第14話 封じる

 タケルがかなり遅い朝食を摂っていると、寝間着のままソファに座っていた母親が素っ頓狂な声をあげた。


「えぇ、またぁ? いやぁねぇ、どうなってんのよ。また自殺って」


 テレビの中でキャスターが、昨夜十四歳の少年が飛び降り自殺をしたと報じていた。


「もう四件目! 異常よ、これって。イジメかしら。ねえ、タケル、あんたのが通ってた頃どうだったの? ねえ、高校は大丈夫なの。イジメとかないの?」


 母親は、タケルに背を向けテレビに釘付けのまま聞いた。レポーターが喧々と喋りまくっている。

 菓子パンをかじりながら、タケルはしらけた顔で母親の後ろ姿を眺める。


「別に……」


――ここにいるあんたの息子は、いじめの被害者で加害者なんですけどぉ。まあ、そんな話、別に興味なんかねえんだろ……


「別にって何よ。ほんっと男の子って愛想なし。何にも話そうとしないんだから」


 大きくため息をついて、タケルは食べかけのパンをテーブルに放り投げた。そして、ぶつくさ言う母親を残して部屋を出ていく。


――母さんだって、オレのことなんか見てないじゃないか。興味ないから気づきもしないんだ……


 バタンとドアが閉まると、母親は両膝を抱えこんで、相変わらずけたたましいテレビをぼんやり見ていた。





 昼過ぎ、タケルは昨日のファストフード店の前に立っていた。中で待つつもりだったが、生憎満席でレジも行列になっていたため、仕方なく外に立っている。

 ジリジリと暑い日差しが肌を焼く。今日も雲ひとつない晴天だった。

 日陰もなくうんざりしたが、こんな所にあかりを待たせなくてよかったと思う。

 昨日初めて話たのに、誰よりもあかりと親しいような気がして不思議な気分だった。人に言えない不思議な秘密を共有してしまったからだろうか。仲間意識のようなものだろうか。


 しばらくして私服姿のあかりがやってくると、タケルはなんだか急に照れくさくなった。手を振られて、思わず目を逸らしてしまう。

 あかりはTシャツにジーンズ、ボストンバックを持ったラフなスタイルだった。結構胸が大きいことに、今気がついた。首と腰が細いからそう見えるのかもしれないが、なんだかTシャツが窮屈そうだ。と、ここまで考えて、慌てて小さく頭を振る。何考えてるんだ、そんな場合じゃないのにと。

 女の子と待ち合わせをしたのはこれが初めてだと思い当たると、急に耳が熱くなってきた。


「よ、よお。瀧本」

「どう? 夕べは眠れた?」

「前の晩よりはね。トキはもう一度ハクのテリトリーを調べてくるってさ」


 聞かれてもいないことまで答えて、何のためにあかりと会っているのかを自分の中で反芻した。

 混雑した店に入るのは諦めて、二人は歩きながら話した。


「トキがいてくれて心強いわね。どんな力があるのか良くわからないけど、味方になってくれるのは心強いよね。……結界のこととか気にしてくれてるみたいだし、トキの報告が悪い知らせじゃないことを祈るわ」


 随分と信頼したものだ。

 タケルは少し癪に触った。


「あてにし過ぎるとダメらしいぜ」


 トキの言葉を繰り返し、落ちていた空き缶を蹴飛ばした。

 派手な音をたてて転がっていく。

 それは困ったわねといった表情を作って、あかりは肩をすくめた。


「あいつ、死んだわけじゃないんだろう?」

「ええ、動けなくなっているだけ。自分であの鎖をとくこはできないと思うけど、死ぬことはないんじゃないかな」


 あかりの首に銀のネックレスが揺れている。

 タケルもあの腕輪をつけていた。


「あのまま放ってはおけないか……。誰かが知らずに鎖を外したら、あいつはまた自由になって……」

「そういうこと。早めに移動させたほうがいいわ」

「なんで移動? どこに?」


 タケルは一刻もはやく何とかしてハクを消滅させたいと思っていたのに、わざわざ移動させるとは何故だろうと、首をひねってあかりの顔を覗き込んだ。

 あかりも首をかしげて、タケルを見つめ返す。


「私の家よ。昨日言ったでしょ、古い祠があるの。もともとそこにいたんだから、もう一度閉じ込めなおしましょう。封印するの。アイツを消してしまうなんて、できる気がしないの」

