第28話「相棒の夢」
いつしか僕は、自分で文章を書く必要性を見出せなくなっていた。DJ君の方が遥かに文章は上手だし、僕の元で学ぶことで、彼は相場の仕組みを急速に理解し始めていたからだ。
僕は裏方に回り、彼を売り出すプロデューサーに徹することにした。元々僕は、剣乃さんの側近をやってた時代から、そういう仕事の方が性に合っている。僕はアカウント名を【DJ全力】に変更し、その権限のほとんどを彼に委譲した。
なんで、DJなのかと言うと、彼はラジオ番組を模したフォロワー参加型企画で、相場を盛り上げるのが得意だったからである。権限を委譲されたDJ君は、更に持ち味を活かせるようになり、フォロワーはあっという間に一万人を超えた。
全力三階建てから、DJ全力として活動した一年半、決して順風満帆とは言えなかったが、結果として僕は、相場師としての復活を果たすことが出来た。最も成功した相場は、平成二十九年の年初にお年玉銘柄として二人で仕掛けたメガネ相場である。
誰もが知っている、あのメガネ屋のメガネスーパーだ。
当時、倒産寸前のボロ株だとみなされていたメガネスーパーの株価を、僕らは自分たちの仕掛けでひと月足らずで倍加させた。驚くべきことに、その相場は経営陣からも感謝された。株価が上昇したことで、それまで全く無価値だった新株予約権の権利行使が進み、会社にも数億円のお金が入ったからだ。
会社から届いた感謝状は、今でも僕の宝である。ボロ会社を箱にして、仕手筋とつるんで、資金調達を計ろうとする経営者は時々いるが、メガネの相場にそんな裏事情はなかった。株価が上がったのは、黒字基調がようやく定着したのと、社運を賭けて開発していたウェアラブル・デバイスがTVで大きく取り上げられ、将来の業績に貢献するかもと言う思惑を生んだからだ。
僕らは当然そうなるだろうという未来を予想し、そのタイミングから逆算して、色々仕掛けていっただけだ。僕はその二つのネタをTwitterで煽り倒し、DJ君はメガネの最悪期とそこからの再生をネタにした経済小説をTwitter上で連載していた。
『最強メガネ伝説ホシザキ』と題されたその小説は、まとめサイトで取り上げられ、株クラスタの枠を超えてメガネの株価上昇に大きく貢献した。現経営陣の知名度アップにも大きく貢献し、役員のファンクラブが出来た程だった。
彼の小説は、実在の星崎社長をモチーフとしたホシザキと言うキャラが、投資ファンドや株主から無理やり金を巻き上げ、忠誠心の高い社員たちと共に、半ば強引に会社を立て直すハートフル(ヤクザ)・ストーリーだったからだ。
DJ全力のアカウントには、メガネ相場で儲かったというDMが殺到した。儲かっただけじゃなくて、相場そのものを楽しんで貰えたのがとても嬉しかった。やり方は違えど、僕もまた、師匠である剣乃さんの相場そのものに魅かれた一人だったからだ。ネット仕手筋と揶揄され、煽り屋と叩かれまくった人生がようやく報われたなと僕は思った。
そして僕は引退を決意した。相場師としても、企画屋としても、これ以上の高みはないと確信していたからだ。僕は持ち株のほとんどすべてを清算し、それまで僕を助けてくれたDJ君や赤瀬川さんに、それなりの金を渡した。DJ君は僕の人生における最高の相方であり、彼の存在なしに、DJ全力の成功はありえなかった。
だが支払った金は、彼の『仕事』に対する正当な報酬に過ぎない。僕は彼のおかげで、相場師としての復権を果たすことが出来た。今度は僕が、彼を男にしなくちゃいけない。そう思った。
引退宣言の後、僕は彼のやりたいことを率直に聞いてみた。
「たとえコミュ障であっても、漫画やアニメの審美眼を持つ非リアたちがお互いに助け合い、笑って暮らせる世界を作りたい」
彼は真正面から僕を見て、そう答えた。その時の彼の表情と、言葉から受けた感動を、僕は一生忘れないだろう。他者に対して、本当の意味で畏敬の念を抱いたのは、それが初めての経験だった。
師匠は身内をとても大切にする男だったが、人間性には疑問符が付く部分が多々あった。赤瀬川さんも、僕の大切な恩人ではあるが、頭のネジは二、三本抜けている。僕を見限った監督は言うまでもない。
僕は、彼の文才しか見てなかった自分自身の愚かさを心から恥じた。
相場師を引退した僕は、それまで以上に彼を魅力的に演出することに徹した。DJ垢には鍵をかけ、彼が彼のファンに対してのみ言葉をかけられる場所に変えた。彼もその方針に異を唱えなかった。彼は元々、僕に合わせてくれていただけで、本来は自分と同じ非リアのためだけに、創作をしていきたい人間だったからだ。
その後、僕は仮想通貨業界に身を転じた。
「この場所なら、僕の理想である人間だけの相場を取り戻せるかもしれない」と思った僕は、久しぶりに一トレーダーとして相場を楽しんだ。DJ君の心を壊した【あの事件】が起こるまで、僕は彼の黒子として色んな企画を考えたり、BTCをトレードしたりしながら、それなりに楽しく暮らしていたのだ。
仮想通貨について学ぶうちに、僕は自ら仮想通貨を発行する術があることを知った。とにかく一度やってみようと思った僕は、作成した通貨にに、
そしてこのMACROSSが、DJ君の心を壊した、ある事件の引き金になるのである。
あの時どうすればよかったのか? これから先どうすればいいのか、僕にはさっぱりわからなかった。確かなことは、僕の事を理解し、僕のアイデアを形に出来る唯一無二の優秀な相方を、自分の思い付きのせいで永遠に失ってしまったという事だけだ。
僕があの時、『人生を変える箱』に興味を示してしまったのも、その辛い現実から逃げ出したかった一面がなかったとは言えない。
(続く)
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