第2話 真白は子供じゃないのです!
「――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎ 食べないで!! 食べないでください! 真白美味しくないですからぁーーーー! げほっ、げほっ、ここ埃っぽすぎぃーー!! もぅ最悪ですぅーーーー!!」
真白は激しく咳き込みながら、薄暗く埃っぽい道を駆け足で進んでいく。
『そんなに走ったら体に悪いわよ……』
大蜘蛛は、真白に向かって心配そうに声をかける。
「今が助かれば、どうなってもいいんですぅーーーー!!」
なぜかこの空間では、疲れ知らずで全力疾走できるのだのだ。
真白はすっかり味を占めて全力疾走を続ける。
『ふーん……あっそぉ。調子のってると、起きた時どうなっても知らないんだからね? なら私もちょっとスピード上げましょう』
「タンマ⁉︎ ちょっとタンマ!!」
大蜘蛛は、さらにスピードを上げ真白の足元をミシン針のように突き刺してくる。
「ほぉぉぉぉぉぉわあっと⁉︎」
意識が覚醒した時、ふらふらとほっつき歩いていたのが問題だったのだろうか?
気がついたら真白は、大きくて漆黒の蜘蛛に追いかけ回されていた。
「どうして私を追いかけ回すんですかぁーーーー! こんな狭くて暗くて埃っぽいところでーーーー!!」
大蜘蛛は、真白の横にのんびりと並走しながら、落ち着いた口調で話しかける。
『悪かったわね。狭くて暗くて埃っぽくて。それと貴方を食べるぅ? 失礼しちゃうわぁ。ふぅ……子供と話すのってやっぱり疲れるのねぇ。今後の為に保育園のバイトでもしてみて、練習した方がいいのかしら?』
「……喋ったぁぁぁ⁉︎」
『貴方……さっきから私と会話してたじゃない……老化するには早すぎるわよ。お嬢さん?』
大蜘蛛は、流暢に人の言葉を話すのだった。
(ていうか⁉︎ また! また、子供って⁉︎ むっかぁーーーー!)
その発言に真白は大蜘蛛に対する恐怖をかき消され、怒りを噴出させるのであった。
「こなくそぉぉぉぉぉ!!」
彼女は追いかけて来る大蜘蛛に向かって反転し、思いっきり後ろ回し蹴りを叩きつける。
それは人間相手ならともかく、怪物相手には全く効かなかったようだ。
蜘蛛はピンピンしたように脚で顔をかく。
『何か気に触るようなことでも言ったのかしら? それと……喧嘩は相手をよく見てから売りなさい。ハエが止まったと勘違いして潰しそうになったじゃない……まったく』
「……マジですか?」
思わず、部活言葉が出てくる真白。それは部活のOGを相手にしているように、真白の口から漏れ出てくるのだった。
『――マジもマジ、おおマジよ……さぁ観念して手の中のものを捨てなさい。それで勘弁してあげるから』
真白は汗をだらだらと流し、琥珀色の蜘蛛の瞳を見つめる。
彼女は考えに考えた結果、目の前の蜘蛛に向かって絶叫するのだった。
「嘘だぁーーーー!! そんなの真白持ってないもん! 真白こんな汚い所で死ぬのいやですぅーーーー!!」
真白は何がなんやら分からず、号泣する。
すると蜘蛛は、苛ついたように脚を地団駄させ声色を低くするのだった。
『はぁ〜〜……手の中のものをさっさと捨てなさい。それをすれば見逃して上げるって、さっきから何度も言ってるでしょう? バカなの? 貴方?」
どうやら大蜘蛛は彼女を傷つける気は、今の所ないらしい。
「ふぇ? でも真白、ホントに何も持ってない……」
『はぁ〜〜、しょうがないわねぇ……ほら、右手を出しなさい……』
「――こうですか? うっわぁ⁉︎」
大蜘蛛はあろうことか、毛むくじゃらの足先から手を生やし、真白の手を開かせる。
それは、剣道で竹刀だこが出来ている真白の手と比べるまでもない美しさを誇っていた。
大蜘蛛が人間であったのならば……
「昆虫に人体って組み合わせ……なんかキモイ……すごくグロテスク、うっぷ」
