無謀な恋

第1話 初恋



 四月十七日、水曜日。真白は今日もがっくりと肩を落とし、うなだれていた。彼女はボストンバッグからボロボロの茶封筒ぶうとうを取り出して中身を確かめる。


 そこには、九枚の諭吉と九枚の英世、小銭が少々入っていた。彼女はそれをさびしそうにながめると、ため息をらす。


(どこの誰だったんでしょうか? 真白を助けてくれた、あのくたびれたお兄さんは……)


 通い詰める内に、すっかり顔なじみになった駅員さん――山口さんに聞いても首を残念そうに振るだけであった。


「すまないね……四月十日以降、彼はピタリと駅を使わなくなってしまって……」


「――そうですか。いつもすみません。ありがとうございました……」


 真白は茶封筒をバッグにしまうと、ため息を吐く。心なしか肩に背負っている竹刀ケースがいつもより重い。彼女はずれたそれを背負い直すと、すごすごと大阪駅の外に出るのだった。






(あははははぁ〜〜……お外が真っ赤ですぅ〜〜。うふふふ……)


 真白は、人混みでごったがえす駅を抜けた後、ぼーっと夕焼けを眺めていた。そうして何分経った頃だろうか。突然、くぐもった低い男性の声がメガホン越しに彼女の耳に届くのだった。

 

「ケガレこそは、人類と妖怪を救済するために送られた神からの使いである! すなわち神からの使いを殺す術士共は大罪人である。彼らに死の鉄槌てっついを!! 彼らに死の鉄槌を!!」


 憎悪ぞうおの言葉が、空気を伝ってたれ流されていく。この物騒な集会は、駅の前で毎日開かれていた。

 

 彼らは最初こそ人数はそれほど多くなかった。

 しかし、日を重ねるごとに人数は増え始め今となっては、駅前の道路を一部占領せんりょうするようにもなっていた。


(通報した方がいいでしょうか? なんだかちょっとこの人達目が怖いです……)


