第四十九話 愛を吐き出して

「我らの英雄である烈火の戦士、機械犬殿の手により悪の権化ジャーク・ローヒーを大主教とする邪教一派は滅びました」


 王都の復興と王城の再建が始まる中、カスミ王女は中央広場にサ・ルアーガ・タシア王国民を集め、争いのない世界と王国の繁栄を宣言した。

 武器商人ヴァンの願いが叶う形となるも、周辺諸国は未だに星のダイスを奪おうと考える諸侯も少なくない。

 だが、先に連合軍が起こした王国壊滅戦争にて、参加した兵士が誰一人死なずに帰ってきたことから、戦争をするのはやめようという気風が高まっている。


「この流れが続けば、ゆくゆくは争いのない世界になるかもしれない」


 王女が宣言を行っている姿を路地裏から眺めながら、機械犬とリョーマはさくやとの別れの挨拶を交わしていた。

 さくやには帰るべき世界で待っている人達がいるし、機械犬とリョーマはこのあと王女の命令により親書を持って諸国を巡らなくてはならない。


「さくや殿。お力を貸していただき、ありがとうございました。お父上とお母上にも感謝の念をお伝え下さい」

「うん、伝える。わたしこそ、一緒に変身して暴れられて楽しかったよ」


 さくやはリョーマと目を合わせ、愛想よく抱き合った。

 そのゴスロリ服あげるね、と耳元に囁いて離れる。


「いいんですか? お返しできるものがなにもないのですが」

「以前、リョーマの服をボロボロにしちゃってるし、遠慮なくもらってよ」


 恐縮です、とはにかみながらリョーマは頭を下げた。

 次にさくやは、赤髪の機械犬と向き合った。

 少し顔を上げながら首をかしげたくなる。いままでAIBO姿に見慣れていただけに、違和感を覚えて仕方がなかった。


「奇妙な出会いから日常が一変したけれど、イヌと一緒に過ごせた日々は楽しかったよ」


 さくやは、赤い十字架が描かれた棺桶型の黒いキャリーケースを立て掛け、持っていた黒い日傘を差し出す。


「イヌにあげる」

「いいのか? いつも持ち歩いていたではないか」

「これくらいしか、イヌにあげられるものがないから」

「だが、わたしは……あげるものがないぞ」

「もらったよ、思い出」


 ふふん、と満足気に笑ってみせる。

 魔法少女に変身できただけでも凄いことなのに、異世界の危機を救う稀有な体験まで果たしたのだ。これ以上の経験など今後は望めないだろう。


「さくや」

「はい?」


 日傘を受け取った機械犬が両腕を広げ、ぎゅっと抱きしめてきた。


「君に出会えてよかった」


 暖かな胸に顔を触れると、果実のような甘い汗の匂いがする。呼吸とともに隆起する胸からトクントクンと鼓動を感じていると、プラスチック性の硬いAIBOとは違って、孤独や寂しさから忘れさせてくれるような気がした。

 さくやは機械犬の柔らかな胸から離れ、顔を上げた。

 改めて、きれいな人、と思った。


「さくやと一緒に過ごした日々は、わたしも楽しかった」


 握手をかわし、さくやは一歩さがって右の掌を突き上げた。


「変身もに☆」


 全身がまばゆい光に包まれる。

 着ていた黒のワンピースと長手袋が一瞬に消えた。

 白いレースのスリップ姿になると、かかと辺りにリボンで結わえる光沢のおびたヒールパンプスとフリルレース付きのニーハイソックスに両脚が包まれる。

 両手は肌が透けるほど生地が薄く上品に華やいだ白いレースのアームカバーに覆われ、純白のノースリーブ燕尾ワンピースを纏っていく。

 さくやの顔が卵のようなスッキリとした顔立ちになり、艶のある白い肌へとメイクされていく。

 上まぶたにブラウンのアイシャドウが入り、下まぶたの涙袋にもおなじアイシャドウが入り立体感が出ていく。黒のアイライナーが目尻の外側まで引かれた目には、愛らしい子鹿みたいな長い睫毛が現れた。

 少し濃い目で柔らかいブラウンで眉毛が引かれ、ぷっくりとしていて張りと弾力がある頬ピンクのチーク、ぷりっとした唇にも同じピンクのリップが入る。

 一気に髪が伸びた瞬間、根本から銀髪に色が変わった。

 右と左に分けられた長い髪が、それぞれに大きく練れていく。耳の上辺りでまとめられたツインテイルの毛先がくるくると縦巻きに巻かれていった。 

 頭には小ぶりな白薔薇のヘッドドレスが飾られ、最後に頬にほんのり赤くチークが入る。

 まばゆい光が消えたとき、棺桶型の黒いキャリーケースを片手に、純白のロリィタ服に身を包んだ魔法少女ホワイトエンジェルが立っていた。

 右手をゆっくり下ろすと、足元に白い光の円が描かれていく。円内に直線が走り、十芒星が引かれていく。失われた古代文字の文言が周囲に描かれると、眩ゆい光をはなちながら魔法陣が展開し始めた。


「イヌ、リョーマ。ふたりとも元気でね」


 ホワイトエンジェルは笑いながら、目の横にピースをする。


「さくやも達者でな」

「さくや殿、お元気で」


 機械犬もリョーマも、同じように目の横ピースを返した。

 魔法陣から迸る光りに包まれる。すべての光が消えたとき変身も解けて、さくやは自分の部屋に帰ってきていた。

 ただいま、と両親の声が聞こえる。

 部屋を出ると、今日は日曜日。両親は買い物から帰ってきたところだった。

 リョーマさんはどうしたの、と玄関先で母親に尋ねられ、帰ったと返事。お世話になりましたと言ってたよ、と伝えながら母親に抱きついた。


「どうしたの、急に」

「なんでもない、なんでも」


 さくやは笑って買い物の荷物を手にすると、キッチンへと運んでいった。


                            〈了〉

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