昆虫の足に白く傷一つないたおやかな手が生えているのは大変気持ち悪く、真白は口元に手をやる。
あんまりな言い方に、大蜘蛛は心なしか不機嫌さを漂わせるのだった。彼女? 8つの目玉で天井をじっと見上げた後、真白をにらむ。
『……今のは聞かなかったことにしてあげる。寛大な私に感謝することね。さぁ見なさい。これが貴方がさっきから手の中に握ってたものよ』
蜘蛛が真白の手を開くと、中には桃色の小さなハートが握られているのだった。
『さぁ、早くそれを捨てなさい。それが終われば貴方はさっさと解放してあげる」
蜘蛛は穏やかな口調で真白に告げる。それに対する真白の返答は極めてシンプルなものだった。
「……いやです」
『よく考えた方が身のためよ? 別に貴方もコレが何かきちんと理解してないんでしょう? 起きて目覚めたら綺麗さっぱり元どおり。 それでいいじゃない』
「なんとなくいやなんです! なくすのはいやなんです!!」
真白は蜘蛛の脚を、もう一度蹴り付けてから脱兎の如く逃げ出すのだった。
『ふぅむ……これだから、ガキってのは……無駄な手間ばっかり増やすのは得意なんだから。あーぁ、タイムリミットきちゃったじゃない……』
大蜘蛛の体が徐々に透けていく。まるで制限時間でもあったかなように。
『続きは現実でするとしましょうかぁ。傷つかないよう、私は貴方にちゃあーんと警告したんだからね? 柊真白さん……』
大蜘蛛は真白のフルネームを丁寧に呼びながら、溶けるように現実へと帰っていくのだった。
「うぅ〜〜〜ん? ――あた……いたたたた⁉︎ なんですぅぅぅ……これぇ。あ"あ"あ"ーーーー足が!! 両足がぁ!! あたたたたぁ!! なんで⁉︎ なんでぇぇーーーー!!」
今度こそ現実で目覚めた真白は、甲高い声で叫ぶのであった。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたぃぃーーーー!!)
真白は、幸彦の背中でとっぷりと眠っていたはずである。それが今はどうか。
彼女の側に恋焦がれた人物はおらず、真白は鉄筋コンクリートの硬く冷たい壁にもたれかかりながら、内太腿の筋肉が突っ張っていたのである。
彼女は眉を釣り上げて唇をギュッと引き結ぶながら、幸彦への文句を垂れ流す。
「――はぁ〜〜……もぉぉーーーー! 痛いし!冷たいし! こんな地べたに女の子置き去りにしますぅ⁉︎ デリカシー! 幸彦先輩デリカシーなさすぎです!! こんなんじゃ一生恋人できなくても知りませんからね!!」
彼女は不満を爆発させるかのように手足をぶんぶんと振り回す。
当然のごとく、両足は猛烈に痛くなるのだった。
「うごぉぉぉぉぉ……痛い……いぃぃぃぃ」
悶絶するような痛みは彼女を地獄の苦しみへと突き落とすのだった。
「ふへへへへへ、へへへへへぇ」
何がどう変化したのか、涙を浮かべていた真白は、気持ちの悪い笑みを浮かべるのだった。
「もぉぉぉぉ……しょっ、しょうがないですねぇ。そんなしょうがない先輩は私が付き合ってあげましょう!」
彼女は幸彦に恋人がいない前提で話を勝手に進めていく。
それは、幸彦に対してのマイナスなイメージと、負けず嫌いな彼女の性格も加味されていた。
「真白が好きじゃなかったら、どうするつもりだったんですかぁ〜? 一生独身でしたよぉ〜。ふふふふふ」
真白は幸彦に幻滅をしたが、好感度はなぜか一切下がらず、天井知らずに上がり続けるのだった。
恐ろしいかな、恋愛フィルター。
恋をするのに無駄な障害は全てこそぎとられていく。
長所はより魅力的な印象に、短所はより可愛らしいギャップへと。
おませな女子中学生の脳内は、都合のいいように幸彦への盲目的な愛を深めていくのだった。
(わぁ〜……すっかり夜ですねぇ。もしかして、真白結構寝てました?)