 先先日からだろうか? パトロール中の警官や非番の術士が、警告を再三行っているが効果はかんばしくない。

 それどころか暴徒のように暴れ出す輩や恐ろしい術を躊躇なく人妖に向ける者もいた。


 そんな時、ある一人の中年の男性が彼らに詰め寄る。


「おい! あんたら邪魔だからどけって! 交通の迷惑だろうが!」


 彼らを止めようと、抗議を上げる人妖はこれまでにも数多くいた。

 しかし、彼らは全く聞く耳を持っていない。その様子に男性は痺れを切らせたのか、演説をしている者から強引にメガホンを奪い取った。


「さっさとこの無駄な集会をやめろ! よりにもよって術師を貶すとはなんなんだ! あんた達!!」


「術師……術師、術師、術師、術師、貴様奴らの手先なのか?」


「はぁ⁉︎ 俺が術師な訳ないだろ! エリート中のエリートなんだぞ。彼らは!」


 演説をしていた男性は、術師という単語を聞いた途端、豹変ひょうへんする。


「我らの崇高な目的を邪魔するとは……邪教徒だな⁉︎ 術師滅ぶべし、術師滅ぶべし、術師滅ぶべし!!」


 その声を皮切りに、信者達も一斉にそれを唱え始める。


「術師滅ぶべし!」


「術師滅ぶべし!」


「術師滅ぶべし!」


「術師ホロホロホロホロホロホロほろ滅ぶベーーーーし!!!!」


 彼らは突如ブレーキが壊れたように『術師滅ぶべしと』と叫び続ける。


 駅前の道路では剣呑けんのんな雰囲気が漂っており、危険を感じた真白は、すぐさまその場を離れるのだった。

 彼女は、急いでポケットからスマートフォンを取り出し、大阪市北区の管轄の警察に通報する。



 何度目かのコール音の後、女性が電話に出る。



「――はい、こちら大淀警察署おおよどけいさつしょです。事件ですか? 事故ですか? それとも、何かありましたか?」


 女性は落ち着いた声で冷静に状況を把握はあくしようとする。


「すみません。大阪駅の前で不審な人妖達が集会を開いてるんです。あぁ! 今止めに入った人が殴られました。ヒィィィィィィ⁉︎ 雷が真白のすぐ側に落ちたぁ!!」


 集会の暴徒ぼうとたちは、ついに暴力沙汰ぼうりょくざたを起こしてしまったのか。怒号と悲鳴がこの距離まで響き渡り、駅の周辺はすっかりパニックになっていた。


 真白はスマートフォンを落とさないように硬く握りしめる。


「分かりました。少し待っていて下さい。ただ今担当者に代わりますので」


 不安と恐怖が真白を襲う。彼女は、ボストンバッグを開くと、取り出したそれを思い切り鼻に押し付けるのだった。



 彼と出会ったのは四月十日水曜日7時頃、それから白みつぶしに一週間、真白は足の血豆が潰れるほど、大阪駅近辺を歩き回っていた。



 全ては一言お礼を言うことと、リベンジを申し込むため。

 


(――こんな大金貰って返さないわけにはいきません。それにどうゆう理屈で、あんな雑に私の間合いに詰めて来たのか……次は負けませんからね! それから名前と学校先と連絡先聞いておかないと。なんとなくです、なんとなく!!)


 彼の顔が一日中、頭から離れてくれない。

 彼のことを思うと胸が張りけそうになり、心臓が早鐘はやがねのように脈打ちし始める。家に閉じこもっていても目が冴えて全然眠れなかった。

 謎の病気になったのかと先生に診てもらっても異常はなし。


 部員達にこの症状をたずねる勇気を持てなかった真白は、悶々もんもんとしたまま部活が終わるや否や、ふらふらとここで彼を探すのが日課となっていた。


 真白だって武道を嗜んでいる。実力差が分からないほど、バカではない。

 それにも関わらず、真白は幸彦に勝負を挑もうとしていた。



 それなのに、何でこんなことに巻き込まれるのか。真白は脇腹が痛くなりそうになるぐらい懸命けんめいに走る。

 彼女は、夜の町を駆け回る内に目頭がぎゅっと熱くなるのを感じた。

 


「はぁはぁ……ここまで逃げれば大丈夫のはず……」


 彼女は呼吸を整えると安心したかのように腰を抜かした。


(怖かった。怖かった。ホントに怖かったですぅ)


 真白は、ボロボロの封筒を急いでバッグから取り出すと、またそれを鼻にうずめる。

 あの人から手渡された紙の匂いをぐと、嫌なこと、不安なことなどが、全て消え去って心が満たされるのだった。


 安心したせいか、真白のお腹からは可愛らしい音が聞こえてくる。

 彼女は、誰にも聞かれていないか素早く周囲を見渡す。


(……聞かれていないようですね。はぁ〜良かった……) 



 お腹の音など聞かれては、恥ずかしくてとてもではないがまともな対応はできそうになかった。

 真白は腹の欲求に従って立ち上がると今夜の夕食について考え出す。



「あれだけ怖かったのにもうお腹が好きました。ふふ、なんだかおかしい感じです。さて、今日はどんな物を食べましょうか? お好み焼き、たこ焼き、うどん、ラーメン、串カツ、豚まんとメジャーな物はあらかた食べ尽くしてしまいましたからね……」


 地元の雅で繊細な味も美味しい。 

 確かに美味しいのだが、道場で汗をかき疲労ひろうした体にはいささか、物足りなかった。

 それに比べると大阪の濃い味付けと炭水化物がふんだんに使われた料理は、疲れた体の回復にぴったりであった。

 

