第22話 機械

 あたしは迷っていた。あたしは目的のものを見つけだしていた。


 あの建物の扉を押し開けて外へ出たあたしは街の日差しをまぶしいほどにあびて目がくらんだ。二、三歩よろめくと舗道の縁石にしゃがみ込んでしまった。道行く人たちは怪訝そうにあたしの汚れた服やぼさぼさの髪を見ると、首を振りながら行き過ぎた。彼らの思うとおり、街角を美しくみせることにあたしは役立ってはいなかった。


 目が慣れて周囲が見えてくるようになるまで、あたしはそのままの姿勢でいなければならなかった。日差しは強かった。厚手の着物の下で体はまたたく間に汗ばんできてしまった。羽織っていた緑色のパーカをもどかし気に脱いで、ついでにセータも脱ぎたかったけれど、その下にはアンダーシャツしかつけていなかった。


 ようやくジーンズのポケットから黒い長方形をしたものを苦労して取りだし、表と裏をくり返し見た。裏側のちょうど真ん中にすかしぼりのような、模様が入っていた。もちろんそうだ。あたしはあの女が街角で、同じ模様をつけた大きな箱のような機械の前で、これを使うところをそばで見ていたことを、もう一度、思いだした。多分、あたしにだってできる。


 あたしは立ち上がると少し歩いて、ほどなくその機械を見つけだした。それは舗道に面した石造りの建物からやや突きでていて、三方が覆いのようなもので囲われていた。多少の雨ならしのげそうな覆いだった。


 あたしは一度そのそばを通り過ぎた。しばらく行ってから立ち止まると振りかえり、その機械をみた。心臓がどきどきと胸を打った。あたしは何度も、だいじょうぶ、と自分自身に言い聞かせなければならなかった。


 あたしはようやく決心を固めるとその機械の前に立った。震える手で黒い長方形をしたものをポケットから取りだし、機械のくぼみにはめ込んだ。それはくぼみの枠にぴったりと収まった。


 とたんに機械は生きを吹きかえしたように、音と光る文字であたしに、何のようか? と尋ねてきた。 


 あたしは、お金がほしいんです、と答えた。


 ちょっと待って、というと、機械は何か他のことで忙しそうだった。


 あたしは頬が熱くなっていくのを感じた。


 ここに番号を入れて、それからこちらに君の手をかざして、機械はぼそっとそういった。


 あたしはいわれるとおりにした。


 しばらく黙ってから機械はこういった。


 おかしいな、君は第二しょうにんしゃだ。第二しょうにんしゃの場合、第一しょうにんしゃの許可が必要なんだ。そこにいるかい?


 あたしはかぶりをふった。


 機械は、ふむ、とだけいった。


 しばらく機械からは何の返事もなかった。ただ、ぶーんという低い音が聞こえるばかりだった。あたしは着ている服の内側で体中が熱くなっていくのを感じた。首の後ろがちりちりして耐えられなくなってきた。不安が首をもたげて袖を引っぱった。あたしはしだいに後ずさりをはじめ、踵を返そうとした。


 君の口座には特別な設定がされている。ようやく機械がいった。


 あたしは動きをとめた。


 きんゆうこうざほう、だいさんびゃくきゅうじゅうごじょう、だいにこう、により、その場合は許可は免除されている。


 あたしはぽかんと口をあけ、機械のいったことを理解しようとした。


 機械はつづけた。


 しかしながら、こくさいせいしょうねんほごじょうやくのこっかかんひじゅんにより、はつれいされた、ほごきていにより、一定期間内に君に支払われる額には制限がある。


 そういうと機械は、こすれるような音とともに隙間から何かを吐きだした。


 このカードには最大限度の額が詰めこまれている。これでいいかい?


 返事はいらないと思ったのか、機械は、ぶん、という音とともに静まり返った。あたしは立ちつくしていた。街のざわめきが遠巻きにあたしを取りかこんでいた。


 背後で舌打ちする声が聞こえた。はっとしたあたしは、急いで黒い長方形をしたものをくぼみからとりはずし、機械が吐きだしたカードを受け皿の中からつかみとると、後ろで待っていた人に頭を下げて、その場を離れた。


 あたしは新しく手に入れたものをみつめていた。このカード(って機械はいっていたっけ?)は使えるのだろうか? 最大限度の額、っていっていたけど、いったい、いくらなの? 聞いておけばよかった。なんだかあたしはもう、緊張しすぎて、ふらふらだった。頭の中はもやもやもしていた。ただひとつはっきりしているのは、あたしは何か役に立ちそうなものを手に入れたということだった。試してみるだけのことはありそうだった。

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