくれよ〝独眼竜〟殿』

 政義は無視した。

 おうと応えた藤次郎なる武士は、襲い掛かってきた魔族を自慢の剣技であっという間に三人斬り伏せた。

『流石だな』

『当然だ』

 隻眼の武士は、晶泰の式神の一人であり、かつて〝独眼竜〟と恐れられた奥州覇者伊達藤次郎政宗である。

 政宗は主人である晶泰にため息をついた。

『晶泰。これではキリが無いぞ』

「分かってるよ。そん為にいっちょ派手なのかましてやるんよ」

『ほう、ならそれまでの時間を稼いでやるか』

「よろしく頼む。それから、政義と為憲。呉将や倅達に〝アレ〟をやると伝えてくれ」

『合点承知』

 ぴゅーんと政義と為憲は行ってしまった。

「うし。そんじゃ藤次郎、ちょーと時間稼ぎしてくれ」

 政宗は拳を突き上げて応えた。

『よっしゃ。いっちょ派手に暴れてやるか』
















 無事に本境地に突入した龍二は当初の予定通り関羽、華奈美、公熙を率いてオオクニヌシの護衛をする、はずだった。

「───なして、子龍さんいるん?」

 龍二は先祖でもあり、祖父から一護衛隊長を任されていたはずの趙雲を見る。

「・・・・・・察してくれ龍二君」と悲しい顔で訴える。

「いや、分かっちゃいたんだけど、ねぇ?」

 趙雲は張飛や張遼らを率いてイザナギの護衛を龍彦から言われていた。が、若干一名がそれを断固拒否してこちらに合流したいと駄々をこねまくった。いくら言い聞かせても赤ちゃんのように言うことを聞かなかったので、仕方なくこちらに来るハメになってしまったのである。

 元の部隊は張飛───正確には清恋に任せてきた。

「貴方も大変ね」

 行き際に清恋にそう声をかけられ少し悲しくなったのを覚えている。

「すまん子龍。聞き分けの無いド馬鹿主君で」

 紅龍が申し訳なさそうに頭を下げるが、もう慣れましたと趙雲は諦めの境地に立っていた。

「むー! ド馬鹿主君って言うなこーちゃん!」

「黙れド馬鹿主君!」

 ドカッ

「みぎゃっ」

 その張本人は、文句を垂れたので、紅冥龍の全力のゲンコツを喰らうハメになってしまった。

「大人しくしてろよ。な?」

「は~い」

 天龍はすっかりしょげていた。

 その間、魔族はオオクニヌシを必殺せんと攻撃を繰り出して来るが、それを龍二や趙雲達が絶対防御により防ぎ、伏龍や紅龍達が薙ぎ倒す。

『お主らは何もせんでいい。力をためておくが良い』

「すまない」

「気にすんな。それが俺達の役目さ」

『無駄話は後にせい紅。来たぞ』

 伏龍が窘める。見れば前から大多数の魔族が迫って来ていた。

「ここは俺の出番だな」

 意気揚々と前に出た龍二は龍爪を構えた。

「進藤流槍術三式之一 五月雨・光明」

 天の光を穂先に宿した豪雨のごとき槍の乱れ突き。魔族を蜂の巣のようにすると、龍二は龍爪をひょいと紅龍に預け腰の龍牙の柄に手をかけた。

「進藤流剣術五式之六 断界・黄泉送」

 漆黒と紅の混じり合った地獄の焔をまといし疾風の刃が瀕死の魔族を真っ二つに裂き、切断面からその身を焼き尽くした。

「伏龍、このまま突っ込んじゃえ!」

『おう・・・・・・といいたい所じゃが、どうやらそうもいかぬようじゃ』

 伏龍が止まった。何ぞねと龍二が上から覗けば、三人の魔族が行く手を遮っていた。

「あれはミカエル、オリンポス、ヒプロン。ゼウス三傑だ」

 オオクニヌシが呟いた。こんなところにゼウスの最側近と言われる者達が揃うということは、切羽詰まっているか、ここで撃滅する気でいるか。いずれにせよ、主力中の主力が投入されたのだ。