「育ち盛りなので、栄養は胸にいくはずです……ふふふ、ボンっキュボンになるまで、ここで食べ歩くのも悪くないかもですね……」


 真白は、小ぶりな胸に手を置く。コンプレックスというほどではなかったが大は小をねるとも言う。

 大きさはあって困るものではなかった。女性の象徴しょうちょうとしても。自分のプライドを保つためにも……男を落とすためにも……



 そんなたわいもないことに気を取られていると、真白は巨木のような何かに鼻からぶつかってしまった。


「イタタタ……もう、なんなんですか? 真白ふんだりけったりです」


 すると巨木だと思ったそれはドスの低い声で声を荒げる。


「あぁん? おじょうちゃん、道に迷ったのか? ここは危ねぇぞ」


「ひぃ⁉︎」

 

 ぶつかったのは、木でもなく人でもない。見渡す限りのとても巨大な妖怪だった。





 山のように大きな妖怪は真白の行手をはばんでくる。


(えっ⁉︎ ここはどこ? 真白こんな道通ってません!!)

 

 どうやら考えごとをしている間に表通りを抜けて裏路地に入り混んでしまったらしい。 

 辺りには街灯やネオンの明るい光が、届いておらず薄暗い路地の中を悪臭やネズミが這い回っていた。

 そんな中、巨大な妖怪の後ろからがらの悪そうな男性達が真白を取り囲みヘラヘラと笑いだす。


 その中でも取り分け軽薄けいはくそうな男が、真白の左腕を不躾ぶしつけつかんで来た。


「ボスぅ!! よく見るとこのガキなかなか上玉すっよ! 俺らで遊んじまいましょうぜ!」

 軽薄そうな男は、真白を物でも扱うように、舐め回すような視線を向ける。

 そのゲスな視線に、彼女の堪忍袋かんにんぶくろの尾が切れた。


「不快です! ソッコーつぶします!!」


 真白はすぐさま相手の左腕を掴みつか返して、伸ばした右腕で男の襟元えりもとに、手をかけるのだった。


「あぁん? そんな焦るなって……俺の逸物いちもつですぐにあえがせてやるから――ひぉぉ⁉︎」


 真白は、右足を大きく引くと、男の体を両手で引き寄せて、体勢を崩させる。

 続けて流れるように強烈なひざを、男の股間にかち上げるのだった。

 両手で捕らえられていることにより、男は衝撃を吸収しきれない。かくして、彼女の渾身の膝が男性の象徴をぎちぎちと潰していく。


「あっがっ! がぁぁぁぁぁ……!!」


 男は、苦悶くもんの表情を浮かべその場に転げ回る。真白は彼の睾丸こうがんを完璧にくだいてみせるのであった。


(――けがわらしい。誰が好き好んであなた達なんかと……)


「いてぇ……痛えぞ、このアマぁ!! いい気になるんじゃねぇーーーー!!」



 男は腰から素早くサバイバルナイフを抜き放つと、真白のほおに向けて突き刺した。


「くっ! ぅぅぅぅあぁぁぁぁ!!」


 真白は慌てて回避したが、完璧にけることは出来ず、彼女の頬に深い傷がつけられた。


(――いったぁーーーーーい!! これ、超痛いです! ザシュって! ブシュって! ナイフが、ナイフが真白の顔を〜〜〜〜!!)


「クソガキゃあ!! 生意気なまいきに避けやがったなテメェ!!」


 男は白銀はくぎんのナイフをチラつかせて、真白を威嚇いかくしてくる。


(このクソがぁぁ! 少女の肌になんてことを! 万死に値します!! って……よく見ると、刃物怖い! 怖い! 刃物めっちゃ怖いです!!)


 真白は初めて相対する刃物への警戒けいかいを強め、背中の竹刀ケースを取り外し構えた。

 二人の間に不穏ふおんな空気が流れ、一触即発いっしょくそくはつとなったその時。

 軽薄そうな男は、頭から地面に叩き落とされた。



 それを見た真白は、唖然あぜんとし足を小刻みにふるわせた。


(えっ? あの人手下ぶちのめした――ていうか、今コンクリートにめりこませてましたよね…… 発泡はっぽうスチロールみたいにぐしゃっと)


