第四章 本当の炭焼長者の話 3

 「姫様はな。銭も宝も小太郎様に与えたんだ。弥次郎、あんたに与えた覚えは無い。」

 弥次郎は顔を震わせ怯え切っている。藤吉はその姿を冷たく見つめた。

 「小太郎様はあんたに裏切られた。銭を隠したのはお前の家だった。使ってもいいとも小太郎様は言った。それなのに…お前ときたら…」

 「待ってくれ…出来心だったんだ…」

 弥次郎は慌てて言い訳をする。

 「ほんの出来心で…小太郎の振りをしてしまったんだ…。桔梗がまさか権助さんの知り合いとは思わなくて…。その後も話を聞きたいって権助さんを通して掛け合ってくるとも思わなかったんだ…。だから…小太郎の振りを続けなくてはならない目に…」

 「その流れのどっかで本当は弥次郎だって謝れば良かったんじゃないのか。というか始めから正直に弥次郎ですって言えば小太郎様に成りすます必要は無かっただろうに。」

 「しかし、桔梗は石原長者の…」

 「そのお嬢様はあんたが長者じゃないと嫌だと言ったわけじゃないだろ。」

 藤吉は冷ややかに言う。

 「『ただの炭焼きでは釣り合わない』これはあんただけが勝手に言っているだけの言葉だ。ところで、これから本当の事を誰かに言うか?」

 藤吉の冷たい眼差しが弥次郎に向けられる。


 「それは…出来ない。儂の事が世間に知られたら…後ろ指を指される。そしたら…桔梗が可哀そうだ。」

 「可哀そうだって…」

 弥次郎は妻を思いやる夫としての優しさを見せつけようとしている。自身の行動が原因だというのに。藤吉はその姿に呆れを感じた。

 藤吉は弥次郎が長者となって手に入れた屋敷と庭を見渡した。

 「消すしかないか…」

 「消すとは一体…」

 「この屋敷も何もかも消し去って何も無い土地に戻すんだよ。私が仕える姫様の御力があれば出来るんだ。」

 弥次郎は食い下がった。

 「やめてくれ…儂だけじゃなく桔梗や召使もこの家に住んでいるんだ。もうすぐ桔梗が帰ってくる。その時屋敷が無くなっていたら…」

 「元はと言えばあんたの嘘が原因なんだろ。誰にも本当の事を知られずに財産を失わずに生き続けたいって言うのか?」

 藤吉は蔑みながら弥次郎を見た。弥次郎はこくりと頷く。

 「家屋敷のために言ってるんじゃない…。悪いのは儂だけなのだから儂一人に罰を与えればよかろうに…。何も関係の無い者も巻き込まんでも…桔梗たちにはひどい事はしないでくれ…」

 老人は悲壮を含ませて訴え続ける。

 はっきり言って保身のための言い訳にしか聞こえなかった。

 妻のためと言っても桔梗は元々富豪の生まれで身内も知人も有力者ばかりだ。彼らの手助けにより野垂れ死ぬことは無いだろう。そもそも、こちらでは妻や召使たちに危害を加える気は無いというのに。

 しかし藤吉は老人の要求を呑み込んだという体で答えた。

 「そうだな…小太郎様に与えた褒美だけれども…その小太郎様の住む屋敷でもあることだし…」

 藤吉は弥次郎の落とした肩にぽんと優しく叩いた。


 「小太郎の…」


  変に思い弥次郎が顔を上げると一気に青ざめた。

 「小太郎…」

 小太郎が今目の前に立っている。

 格好は彼を殺した時と変わらない。煤だらけの顔でじっと恨めしく弥次郎の顔を見つめている。

 「あんたは自分にだけ罰を与えればいいって言うんだろ。そうしてもらう。小太郎様の姿が見えるようにしたからな。他の者には見えないから心配するな。」

 藤吉は笑いながら言う。

 「小太郎様はな…あんたを探してさまよっていたんだ。今無事に屋敷にお着きになられた所だ。」

 弥次郎は藤吉が『またもう一人来る』と言った事を思い出した。


 風が吹いた。藤吉の姿はあっと言う間に紙人形となった。ひらひらと舞うように風に飛ばされ屋敷の塀を越えて行った。


 弥次郎は目の前の奇異に口をぽかんと開けた。

 そして小太郎に視線を戻した。

 小太郎は体をふらつかせながらゆっくりと近づいてくる。

 「許してくれ…小太郎…」

 必死に叫ぶも小太郎は歩みを止めようとはしない。

 「来ないでくれ…うわああ…」

 弥次郎は悲鳴を上げながら屋敷の奥へ駆け込んだ。

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