「じゃ、ここは引き受けた。おっちゃん達先行って」

「分かった。無茶だけはしないでくれよ」

「うい」

「我々も参加しよう。オオクニヌシ殿達は紅龍に任せる」

「任された。じゃあ先に行くぞ」

『死ぬなよ』

 龍二達を降ろした伏龍は先に行った。

 彼らは手出ししなかった。

「君達が相手か」

「あんだ? 人間じゃ不服ってか?」

 龍二は少しムッとした。

「いや。むしろ君達とは一度戦ってみたかったんだ」

「あら珍しい」と華奈美。

「アンタ達の噂は聞いてるわ。凄い力の持ち主らしいじゃない」

 オリンポスは今にも戦いたくてウズウズしているらしい。手がワキワキと動いていた。

「なぁ」

 準備運動しながら龍二は公熙に告げた。

「何だい?」

「アイツ俺が相手するわ。他の二人は任せた」

「ん。がんばって」

 公熙も屈伸しながら応えた。

「というわけで、そこのアンタ。俺が相手してやんよ」

 龍爪の穂先を剥けてニヤついている龍二に、オリンポスは笑顔を向ける。

「一番強いアンタが相手か。不足はないね」

「一つ訂正だ。俺は一番じゃねぇ。四番目だっ」

 最初に動いたのは龍二だった。オリンポスの心臓を狙った高速の突きは、魔力で作られた強固な盾によって防がれた。

「なっ!?」

 それでも、オオクニヌシやフツヌシら猛者達の攻撃を完全無傷で防いできた盾にヒビがはいった。

「このっ」

 ヒビの入った盾で龍爪を弾くと、魔力を込めた拳を彼の顔面目掛けて放つも、槍の柄で上手くいなされてしまった。

「次は俺の───」

 番、と彼が言おうとした時だった。

「がんばれ~龍二君~」

 ズコッ

 聞いたことのある間の抜けた声を聞いて彼は気勢を削がれ、ずっこける。

「ちょっと待てコラ! 何でアンタがいるんだよ! アンタ伏龍達と行ったんちゃうんかいっ!!」

 そしてオリンポスそっちのけで声の主に吠えた。

「だって~、子龍君といると愉しいんだもーん」と無邪気な笑顔の天龍。

「ふざけんなぁ!」

 彼はその辺に転がっていた瓦礫を拾って天龍目掛けてぶん投げた。高速で回転する瓦礫は彼女の顔面に直撃した。「みぎゃっ」と変な声が聞こえてきたのは気のせいだろう。

「よそ見とは随分余裕ねっ」

 そっちのけにされ腹が立ったオリンポスの必殺の一撃。死角からの攻撃は、普通なら絶対に避けられない。

 が、彼はそれを槍で間一髪いなした。

「!?」

 彼女は元来正々堂々をモットーにしている魔族では珍しい存在である。ほんのちょっとそっちのけにされて腹が立ったとは言え、相手の死角から攻撃するという卑劣な行為を激しく責めた。

 しかし、龍二かれはその攻撃を全く振り向くことなくいなしたのだ。

 驚愕せざるを得なかった。

「あぶね」

 龍二は攻撃することなく間合いを取った。

(この子は一体・・・・・・・・・?)

 オリンポスは真っすぐ龍二を見据えた。

 龍二の周りをとてつもなく強大な闘気オーラが纏わりついていた。そして彼の心臓辺りを見た瞬間ゾクリとするような感覚に襲われた。

 絶大的圧倒的な力。そんな馬鹿げた力を持った『魂』が四つも混在している摩訶不思議でふざけた状態の人間。

(何者?)