 真白が万国人間ばんこくにんげんびっくりショーを見てると、殴られた男は額を多少切ったぐらいで平気で勢いよく立ち上がる。


「!!!!」


 男は何事もなかったようにボスに抗議こうぎをした。


「――ツゥゥゥゥゥゥ……!! 何するんすか、ボス!!」


「ボス代理だ。馬鹿やろう! いい加減覚えやがれ、ヒデ!! それとお前ふざけんじゃねぇ! お嬢ちゃんに両方の玉壊された挙げ句、逆上してナイフ抜く奴がどこにいるんだ!!」


 山のような男はボスではなく、ボス代理だったらしい。

 彼は気炎を吐いて、ヒデと呼ばれた男をしかり付けた。


「はっ⁉︎ ボス。なんすか!! どうやっても裏路地に潜り込んで来た馬鹿な小娘を襲う流れだったでしょーが。あんたら、やったことないんすか! この飛んだ腰抜こしぬけやろうが!」


「だから、俺はボス代理だって言ってる――」


 ボス代理の男は、繰り返し男を殴り付けようとするが、突如斜め後ろを向く。


「なんすか? 後ろなんか振り向いちゃって……」


 ヒデと真白は何も感じることは出来ず、ボス代理の男の挙動に疑問を感じる。


 しかし、震えているのはその男だけではなく、ヒデと真白を除いて全員が震えていた。


「あぁ! あぁ! こっ……この膨大ぼうだいな妖気はまさか……まさかぁ!!」


 

 しばらくした後、振り返るとボス代理の男は顔を青ざめて、歯をガタガタと震えだし、ヒデのことを羽交い締めにした。


「野郎ども!! ボスが、ユキヒコさんがこっちに急いで向かって来てる! 早くお迎えの準備をしろ!! 早く!」


 ボス代理の男は極寒に放り込まれたかのように大きな体を震わせる。


「お嬢ちゃん。俺たちが悪かった。コイツのしつけはきっちりしとくから、どうか許してくれないか? この通りだ!!」


「えぇぇ? いや、まぁ誤ってくれるなら別に構いませんが……あのそこまでしなくても……」


 男は頭が太ももにぴったりくっ付くぐらい下げていた。その、清々しい謝罪の態度に真白はドン引きする。


「はぁ〜〜……ダッセェ。もういいや。あんたクソだ」


 ヒデはその様子に失望し、男への敬意を道端みちばたに放り捨てた。


「はっ女にびびって、殴れもしねぇエセ紳士野郎共が! 今日からは俺がボスになってやる!!テメェら、よ〜く目ん玉かっぽじってみてやがれ。俺はそこの腰抜け野郎とは違うってところをなぁ!! 変化!! 解除ぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 男の体から、メキメキと骨が砕ける音がして肉がどんどんと隆起りゅうきしていく。それは今まで見た生物の類とは明らかに違い、人間離れしていた。


「ふしゅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ぐふっ! ぐふふふふふふ、ぐふふふふふふ!!」


 男の顔だったものはいのししの顔と牙に代わり、体調は人間の姿をしていた時と比べ、三メートル程になっていた。


「あっあっあっ……」


 真白は恐怖から構えていた、竹刀ケースを落としてしまう。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! 所詮人間なんてこんなもんよ。人間の、それも女のガキが竹刀振り回して俺らはどうにかなる存在じゃねーんダヨォ!!」


