第23話 アイスクリーム

 あたしはさっきから誰かに見られているような気がしていた。


 あの機械からカードを受けとったところを見られたのだろうか? 後ろを振りかえってみても、それらしい怪しい人はいなかった。


 近くで、髭だらけの汚い格好をしたおじさんが歩道に置かれたゴミ箱から残飯をあさっているだけだった。あたしの気のせいだろうか? でもあたしは誰かにずっと見られているような気がしてしかたがなかった。


 アイスクリームパーラーの車はすぐに見つかった。


 あたしはちょっと迷ってから、待っている人たちの一番うしろに並んだ。前には女の子が二人と、大人の女のひとと男のひとのカップルがいた。あたしは五番目だった。その中で、あたしが一番小さかった。


 店のおじさんは車の中で脇目もふらずに働いていた。車の中は暑そうで、おじさんの額には汗が吹き出ていた。でもアイスクリームのたくさん入ったケースをあける度に一瞬顔がほころんだ。


 順番がきたとき、あたしはバニラアイスを頼んだ。チョコチップをトッピングしてください、というのも忘れなかった。お金を払うために、あたしは手に抱えていたパーカを小脇にはさむと、ジーンズの前ポケットに手をつっこみ、さっき機械から貰ったカードを取りだし、おじさんに見せた。


 あたしは、怪しまれないように、せいいっぱい、かわいく笑った。これ預かってきたんだけど、ママが通りの向こうでお買い物しながら待っているから早くしてね、っていうのも忘れなかった。おじさんは、笑いながら、車のカウンターの上の小さなボックスを指さした。


 あたしがカードを近づけるとボックスは、かわいい音をたてて、支払いが済んだことをあたしに教えてくれた。あたしは、内心ほっとしたが、素知らぬ顔をして、隣を行く赤い服をきた女の子たちのおしゃべりに気をとられている振りをした。女の子たちはとても楽しそうに話していて、彼女たちが着ているかわいくてきれいな服や、すべすべとした手や脚や、流れるような髪に、日の光は、眩しいくらいにやさしく照りつけていた。


 店のおじさんからコーンに乗った、真っ白な中に黒いつぶつぶのあるアイスクリームを手わたされたあたしは、ありがとう、っていうと、息が切れるのもかまわず走った。あたしの目の前で舗道が不規則にはずんだ。


 次の角をまがり終えてから、あたしは、立ち止まった。


 頬にへばりついた髪の毛を指でどけると、肩ごしに振り返ってアイスクリームパーラーの車と店のおじさんが見えないことを確かめた。息をつき、建物の壁ぎわにへたるように座りこむ。あたしの体は震えていた。あたしのアイスを持つ手も震えていた。走っている間、足がもつれなかったのが不思議なくらいだった。


 あたしはうまくやりおおせただろうか? 店のおじさんはあたしのことを怪しまなかっただろうか? あたしの注文する声は震えていなかっただろうか? お金を支払うためにカードを持つ手はぎこちなくなかっただろうか? あたしの笑顔は引きつっていなかっただろうか? アイスクリームを受けとるとき、急ぎすぎていなかっただろうか? あたしはあまりにみすぼらしく、飢えているように見えなかっただろうか?


 あたしは心配になって、自分の着ているものを見下ろした。セーターはところどころがほころんでいて、いくつも玉になっているところがあった。ジーンズの膝の破れはひどく目立って、乾いた血がこびりついていた。小脇にかかえたパーカは薄汚れていた。


 あたしは、どこかに隠れる、だれにも見られない溝や穴があればいいのにと思った。あたしは自分がこの明るい地上よりも、むしろ薄暗い地下の世界にいた方がふさわしいと思った。長い年月を旅した時間旅行者が出会った地底の種族のように暗い穴ぐらで生きていた方がよかったと思った。それが一番、似合っている。あたしは今のあたしの姿や身なりがとてもいやだった。でも、あたしにはどうしようもなかった。どうすることもできなかった。


 けれども、とにかくあたしはアイスクリームを手に入れたし、カードがうまく働くことも確かめた。ふと気づくと、アイスクリームは暑い日差しに溶けかけていた。急いであたしはコーンを両手に持ちなおすと、白くて、やわらかくて、冷たいものをがつがつと食べた。


 バニラの香りが口中に広がった。チョコチップの苦さと甘みがあたしをノックアウトした。アイスクリームは一瞬にしてあたしの手の中からかき消えた。喉からお腹にかけて冷たくて気持ちいいものが通っていった。


 あたしの顔はあたしの髪の毛とおなじようにくしゃくしゃになった。目の前が霞んできて、辺りがよく見えなくなった。あたしは声を押し殺そうとした。でもできなかった。そばを通りゆく人たちは、小さな子犬が呻いているような声を聞かされて、ぎょっとしたかもしれない。

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