 詮索しようにも『魂』がそれを妨げてしまう。彼女は詮索を止めた。


 そんなことより、オリンポスは嬉々としていた。

 そんな強者戦える喜びのほうが勝ったからだ。

(久々に本当に愉しくなりそうだ)

 オリンポスは深呼吸して攻撃体勢をとった。

 一方の龍二は先程の行動に内心驚いていた。

今の自分の力を知ることができるからだ。無論、ウィークポイントも知ることができ、その対処法を考えることができる。

「力試しと行こうかね。そらよっ」

 一瞬で間合いを詰めてからの横凪ぎの一閃。その穂先に紅き焔と紫金の焔をまとったそれは、オリンポスに避けられる。

 と同時に、穂先から離れ鳥の形を成してオリンポスに襲い掛かった。

「これは!?」

「進藤流槍術秘槍之一・鳳凰だ。避けられるもんなら避けてみろ!」

 焔の鳥は雄叫びをあげて真っ直ぐオリンポスに襲い掛かる。それをオリンポスは魔法の刃で斬り裂いた。しかし鳳凰は消えることなく二体の焔の鳥となり彼女を襲う。

「何!?」

 その姿はどことなくかつて龍彦が披露した不死鳥に似ていた。

 オリンポスはあらゆる技を駆使してそれを排除しようとした。が、鳳凰は消えることなく逆に数を増して襲いかかる。

「な、何だこれは!」

 龍二は不敵に笑んでいた。むしろ引き攣った笑いだった。

(───俺が知りたいわいっ)

 実は龍二自身この技がどのようなものであり、どうしてできたのか分からなかった。『秘槍之一・鳳凰』は突然頭に浮かんできてぶっつけ本番でやってみただけだったりする。それ以前に、この技を祖父や父、兄から教わった覚えが無い。

 それでできるあたり彼の才能は常人離れしているわけだが。

「しまっ───」

 やがてオリンポスは一瞬の隙を突かれ、自身が作り出した無数の鳳凰による突進攻撃を喰らってしまった。

「ぐぅ・・・・・・・・・」

 ダメージは相当大きかったらしい。片膝をついて肩で息を吸っていた。

(威力すげぇな鳳凰って)

 龍二は心の中で関心してしまった。顔にはださねども。

「一気に行くぜオリンポス!」

 龍二は怒涛の攻撃ラッシュを繰り出した。オリンポスに攻撃の暇など与えない。

 それを遠くでちゃっかり見学と洒落込んでいたのは残りの面々である。


「・・・・・・彼の力は計り知れないな」

 関心しているミカエルにいやいやいやと公熙がツッこむ。

「貴方達は僕らの足止めで来たはずだよね? 何ちゃっかり見学決め込んで感慨深げに頷いているのさ」

 事実じゃんとミカエル。

 まぁ足止めはホントだしなと抑揚のない声で答えたヒプロンは腕を組んでいた。

 イマイチ意図が掴めない公熙は首を傾げる。

「お前らをここに止めに来たのは事実だが、俺達は、はなっからお前らと戦う気は微塵も持ち合わせちゃいないよ」

「あら? でもさっき一度戦ってみたかったと言ってたわよね?」

「んなもん、建前口上の嘘八百に決まってんだろ」

 やる気のない顔で手をヒラヒラさせながら彼は二人の戦いに見入っていた。

「じゃあ何しに来たのさ」

「君達と話をしてみたくてさ。それだけ」

 その回答に公熙と華奈美は呆気に取られた。

 実は、ゼウス三傑が相手と聞いて、伏龍達との特訓で習得した力を試す絶好の機会だと二人は思っていた。が、蓋を開ければ彼らは戦う意志はなかった。二人は心中ガックリと肩を落とした。