 猪男は真白の顔と竹刀ケースを見比べて下衆げすな笑いを浮かべる。

 奴は、竹刀ケースを指で摘み上げると、徐々に力を込め始めるのだった。



 竹刀がきしむ音が、狭く薄暗い路地裏に鳴り響いていく。


「やだ、やめて! それは部員のみんなが優勝記念で送ってくれた大切なものなの!! 壊さないで!!」


 決して高いものではなかった。

 だが、値段以上の価値が確かにその竹刀にはあったのだ。


 真白は猪男に向かって勢い良くけ出した。


「誰がそんなこと聞くかよ! バァーカ!!」


 猪男は、真白をサッカーボールのように蹴飛けとばばすと彼女の目の前で、竹刀ケースを無造作に引きちぎるのだった。


「あっ……」


 無残むざんにも、真白の目の前で壊されていく竹刀。それは彼女のかけがえのない思い出であり、二度と帰ってこないものだった。



「テメェいい加減にしやがれ、クソガキがぁ!! 野郎ども! 全員でかかれぇ!!」


 ボス代理の男と部下たちは猪男に果敢かかんに殴りかかっていく。


「うぜえんだよ!! ゴミ虫がぁ!!」


「がっ!」


 ボス代理の男と手下たちは、真白と同様歯牙しがにもかけられず蹴り飛ばされるのだった。



 真白の顔が絶望に包まれる。

 すると猪男は空に向かって哄笑こうしょうを上げるのだった。


「その顔が見たかったんだよぉ〜! ほらほら、命乞いをしろ! もっともっと絶望しろ!! 今ならお前の体で許してやってもいいぜぇ〜〜ヒャハハハハハハ」


(どうして……どうしてこんなことになったの?真白は悪いこと何もしてないのに……どうしてぇどうしてぇ)


 涙がどんどん目からあふれてくる。それを見て猪男は更に笑い出す。


「ははははは! 辛くなったらすぐ泣くなぁお前ら人間は! ほらほら、助けを読んでみろよ! 助けてくれる妖怪の知り合いでもいたらなぁ!! ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 真白は心の底から叫ぶ。

「助けて……」


「あぁん?」


「助けて……」


「助けて! 助けて!」


「ヒャハハ、誰も来ちゃくれねぇよ!」


 それでも真白は空に向かってさけび続ける。


「助けて!! 助けてよ!! 私だけの王子様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャァ?」


(あれはなんだろう……建物の上を走ってる人がいる……)


 その人物はぐんぐんとこちらに近づいてくる。


 真白はその人物に覚えがあった。彼は真白がずっと思い描いていた人物そのものだった。


「来てくれた……真白のために、来てくれた!!」


「はっ! ホントに妖怪のお友達がいるとはなぁ。だがそれも俺様には敵わない――」


「オラァ!! 俺の友達に何しやがる!!」


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 彼が猪男に突き出した拳は一瞬で奴の意識をり取り、真白を救ってくれた。


「全く、お前みたいなバカがいるから妖怪は野蛮だって勘違いされんだよ。新井ーーーー!! お前がいながらって……はぁ〜〜、気絶してるし。折角助けに来たのに気絶してるってどうゆうことだよ!」


「あの!! あの!! あの!!」


 真白は気が動転して、あのしかいえなかった。伝えたいことはいっぱいあるのに……


「あぁ、君。ここ危ないからさっさと避難してね。それじゃあ」


 青年はそそくさとその場を立ち去ろうとする。真白のことをほっといて……


(待って! 貴方あなたの名前も知りません。いっぱい話したいことがあるんです。真白はずーっとずっーと、会いたかったんです)


「待って下さい。お願い、待って!」


 ここで別れたら、彼とは二度と会えない。そんな気がした真白は必死に呼び止める。


「んっ? うわぁっ……君、酷い怪我けがだな。こりゃ肌がパックリいってるぞ。俺には処置できんな……あいつなら――治せるか?」


 神妙しんみょうな顔をして彼は真白の肌を見つめる。しかし、真白は我関せずと幸彦のそでを引っ張り続けるのだった。


「あの、名前を、名前を、名前を教えてください」


(真白の怪我なんてどうでもいいから、名前、名前、名前、貴方の名前が知りたいです)


「――あぁ、はじめまして。俺の名前は天田幸彦って言うんだ。年は十七で高校二年生の妖怪だ。よろしく」


「天田……天田幸彦……先輩……ふふ」


「君、大丈夫? おっとと……」


 そこで真白の意識は途絶とだえる。


「気絶してるけど――笑ってる? 最近の子供はよく分からん。おっと胸は――まぁ、保奈美はちょっとサイズがおかしいからな」


 そうして真白は、王子様の背中で穏やかに眠り続けるのであった。

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