幸彦の長所を百個ほど考え満足した真白は、恐る恐る屈伸をした後、スカートの埃を払って立ち上がり辺りを見渡した。
夕暮れ時に京都から大阪に来た真白だったが、どうやら二時間ほど眠り込んでしまっていたようだ。
太陽はすっかり沈んでおり、街灯の周りには虫が集まっていた。
それは一周間通い続けて目にした光景だったのだが、今日に至っては目新しいものが次々と真白の目に入るのだった。
「――あれ……なんか今日はいつもより人がゴチャゴチャしてるような? それに……なんでテントがあるんです?」
いつもならスムーズに進んでいく人の流れも今日はやけに渋滞していた。
しかも仮説テントや、照明装置、ケーブルなど見慣れないものがそこかしこにあり、それは真白の頭をぐるぐると混乱させるのだった。
(今日はお祭りか何かだったのですか? それにしては駅に着いた時にそれらしきものはなかったし……えっそれより、ここどこです?)
真白は、子犬のように駆け足で、駅の看板が見える位置まで下がる。
十分な位置まで下がった真白は複雑な顔で看板を見上げた。
(うーん、嬉しいような悲しいような、どういうことですか? 一体)
見上げた先には大きな文字で見えやすいよう『大阪駅』と書かれていた。
「とりあえず、誰かに話を聞いてみないと……真白はもう頭の中がチンプンカンプンなのです」
(幸彦先輩はどこに行ったんでしょうか? 女の子も惚れさせたり幻滅させたり、ほんと変な人です……)
すると真白の目に術師の腕章を付けた、栗色のショートカットをした女性が横切った。
彼女は恋しさのあまり、その女性の術師に幸彦の居場所を聞いた。
「あの〜……術師の天田幸彦さんってどこにいるんですか? 真白、一言お礼を言いたいんです」
「んんんん? 幸彦君ってあの黒縁のメガネをかけた、いつも不機嫌な幸彦君?」
「不機嫌かは分かりませんが、青い髪と青い目黒縁のメガネをかけてました……」
彼女は真白の顔をまじまじと見ると思い出したかのように手を握り、ぶんぶんと振った。
「――あぁ! 君が、幸彦君たちの話に出てたお嬢ちゃん! へぇ〜可愛いいー! 白百合さんとおんなじでちっちゃーい!髪型もまっしろーい! おんなじだぁ!」
女性は極めて自然に真白を抱き抱えると、頬擦りをする。いきなり抱きしめられた真白は激しく抗議した。
「わぷ! あの離して下さい。真白はもう子供じゃないです!! 中学三年生の立派な大人ですぅ!!」
「やーん! 可愛いー! なんでちっちゃい子ってこんなに可愛いんだろー! あー私も、もっとちみっこくなりたいよ〜。こんなでかいのヤダー!」
栗色のショートカットで、スタイルがいい女性の術師は、真白のコンプレックスを容赦なく刺激していく。
(なんですか⁉︎ この失礼な人は! 自慢ですかぁ⁉︎ 真白がちっちゃいの気にしてるっていうのに〜〜! もう怒りました! ぶっ叩きます!!)
怒りのままに真白は手を肩に回したが、虚しくも彼女の手は空を切る。
(あぁぁぁ……今はないんでした。とほほ……どうやって、どうやってこれを振り解けば)
「あーん! 私の妹にしたいぐらい。このまま持って帰ろうかなー!」
彼女はふざけた言動を繰り返しつつも、真白を絶妙な力で抱きしめて逃さなかった。
(術師って真白のイメージとなんか違うような……もっとカッコいいと思ってたのに……)
真白は抵抗できないまま、女性の術師にしばらく抱きつかれるのであった。
「いやーごめんね。私は幸彦君たちのクラスメイトで、相田祐樹って言うの。よろしくね〜。さっきは休憩中でそこら辺ぶらついてたんだぁ」
「柊真白です。子供じゃありませんので。子供扱いしないで下さい……」
高身長の術師――相田祐樹は屈託のない笑みで、真白に笑いかける。
その毒気のない表情を見ると真白も怒りを徐々に沈下させていくのだった。
「ごめんよ〜。その傷つけるつもりはなくて」
祐樹は申し訳なさそうにもう一度、真白に謝る。
「もういいです。祐樹さんはそういう人だって諦めました。今だって私のことを離してくれませんし……」
真白は自分の足で歩くことをもはや諦めていた。彼女はふてくされたように足をぶらぶらと揺らす。
「あはははは……可愛いもの見るとつい抱きしめたくなっちゃって……悪い癖だね。えーっと、幸彦君の出店は確か……あっちの方かな?」