 せっかくまともに戦えると思ったのにぃ。とは口にしなかった。

「俺達ぁ、こんな馬鹿げた戦いに参加する気がそもそもねぇし」

「そりゃまた何で?」

「バカバカしくて話す気にならん」

 ふんと腕を組んでいるヒプロンだが、その表情はすんごい憤っているのはよく分かった。つまりそういうことなんだろう。

「最も、オリンポスは本当に君達と戦いたかったみたいだけど」

 みたいね、と公熙は心底どうでもよさそうに適当な相槌を打つ。

 愉しそうに戦う彼らが心底羨ましかったりする。

「それで、君達。あれはあのままでいいのかい?」

 そこを指差したミカエルに、華奈美は嘆息して冷ややかな眼差しを向けた。

「いつもの光景ですので、放っておいてくださいな」

 呆れた口調ながら華奈美は見慣れたその光景を眺めていた。


「全く、貴方には宿龍の長としての自覚を持つようにといつも口酸っぱく言っているでしょう!」

「え~、だぁってぇ~」

「だってもへったくれもありません! 貴方のそのいい加減さで私達がどれだけ迷惑を被っているか分かっているのですか!」

「む~~でもぉ」

「お黙りなさい小娘! 今日という今日は貴方様にはしっかり反省してもらいますからねっ!」

 ぎゃーぎゃーがみがみぎゃーぎゃーがみがみ・・・・・・・・・

 正座させられた天龍を趙雲・関羽・悠香が取り囲んで鬼の形相で説教し、天龍はそれにブーブー文句を垂れている。見慣れた光景である。

「・・・・・・アレがいつもの光景か?」

「えぇまぁ。しっかりした下の者がだらしなく長としてのリーダー性やらカリスマ性が欠片もない上の者をしつけているいつもの光景よ」

「変わった光景だな」

 にゃははと華奈美は笑んだ。

「ミカエルさん。こんな時にあれだけど、僕は高円宮公熙って言うんだ」

「私は四宝院華奈美よ。よろしくね」

「これはどうも。私はゼウス様の側近ミカエルだ」

「ゼウス様親衛隊大隊長オリンポスだ」

 互いに固い握手を交わした。

「───ふむ。成程」

 オリンポスは華奈美の手を握りながら深く頷いた。

「不思議な力だ。暖かい」

 が、と彼は続ける。

「焦っているな?」

「バレた?」

「焦りは禁物だぜ? 下手したら自分の身を滅ぼすぞ。そこの坊主もだ」

「肝に命じておきましょ」

 オリンポスは二人の頭を軽く撫でた。

「聞いた話だけど、龍の力は僕らの魂と同化するんだってさ」

「龍の力。それが、君達の力の源か」

 華奈美は頷く。

「そうなるわね。ただ、龍二君の場合、ちょーっと特殊でねぇ。彼の中には、龍の中で最強クラスの龍が三匹に超人的最強の実力をもったご先祖様の御霊が一柱宿っているのよ」

「・・・・・・あぁ、だからか。彼だけ異様な力を感じたのは」

 ヒプロンは彼の尋常ならざる力のそれを知り、得心がいった。

 しかし一つの疑問が湧いた。

「けどよミカエル。おかしくねぇか? 俺が知ってる限り、人間ってのは一つの魂しか入らねぇんじゃなかったか?」

「簡単な話」と公熙は続けた。

「龍二は僕らの力の源をくれた一族の出身でね。その中でも龍二は更に特殊な人ってこと」

「まるで神様のイタズラね」

 近づくだけで身体中の血が恐怖でざわめいた。全身が拒絶反応を起こすほどの圧倒的力。

 次元が違うのは一瞬で分かった。

「龍彦さんといい、龍二君といい、神様は何を望んでいるのかしら?」

「さあね?」

「華奈美とやら。その、龍彦というのは誰だ?」

「龍二君のお祖父さんです。私達の世界で最強の名をほしいままにした軍人ですわ」

 最強と聞いたヒプロンは血が踊り是非戦いと願った。それは止めた方がいいと公熙が首を振る。

「あの人に敵う人はどの世界にもいないと思う」

 龍彦の実力を知った者として、それは当然の考えだった。

 普段は柔らかな雰囲気の中にいて、ふとしたら他を圧倒する絶対恐怖を相手の隅々に植え付ける龍の眼光を持つ人。

 そんな規格外な人物を相手にするのは、余程の自信家か身のほどを弁えないただの大馬鹿野郎しかいないだろう。

(話をそらさねば)

