第3話 初めての全身付随

 救急車で運ばれた僕は、すぐさま病院の緊急搬送室に運ばれて点滴をブスッと刺される。いやぁ、ああいう緊急で刺す人ってマジでうまいんだね。全然痛くなかったよ。


「先生! この子、家の中で突然倒れたんですね。それから呂律が回らなくなって、急に体に力が入らないって……熱中症なんでしょうか?」


 母さんは今にも倒れそうな声で医師に問いかける。それに対して医者は極めて平坦な声で病名を告げた。


「お母さん……熱中症ではありません。お子さんは脳梗塞です」


 病院の緊急搬送室で、当直の医師が衝撃的な情報を母さんに伝える。ついでに僕にも聞こえた。おい、お医者さん。もう少し声ちっちゃくてしてくれよ。僕にも伝わったじゃん。


「えっ……! この年で⁉︎ 嘘ですよね……」 


「病院に行く決断をしてもらって本当に感謝します。これなら……まだ、間に合います」


 母さんの息を飲む声が聞こえてくる。うん。びっくりしたよね。僕もめちゃくちゃびっくりしたよ。だって脳梗塞って。マジかよぉ〜って感じだよ。折角必要以上に単位取ってたのに水の泡になっちゃった。


「あーあぁうわぅわわぅ?」


 マジっすか的なトーンで僕は首を傾けて、隣の看護師さんに話かける。しかし、彼女は僕の言うことには耳を貸してくれない。真剣な表情で、点滴を注意深く見つめるだけなのである。


「あうわぅぅわわぅ? ぅうあゎん?」


 再度話かけるが、看護師さんは僕の方を見向きをしない。


 実はこの時には、気付いていなかったのだが、僕は殆ど体が動かなかったらしい。唯一動くのは、目と首と指先。そこから下は全く感覚がなかった。

 半身不随ならぬ、全身付随というわけだ。先ほどの看護師さんが反応しなかったのは、僕の舌が動いていなかったから。涙は出なかったね。大学のことで精一杯だったからだ。


 そんなわけで僕は、どうしようかな〜と考えている内にベッドに乗せられたまま、豪華な部屋に送られる。ほら、あれだ。よく、ドラマとかで使われている個室。そこに運ばれた僕は、数人に体を支えられてベッドに寝かされる。気分は、糸の切れたブリキ人形だった。


「それでは、トイレの時と何かあった場合、すぐにナースコールを押して下さい。直ぐに私たちが参りますから。はい、○○君」


 そう言って看護師さんは僕にナースコールを握らせる。そうした後、彼らは部屋を出て行くのであった。


「体は大丈夫? 痛くない?」


「ぁぁぉぉぁぉぁぉぉ。ぁぁぉ」

 

 大丈夫、大丈夫、平気と言ったつもりだったのだが、伝わらなかったようだ。母さんがひどく悲しそうに僕を見つめる。どうしようかなと考えている内に突然喉が痛くなる。


「げほっ! げほっ!」


「何? どうしたの! 体調が悪くなったの⁉︎」


 そういえば、二時間何も飲んでいなかった。言葉で伝えようにも伝わらない。僕は仕方なく、喉を指で擦った。


「喉がかわいたの⁉︎ 少し待ってて! すぐナースコール押すから」


 どうやら、ナースコールの出番は直ぐきたようだ。宿直室にいる看護師さんが素早く来る。


「はい、どうしましたか? ○○さん」


「はい、この子喉が乾いてるようなのでお茶をもらえないでしょうか?」


「あぁ、分かりました。すぐに持ってきますので少し待っていて下さい」


 看護師さんは部屋から出てしばらくすると、お茶とコップを持ってくる。


 僕は体を起こそうとするも腰が動かない。それを見かねた母さんが、起こしてくれる。


「少しずつ飲むのよ? はい、どうぞ」


「あぅぅ」


 僕は近づいてくるコップに、唇を付ける。そしてそれを飲み干そうとしたところで盛大にむせる。


「うげぇぇぇぇぇぇ⁉︎ がはっ! がはっ!」


 そう、この時僕は飲み物も食べ物も食べれなくなってしまったのだ。ショックで死にそうだったね。

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僕の人生ハードモード ヤンデレは尊い ヤンデレ以外も尊い @daisuke194

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