第29話「MACROSS」

「たとえコミュ障ではあっても、アニメや漫画の審美眼を持つ非リアたちがお互いに助け合い、笑って暮らせる世界を作りたい」 


 DJ君は確かにそう言った。そして、そんな彼の夢に感動した僕は、僕の産み出した仮想通貨であるMACROSSを、彼のために使おうと思った。つまり、MACROSSを、非リアの、非リアによる、非リアのためのトークンに変えたのだ。トークンとは簡単に言ってしまえば、一種の【権利書】の事である。限られた人間にだけ販売し、それを持っていることで様々なサービスを受けることが出来る。


 つまりMACROSSは、DJ君のファンが彼とつながり、彼の作品を楽しみ、彼と一緒に何かするための会員証だ。その所有権は全てブロックチェーン上に記載され、秘密鍵を抜かれない限り、改ざんも盗難もされることはない。


 だが僕は、MACROSSを単なるDJ君のファンクラブで終わらせるつもりはなかった。このトークンを革新的なものにするために、僕は2つのアイデアを考えていたのだ。


一つは、「トークンそのものを、仮想通貨と同じように自由に売買できるようにする」こと。そしてもう一つは、「MACROSSを担保に、更なるトークンを生み出すこと」だ。


 MACROSSとはいわば、僕らの信用が担保になっているトークンである。DJ君が生み出す文章と、僕の提供する相場の情報と、全力さんの可愛さがその価値の源泉だ。そして自由に売買できる以上、何らかの経済的な価値がMACROSSにはつく。ならば、そのMACROSSを担保に新しいトークンを作れば、そのトークンもまた、始めから一定の価値を持つことになる。何故なら、そのトークンが失敗しても、担保となっているMACROSSを代わりに手に入れることが出来るからだ。


 トークンの新たな発行者は、将来有望な事業のアイデアを持っていたり、既存の商業ベースではペイしないが素晴らしい作品を作る人たちである。企画は全て僕らが目利きをし、優先購入権は当然、MACROSSホルダーに与えられる。そして、もしそのトークンが成功すれば、その成功がMACROSSの価値も高めることにも繋がる訳だ。


 もしMACROSSが上手くいけば、もはや取引所など必要な存在ではなくなる。僕の愛した、人間だけの相場をこの手に取り戻すことが出来る。


 僕は沖縄にマンスリーマンションを借り、そこに籠って、MACROSSの目論見書を必死に書き始めた。「良いことをしてるのに金が儲かる」、理想の投資商品としてのMACROSSをこの世に産み出すために――



 勿論、MACROSSが自由に売買が出来るようになることにはデメリットもあった。彼の愛する、非リアじゃない人間が入ってくることだ。だが、売買差益にしか興味がない人間が入ってくるデメリットよりも、MACROSSに経済的な価値を持たせることが、DJ君の夢の実現のためには何よりも重要だと思った。どんなにピュアな創作者でも、霞を食っては生きていけないからだ。そして、MACROSSに経済的な価値を持たせようとする僕の努力は、ちゃんと報われたのだ。


 最初、二円で売り出されたMACROSSは、世間の仮想通貨ブームに乗って高騰を続けた。トークンのアイコンは、全て猫の全力さんをモチーフにデザインしたもので、ファンの間ではとても評判が良かった。


 MACROSSは高騰を続け、とうとう一枚が十万円にまで迫った。流石にそんな値段で売る訳にはいかないと思った僕らはサブトークンを作り、ホルダーに無償配布した。サブトークンとは、僕らの行うサービスを受ける権利をより細分化したものである。会員限定の文章が読めるとか、グッズが買えるとかそういうのだ。そして、その無償配布したサブトークンにすら数百円の値段が付いたのである。


 MACROSSを持っていると、どんどん新しいトークンが増えていく。MACROSSはいわば金の成る木であり、DJ君も彼のファンも、みなニコニコしていた。僕はMACROSSの発案者として、彼に初めて恩返しが出来た気がして嬉しかった。


 DJ君は、MACROSSを買った人間すべてと真摯に向き合おうとしていた。またそのスタンスが、MACROSSが高評価を受けた理由でもあった。手持ちのMACROSSを売却すれば、彼はいくらでも儲けることが出来たのだが、彼は絶対に非リアにしかトークンを渡そうとしなかったし、無茶な価格を付けようともしなかった。


 だが、好事魔多し。MACROSSは、一人の大口の所有者が流出事件を起こしたせいで、ほとんど無価値になった。盗まれたトークンを取り返す術はないし、事件を知った人間が値崩れを恐れて、次から次にトークンを叩き売ったからだ。


 流出後のDJ君の落ち込みようは半端じゃなかった。彼は非リアの声を聴き、彼らの苦しみを理解することは出来ても、次から次に出てくる売り物を止める事は出来なかった。そして、信じていた人間から底値を叩かれたり、己の人生を賭けたMACROSSを詐欺トークンだと非難される苦しみに、彼の精神は耐えられなかったのだ。


 思い返せば、DJ君は非リアではあったが、決して不幸な人間ではなかった。近くに僕がいたし、自分の文章を認めてくれる沢山のファンもいた。彼は理屈としての相場はちゃんと理解していたが、トラブルの当事者として、大金を失った人間たちの悪意を受け止めるには、人間がまっさら過ぎた。


 多分彼は、「非リアは、同じ非リアを裏切らない」と心の底から信じていたのだろう。だけど、相場の世界でそんなことは絶対にありえない。むしろ、DJ君の方が少数派であって、人生に置いて他者からの好意をまともに与えられてこなかった非リアが最後に信じるものは、やはり金だ。

  

 彼は何とかMACROSSを立て直そうと頑張り、僕もそのためのアイデアをいくつも出した。だが結果として、その努力は全て無駄に終わった。彼の言動は次第におかしくなり、相方である僕ですら、見るに見かねる状態に陥った。相場で人生を持ち崩した人間は今まで沢山見てきたが、こういう形の崩壊を見るのは初めてだった。


 このMACROSSの失敗がきっかけとなって、僕らは袂を分かつ事になる。別に喧嘩をした訳じゃない。お互いが、お互いのためにやれることが、全部なくなってしまっただけだ。僕らを何度も救ってくれた、なにくそ精神も、今度ばかりはどうにもならなかった。


 彼の心は完全に壊れ、創作に打ち込むどころの話じゃなくなる。そして結局、筆を折った。彼をそこまで追い込んだものは何か? それは言うまでもなく、僕の考えだしたMACROSSである。つまり僕は、クリエーターとしてのDJ君を殺した殺人犯も同然だ。


(続く)

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