 公熙はふとあることに気づいた。

「ところでミカエルさん。何か隠してるでしょ?」

 唐突に公熙が口を開いた。ギョッとしたミカエルにニヒヒと公熙は小さくガッツポーズをした。

「これでも、勘は鋭いんだよん♪」

 イェーイとブイサインする公熙にミカエルは思わず吹き出した。まさかただの人間にバレるとは思ってもみなかった。

「傑作だなミカエル」

 笑うなと言いながら、ミカエルは正体を明かす。漆黒の翼の片翼が純白に変わっていった。

「よく分かったな。俺がハーフだって」

「ニヒヒ。言ったっしょ、勘は鋭いって」

 実はただ何となく左右で翼の色が若干違う気がしたから適当に言ってみただけ、なんて言えるわけなかった。

 しかしこれはこれでラッキーなんて思ったりした。話がそれたので結果オーライである。

「その口ぶりだと、ヒプロンさんは知っていたのね」

「まぁな。コイツとは幼なじみだからな」

 とヒプロンは聞きもしないのに昔話を語りだした。途中でミカエルが殴り飛ばすまでそれは続いた。

「ま、そういうことだ」

「でもこの扱いはひどいだろ」

 やかましいとミカエルはギュッとロープをきつく縛り上げた。今のヒプロンは陸に揚げられたマグロのように跳ねていた。


「でも、どこの世界にも差別ってものはあるのね」

 それが生きる者の定めなのかもなとヒプロン。

「生き物ってやつは、自分と姿形が違う者を忌み嫌うようにできているのかね」

「心が狭いだけだと思いますわ」

 と割り込んできたのはさっきまで天龍に説教していた悠香だった。

「あら悠香さん。天龍さんの説教は終わったの?」

「はい。あの方も反省したようで」

 あちらをと指差したところには、主の趙雲の隣でシュンと大人しくしている天龍がいた。

「よしよし」

「にゅ~~子龍く~ん」

 むしろ主人に甘えていた。

「・・・・・・甘々ね」と嘆息する関羽に二人は同調した。

「今更よ」

「アレを見ると龍二は正しく子龍さんの子孫だよね」

 ヒプロンはしげしげと悠香を眺めながら顎に手をやり、ふむ、と呟いた。

 いつの間にがんじがらめのロープから抜け出したのかは聞いてはいけないと思った。

「人じゃないな、アンタ」

 悠香は一瞬驚いたが、ニコリと笑いご明答と返した。

「お前らの世界は何でもありだな」

 苦笑いする彼にそれはあくまで一部だけだよと公熙は反論しておいた。誤解されてもらっては困る。


 さて、龍二とオリンポスは激闘を続けていた。

 龍二は暫く龍爪で戦っていたが、これでは決定打を打てないと判断し、龍爪を地に刺し、腰の龍牙に得物を変えた。

「そらっ」

 間合いを詰め、全身を使った一撃は槍のそれよりも格段に重かった。技の速さやキレも比べものにならない。触発されたように、オリンポスはいつしか魔法による攻撃を止め、魔力で作った剣で激しく干戈を交えるようになっていた。

「うし、秘密その一お披露目!」

 龍二の掛け声と共に髪と瞳の色が真紅に変化し、オリンポスは引き攣った。

「アレが奴の中にある龍の力の一つか」

 ぽっつり呟くヒプロンにそうですと悠香が答えた。

「『紅き猛龍』紅龍。わたくし達の中で五本の指に入る実力者ですわ」

 そうか、とヒプロンは観戦を続ける。

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