今夏最新のホラー映画を観よう!〜『女神の継承』〜

 禍原かはらだ。

 何? 一年ぶり? 妙なことを言うな。講座が始まってからまだ夏の終わりも迎えていないじゃないか。


 何と言っても今夏のホラー映画は豊作だ。

『ブラック・フォン』、『哭悲/サッドネス』、『X/エックス』、Netflix限定配信の『呪詛』と夏休みの子どもたちに容赦する気の全くない本気のラインナップで素晴らしい。

 俺は家族連れ用の大作映画のポスターばかりが並ぶ八月の映画館は好きじゃないんだ。

 話が逸れたな。


 今日紹介するのは中でも一押しの作品だ。



 〜女神の継承〜


 七月二十九日から公開されている最新のタイ・韓国国共合作ホラー映画だ。


 原案・プロデュースは以前取り上げた『哭声/コクソン』のナ・ホンジン監督。予想のつかない二転三転する疾走感のある物語作りは、あの『チェンソーマン』の藤本タツキにも影響を与えたという。実際借金苦から逃れた男がフランクフルトを注文するのは『哀しき獣』のオマージュだろう……話が逸れたな。


 もうひとりの監督はハリウッドリメイクも決まった『心霊写真』や『愛しのゴースト』を手がけた新進気鋭のバンジョン・ピサンタナクーン。


 ホラーの名手が手を組んだ今作は期待を裏切らない百三十分に濃縮された地獄になっている。



 この映画は架空のドキュメンタリ、つまりモキュメンタリという体で進んでいく。

 タイの霊媒文化がテーマの、北東部の山深い村の巫女への密着取材だ。


 女神の力を継承した巫女として村人の信頼を得る彼女だが、迷信深い訳ではなく「ガンなどの病気は治せない」「自分に治せるのは病院で対処できない問題だ」と語る、現実的で朗らかな人物だ。


 タイの山間部ではシャーマン的な役割の人物が古くからおり、生活に根付いているという。村人との関わりを見るだに何でも治せる超情的な存在というより、些細な不安を相談できる町医者やカウンセラー的な役割だと伺えるな。


 彼女は本来、女神の力を継承するのは自分ではなく長女のはずだったが、姉が拒否したため自分が巫女になったと語る。


 その姉の夫が急死し、撮影クルーは葬儀に同行する。

 ここではゲーミングチェアのような極彩色のネオンの祭壇や、ロケット花火を投げ込む火葬など、日本人には馴染みのない文化が見られて面白いぞ。


 葬儀の最中、姉の娘、巫女にとっての姪に奇妙な兆候が現れる。それは巫女が女神の力を継承した際に現れたものと同種で、クルーは世代交代の瞬間を写すため彼女にも密着する。


 しかし、明るく現代的な若者だった姪の様子は段々と常軌を逸し、周囲を脅かす。

 取り憑いているのは女神以外の悪性の何かか。女神が邪神なのか。そもそも、ひとを守る女神は存在するのか。

 疑いは増し、彼女に継承される古くからの呪いの実態が輪郭を表していく。

 ……というのが粗筋だ。



 モキュメンタリはホラーで使い古された手だが、今作は細部が丁寧に作り込まれており、逃げ場のない現実として新鮮な恐怖を与えてくる。民俗学的な観点で観ても面白いな。



 そして、欠かせないテーマが『哭声/コクソン』にも通じる、信仰の脆弱さと呪いの強靭さだ。


 巫女の姉妹はお互い本来は女神の力を継承したくなかった者たちだ。

 女神の力は継承する者に体調不良などを起こし、受け入れるか身代わりを立てるまでそれは続く。

 現状に満足していると語る巫女も、不調から逃れるため祈ったなど、信仰のきっかけは純粋なものとは言えない。


 彼女に女神の役割を押しつけた姉や、女神を信じない姪の言も相まって、女神は本当にひとを守る善神かと疑いが生じるのも演出の妙だ。


 公開中の作品なのでネタバレは避けるが、終盤、次々と周囲が狂気に陥る中、撮影クルーだけが正気のまま怯える流れがある。

 これは彼らの信仰の枠外にある存在だから神や呪いの力を受けないということではないだろうか。


 信じるのも疑うのも神を意識している証拠だ。信じることで救いもある代わりに悪影響を受けるという、信仰へのシビアな目線が作中を貫いているのが伺える。



 そして、姪を脅かす存在を探るうち、姉の夫の家系に脈々と受け継がれる呪いの存在が明らかになる。

 僅かな疑いで揺らいでしまう神への信仰とは対照的に、呪いは微塵も揺るがない強靭なものだ。


 この映画のキャッチコピーは「祈りの先に、救いはあるのか」。

 神がいるなら何故これでも救ってくれないのかという地獄を見せつけながら物語は進む。それでも、神を疑った時点で救いが閉ざされるという、祈りで呪いに対抗する無力さが本作の恐怖の根幹だな。



 是非観てほしいが、断っておくとこれは十八歳以上指定映画だ。普通のホラー映画ならここまでやらないだろうという演出もしっかりと入れる意欲作でもある。


 実年齢は勿論、自分の選択に責任を持てるかどうかが大人と子どもの境目だと俺は思う。しっかりと調べて、観に行くべきかどうか判断して楽しんでほしい。

 犬と赤子が容赦なく死ぬホラーは名作だ、ははは。……失礼。



 さて、受講者から紹介のリクエストをいくつか受けているので消化していこう。

『カルト』『ラストナイト・イン・ソーホー』の他、どうやら俺にZ級映画を観せたい手合いがいるようだな……。誠に不本意だが、サメ映画の類も紹介する予定だ。誠に不本意だが。


 次回は現在のアジアホラーブームの火付け役と言っていい、台湾ホラー『返校/言葉が消えた日』だ。



 より楽しい夏が、終わらない夏にならないよう、しっかり理解を深めてくれ。

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禍原さんの夏のホラー映画強化合宿 木古おうみ @kipplemaker

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