第33話 事件、犯罪、隠蔽が起こる時の当事者の心境とは

今までのあらすじ

※二十三歳のグルメライターの沙奈は、楽しいこともある反面、この仕事を続けるべきか迷っていた。

 そんなある日、日英ハーフの紅茶の先生だという「月代先生」に会う。親切なのになぜか周囲から孤立している月代の、自宅兼ティールームの奥のドアには、ナイフで切りつけたような不可解な傷があった。

 説明のつかないとまどいを覚えていると、彼女から「李先生」の中国茶の試験を受けるようにすすめられる。

 「数時間、うちで簡単な試験を受けていただくだけだから、大丈夫よ」と、あとになって月代は言う。

 沙奈は日中ハーフの「りんちゃん」達と三人で、横浜の月代の自宅兼ティールームで、李先生の中国茶の試験を受けることになる。

 日中ハーフの「りんちゃん」の母親は「劉さん」といい、中国で、日本人男性と離婚したあとも、年上の日本人男性と見合い結婚をし、日本に戻ってきた女性だった。

第29話 景徳鎮の茶碗(上)【人が一線を越える時】試験の日

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894423195/episodes/1177354054922171561

 筆記試験のあと、実技の試験へ。試験が終わった。

 その後、月代は最初に約束した料金の約五倍の金額を、特別レッスン代として払え、と言い、断ると豹変ひょうへんした。「まるで、脅迫されているみたい……」と沙奈は泣く。(以下本文続き)

―――――――――――――――――――――――――

 それで私はどうしたかというと、大分悩み、苦しんだあと、月代先生が言ったままのお金を、振込で払ってしまったのである。


 変な、愚かな話だと思うだろうが、こういう件に関わらず、被害を与えられる側の人間、そして、被害を与える側の人間の心状というのは、どちらも正常な状態ではないのだ。だから被害、そして事件、犯罪というものが成立するのである。

 事件、犯罪の多くの加害者が、

「自分は悪いことなんかしていない。ましてや、犯罪なんかしていない」

 と言う。

 そして周辺の人間と、被害者までもが、

「あの人は――私は、不当に悪いことなんかされていない。犯罪なんかされていない」

 と言うことがある。


 だがそういう時、よく見ると、加害者は、

「私は正しいことをしているんだ」

 と言いつつも、なぜか、自分のしたこと、していることを隠したがる。


 また事前に、この人は餌食えじきにできそうな人間かどうか、見極めている。彼らが狙うのは、弱い人だけではない。本当はその人より強いかもしれないけれど、少なくとも今は逆らいにくい立場にある人、そして、無垢で優しい人である。


 被害、事件、犯罪が起こった時、周辺の人間は、突然に、特に被害者に対して無関心、もしくは見下す心理になりやすい。「これは悪いことでもないし、犯罪でも《ルビを入力…》ない」それでいて、加害者に気を許したり、本当に親しくなるのは避けようとする。自分が同じ目に遭いたくはないから、というのもあるだろう。

 被害者は、そう思いこまされる状況にたたされた時――つまり、事件と被害の隠蔽いんぺいが起こった時――それでも心のどこかで苦しみ続ける。

 ことが理不尽であればあるほど、自分が裏切られたり、利用されたり、それでいて悪者にされたり、そんな、踏みにじられた苦しみを簡単に忘れられる人間などいない。(続く)

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