彼女は真白を抱っこしながら、人混みの中へと混ざっていくのだった。
「うわぁ……!!」
そこには真白が着たときには何もなかったというのに、露店や飲食店が溢れており、真白は目を丸くするのだった。
「……これ、いつ建てたんですか?」
「あぁ、さっきかなぁ。大阪駅が暴動の影響で遅延しちゃってね。そのガス抜きとしてボランティアで、ここの場所貸してもらってるんだ」
「――さっきぃ⁉︎」
「うん、テントや家電、燃料とかは術でパパッと代用してね。近くに業務用のスーパーがあって助かったよ。さすがに食べ物を術で作ることは無理だからね」
辺りにはソースの焼ける匂いとお祭り特有の食べ歩く人がいて真白は唾がどんどんと口内にたまっていくのだった。
しかし、真白はふるふると首を振り食欲を一旦断ち切る。
「保健所の許可は? ちゃんと取ってるんですか? コレ……」
真白は訝しげに祐樹を見つめる。文化祭で模擬店を出店する手続きには、随分苦労した記憶がある。
それをこの人達は二時間足らずでやり遂げたのだ。その苦労を知っているが故に、彼女は当然疑問を持つのだった。
「ちゃーんと許可もらってるよ。術師は今回み突発的にボランティアや炊き出しなんかもするからね。実質的なフリーパスをもらってるんだよ。非営利目的に限ってね」
(非営利目的ってことは……)
「お金取ってないんですか⁉︎ こんな大勢の人が飲み食いするのに⁉︎」
あまりにも太っ腹すぎるお詫びに、真白は目を見開く。
「まぁね。あいつら大阪駅をちょっと荒らしちゃってねぇ。電車が一時的に遅延しちゃったんだぁ……
「はぇー……」
店は大阪駅の中にところ狭しと並んでおり、それは真白の目に、耳に、嗅覚に強く訴えかけるのであった。
その時、どこからかくるくると可愛いらしい音がなるのだった。
それは一度で止まらず、何度も何度もくーくーと鳴り続けるのだった。
「――あーあーあーあーあー! 私は何も聞こえないーーーー! お腹なんて空いてないんですぅーーーー!!」
真白は耳を両手で押さえながら、棒読みで叫び続ける。彼女は赤面をしながら、じんわりと涙を溜めるのだった。
それを見た祐樹は、真白のお腹越しに自分のお腹をさするのだった。
「あー……真白ちゃんごめんね〜? 先に幸彦君に合わせる約束だったんだけど。私お腹ペコペコでつい鳴っちゃった! 私のために屋台の食べ歩きに付き合ってもらってもいい? おねがーい!」
「ふぇ……?」
「このままじゃ、お腹と背中がひっつきそうだからさぁ。お姉さんを助けると思って? ねっ?」
当然祐樹はお腹の音などなっていない。それどころか真白のお腹の音などこの騒音の中聞こえてなどいなかった。
それでも彼女は可愛らしい少女が悲しそうで辛そうな表情をするのを見過ごせなかったのである。
真白は悔しそうに祐樹をちらちらとのぞき見る。
「ありがとうございます……でもこれで貸し借りなしですからね! 子供扱いはやめてくださいね!」
真白はふてくされながら、祐樹にお礼を言う。
その顔を見た彼女は満面な笑みを彼女に向けるのだった。
「さぁ? 私はお礼されることは何もしてないし? あっでも、どうしてもお礼がしたいって言うならおねぇちゃんって呼んで欲しいかな〜」
それを聞いた途端、真白の表情は曇る。
「やっぱりお礼の言葉返してください。真白が間違ってました」
「ぇぇぇぇぇぇ、真白ちゃんひど〜い。そんなんじゃモテないよ?」
「なぁ⁉︎ それはどこ情報で……?」
絶賛恋をしている中学生は激しく動揺するのだった。
「そうだなぁ……私のことお姉ちゃんって呼んでくれたら教えてあげるよ?」
「ぐぬぬぬ……! 卑怯ですよ!!」
「はっはっはっはっはぁ! おねぇちゃんはいつでもひどいのだぁ。repeat after me! (私の後に続けて!)I like my older sister in the world!(私は世界で一番お姉ちゃんが好き!) さん、はい!」
彼女はやっぱり嫌いだ。そう思う真白なのであった。
囚われ妖怪は今日も自由を切望する ヤンデレは尊い ヤンデレ以外も尊い @daisuke194
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