めでたしめでたし

 「あなた…」

 桔梗は部屋という部屋を見て回った。外を見ると闇が広がり月が浮かんでいる。

 「桔梗様。見つかりましたか?」

 外出のお供をしていた女中が尋ねる。

 「いいえ…。どこかに隠れているかも…長箱の中も確かめるよう皆に伝えてちょうだい。」

 「はい。」

 召使は返事すると駆け出して行った。

 桔梗が屋敷に戻ると召使に夫を呼ぶよう言いつけた。炭焼き長者の話を知らない女中に聞かせるためだ。ところが召使が戻ってくると夫が見当たらないと言うのだ。仕方なく屋敷中を召使たちと共に探し回るが時間だけが過ぎて行った。

 もう一度、部屋の中を見回した。隠れそうな所は見当たらない。蔵の鍵を開けて見てみようかと思った時、奥の間を思い出した。彼女はあそこはまだ見ていない。召使たちも普段勝手に入らないようにしているため、誰も確かめに行ってはいないかもしれない。

 桔梗は奥のまで進んだ。襖を見ると少し開いている。

 やっぱりそうだと襖に手を添えて少しずつ開けた。

 中は暗く最初は何も言えなかったが少しずつ目が慣れ始めた。中を見回した。

 「あなた…きゃあああああ」

 甲高い悲鳴が響いた。

 桔梗は力が抜け尻餅をついた。

 目の前に彼女の夫の足がぶら下がっていた。

 彼の首にかかった縄は梁に結びついている。手足はだらしなく床に向かって伸び切っている。足の下には夫が大事にしている漆塗りの箱が倒れていた。

 踏み台にして強く蹴飛ばしたのか蓋は外れ、ひびが入り梅の模様に黒い切込みを入れていた。



 朧雲が流れて月を隠すように覆いかぶさった。月の光が雲の隙間からまだらに差し込む。

 その下に藤吉はぽつんと立っていた。

 煤まみれの風呂焚き小僧の格好はしていない。顔は綺麗で狩衣を身に着けている。早瀬姫に仕える時の格好だ。

 藤吉は屋敷を見つめていると中から誰か出てくるのを見つけた。土で汚れた着物に煤だらけの顔。小太郎だ。

 「もういいのですか?」

 藤吉が尋ねると小太郎は小さく頷く。

 「あいつ…俺を見るのが耐えられないのか自ら首を吊りやがった。それまで『許してくれ…』って念仏みたいに唱え続けてさ…」

 「そうですか…奴の望み通りに奴一人だけに罰を与えたのですが…案の定、奴はそれも嫌がったようですね…」

 冷たい風が吹く。枯れた草木が揺れる。

 「炭焼きの村へまたいきますか?」

 「ああ…頼む…」

 


 昔炭焼きが住んでいたという村には今は誰もいない。村人が住んでいた家は跡形も無く草木が生えている。炭焼き窯は蔓と雑草だらけで使い物にはならなくなった。ただ、若い男の幽霊がいつまでも暮らしていると云う。その男はたまに川へ行っては花を流しているんだとさ。めでたしめでたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

語られる 炭焼長者の事件 桐生文香 @kiryuhumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