第四十八話 紅の犬

「そう、そのとぉーり!」


 燃えるような赤い髪を振り乱し、細い首に長い手足、ふくよかな胸に細身ながら筋肉質な肢体を包む真紅の鎧を身につけた若き乙女が、屈託のない笑みを浮かべる。

 待たせてごめんね、機械犬は傍で腰を落としている王女に向けて可愛くウインクした。


「あ、お待ちしてました」


 王女は目に涙を浮かべ、微笑んだ。


「機械剣術士を操る地獄の番犬、機械犬。ご期待どおりにただいま生還!」


 フフンと胸を張る機械犬を、ジャーク・ローヒーは怯える眼で見つめる。


「戻ってきただと……貴様!」

「さあ、約束どおり、ハアハア言わせちゃる」


 機械犬はすかさず手をかざす。

 ヴァンの腰に下げていた紅蓮の剣が突然、宙に浮くや、機械犬の手元へと飛んできた。

 愛用の魔法武器、ドッグ・セイバーである。

 柄と鞘を握り、心に「犬」の一字を抱いて剣を抜いた。


「抜刀! 五匹出て、かぶりつけ!」


 剣の一振りで剣身から五つの燃えるような赤い光が放たれた。赤き光は魔犬となり、ジャーク・ローヒーに襲いかかる。


「犬嫌いの余に対する貴様の所業、万死に値する!」


 両手に生み出した光球で、飛びかかってくる魔犬を払いのけようとした。

 だが、空間を歪ませても魔犬が弾かれない。


「実体がないだと!」


 驚くジャークローヒーをよそに、両手首、両足首にそれぞれかぶりついて動きを封じ、最後の一頭が、首元に飛びかかった。


「ぐはあああああーっ」


 五匹の魔犬に襲われたジャークローヒーに向かって、機械犬が駆け出した。

 柄から吹き出す紅蓮の炎が、大剣へと変貌していく。

 燃える大剣を振り上げて、一気に間合いを詰めて飛び上がる。


「一撃必殺、機械犬スラーッシュ!」


 剣先をお尻まで大きく振りかぶり、ジャーク・ローヒーをめがけ振り下ろした。

 断末魔の叫びが響き渡る。

 鮮血が吹き出し、膝から崩れ、仰向けに倒れていった。


「さくやの真似をしてみました」


 ふふん、と笑う機械犬。


「やったのですね」


 リョーマを支えながら、王女が近づいてくる。

 わたしの技なのにーとぼやきながら、さくやも自力で歩いて王女の隣に立った。

 機械犬は剣を構えたまま、倒れているジャークローヒーから目を離さない。

 ハアハアと荒い呼吸がする中、かすかに声が聞こえる。


「……生は、我が願いにあらざれど、無明の世は、我を生ずさせた……死は、我が欲するに非ざれども、因果の犬、我を殺す……か。この世を作った、神ゼオンにお目にかかり、なぜ不条理な世を作ったか……尋ねたかった。願わくば、神ゼオンのごとき、我も別の世でもう一度、生まれ変わってみたい……さすれば……さすれば、我も神ゼオンと同等の存在と……なれるやも……」


 王女は首を横に振った。


「そのようなこと、できるはずありません。我が遠き祖先ゼオン……いえ、シオンは神ではなく人だったのです。気まぐれなる神々の悪戯でこの世に現れ、持てる全ての愛と勇気と知恵で、今日の世の基礎をお創りになられたのです。貴方が生まれ変わったところで……」

「いいよ」


 さくやは王女の言葉に割って入った。

 その場にいる彼女たちは、さくやに目を向けた。


「王女様は駄目だっていってるから、わたしが叶えてあげる」

「さくや、こんなやつの願いを叶える必要はない」


 機械犬は語気を強めて首を横に振った。

 さくやは一歩、前に進み出る。


「どんな聖人君主も悪人も、死ぬときは一人だから。最後の願いは聞いてあげたい」

「お、お前はいったい……」


 虫の息のジャーク・ローヒーが声を絞り出す。


「あなたが機械犬を異世界に飛ばしたんでしょ。その異世界からきた魔法少女。わたしも、星のダイスが扱えるんだよ」


 お小遣い頂戴という気軽さで、さくやは王女に掌を出した。

 しょうがないわねと渋々五百円玉を渡す母親のように、王女は星のダイスを手渡す。

 さくやは両手でつつみながら手の中でふり、足元にそっと転がす。

 出目は「6」だった。


「死んだら異世界転生できるもに☆」


 それから、と指を折りながらさくやは願い事を続ける。


「ただし、記憶の継続はできないかもしれないもに☆」

「チート能力はもらえないかもしれないもに☆」

「魔法が使える異世界にいけないかもしれないもに☆」

「悪行をした者は来世では善行を積まなくてはいけないもに☆」

「異世界転生の判断は、神々に委ねられるもに☆」


 思いつく限り立て続けに願った。

 王女の顔つきが変わり、絶句したように黙り込んでいる。 驚き、呆れ、なるほどと納得したのかもしれない。

 ジャーク・ローヒーの体が薄っすらと光り輝いた。


「……さらばだ」


 そう言葉を残し、息を引き取った。

 と、同時に異世界転生の旅路に就いたのだった。

 天井の裂け目から見える空を見つめながらさくやは、どの世界へ旅立っていったのだろうと思いを馳せてみた。


「凄い願い事をしましたね」


 王女の言葉にさくやはどうして、と聞き返す。


「いまの願いは、ジャーク・ローヒーだけでなく、この世界に生きるすべての生物に対する願いだったからです。しかも、どの世界で生まれ変わり、能力を与えるか否かの判断すべてを神々に任せてしまわれたのですから」

「神様にも仕事をまわしてあげないと。きっと退屈してると思ってね」


 それよりも、とさくやは機械犬にじとーっと目を向ける。


「イヌが、ナイスバディーできれいなお姉さんだったなんて、なんか納得いかなーい」


 惚れるなよ、と機械犬は右目の横でピースした。

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