「ああ、そういうこと。……庭に祠があるって、なんかすげーなお前んち」

「旧家なの。昔は、それなりの家柄っていうか、由緒正しきってやつだったみたいだけど、今じゃすっかり落ちぶれて見る影もないわ。おばあちゃんと二人暮しでね、おじいさんの僅かな遺産で、なんとか食いつないでるのよ」


 あかりはあっさりと答えた。

 ハクに関して考えが至らず、ごまかし半分で家のことを聞いただけだったのだが、なんだかまずいことを聞いてしまったような気分になった。

 彼女は、どんな事実も事実としてポンと軽く話す傾向があるようだ。飾った所でしょうがないでしょというように。


「んん、いやまあ、その案で行くとして。お前んちまで……アレを抱えていくのか?」


 想像するだけで気分が悪い。まさか、あかりに持っていってくれなんて言えなし、ここはやはり自分の役目だろうとは思うのだが。

 あかりがくすりと笑った。


「神崎くんがそうしたいなら、どうぞ。多分アイツは昨日よりもずっと小さくなっているはずよ。だからこの中に入れていけばいいわ」


 あかりはボストンバッグの口を開いてみせた。中には、これでもかと銀製品が入っていた。

 タケルはちょっとムっとした。


「……先に言えよ」


 それでも、タケルは胸のつかえが少し軽くなっているのを感じた。

 あかりが昨日声をかけてくれて、本当によかったと思う。自分一人だったら、今頃どうなっていたことか。

 久しぶりに安らいだ気持ちになった。ジリジリと暑い日差しでさえ心地良く感じる。


 前から、自転車に乗った中学生のグループがやってきた。


「明日、小遣い、いくら持ってく?」

「たこ焼き喰いたいー」

「おれ、かき氷!」


 楽しそうにケラケラ笑いながら二人の横を通り過ぎた。駅の方に向かっているようだ。最初にハクを見たあの商店街のアーケードがある。

 二人はちらりと見送ったあと、また歩いてゆく。一歩ごとにハクに近づいていると思うと、タケルは緊張してきた。


「そう言えば、駅前のアーケードでなんかイベントやるんだっけなあ」


 いつのまにか力が入っていた肩を、グッとすぼめてストンと落とす。

 落ち着いて見えるあかりが、ちょっと妬ましい。


「ええ、十周年記念フェスティバルですって」

「それ明日だろ、さっきの中坊たち気ぃ早ええな」

「いいじゃない楽しそうで。神崎くんも、いきたい?」

「別に……」


 少し赤くなってぶっきらぼう答えた。

 あかりの声が、冷やかしているように聞こえたせいだ。


 それからは黙々と歩いた。

 あかりは暑いとか文句など言わなかったが、額に汗が光り頬も火照っていて少し辛そうだった。

 タケルは目についた自販機で冷たい缶コーヒーを二本買ってくると、一本をあかりに投げる。二人は街路樹の影に入り黙って飲んだ。これからやる大仕事の前に鋭気を養う、そんな感じだった。


「なあ、一つ質問させてくれよ」


 ハクのところに行く前にどうしても聞いておきたかった。


「なんでオレを助けくれたんだ? 銀の腕輪くれたし。それに封じる方法だってとっくに思いついてたんだろうに、なんで放っておくいたんだよ。……封じたら、お前の寿命取り戻せるか? あれ、三つだった」


 あかりは目を逸らした。


「本当、どうなのかしらね。……よく解らないわ」


 答えられないのか、答えたくないのか。

 全てを正直に話さなければならない義務などないのだし、別に構わなかった。でも、寿命を取り戻せると言って欲しかった。

 なんだか、自分の為だけにあかりを利用しているようで後ろめたくなる。


「まぁ、いいか。まずはヤツを祠に閉じ込めないとな。そんじゃ、行くか」

「……ええ」


 あかりはぎこちなく微笑んだ。

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