第四章 本当の炭焼長者の話 2

 「間に合うか…」

 弥次郎は息を切らせていた。小太郎が出掛けた川まであと少しだ。

 先程見た吾平は何か様子がおかしかった。乱暴なのはいつもの事だとして何か企んでいるような雰囲気を感じた。それに彼が毛嫌っている小太郎の手伝いをしに行く事に違和感がした。

 ようやく川が見え始めた。小太郎と吾平の頭が見える。ここに来る途中、身なりの良い娘がつまずいたのを助けたら時間を食ってしまった。

吾平が小太郎の後ろに近づく。

(大変だ。)

 弥次郎は息を呑んだ。

 しかし、すんでのところで小太郎が振り返った。どうやら川に吾平の姿が映っていたいたらしい。弥次郎はほっと肩をなでおろした。その時、二人が言い争いながら村へ帰ろうとしていた。

(やばい…早く帰らないと…)

 弥次郎は帰りを急ぎ駆けて行った。

 もし、吾平に見つかれば何故ここにいるのか問われるだろう。正直に彼を疑っていたと言えば何をされるか分からない。

(小太郎は助かったんだし…何も見なかったことにしよう…)

 


 「それでは失礼します。とても面白いお話でした。またお会いできるといいですね。小太郎さん。」

 桔梗は家路にと帰って行った。弥次郎は彼女の後姿をぼうっと見惚れてしまった。市場で人が行きかう中、一人だけ案山子のように立ち往生した。

 桔梗と話していると楽しい気持ちになっていた。彼女の笑みに安心感を覚えた。

 「石原長者か…」

 桔梗は名のある富豪の娘。自分はただの炭焼き。思わずため息がこぼれる。

 名を問われ、勢いで小太郎と言ってしまった。

 (小太郎の振りを続けるか…でも、ばれるだろうな…権助さんと知り合いみたいだし…何よりも本物がいる限りは…)



 吾平の笑みに弥次郎は気づいた。

 今、権助の『火』『炎みたいに』に吾平が反応を示した。

 (吾平の奴、今度は燃やす気か…)

 「俺、用があるから」

  吾平はそれだけ言い残し、足音を立てドスドスと家に帰って行った。

  権助はそれを眺めると残った弥次郎と小太郎に話しかけた。

 「そうだ。石原長者のお嬢さん。覚えてるか?」

 「えっ。市場の…」

 おもむろに聞かれ弥次郎は驚いた。

 「石原長者?田や畑をたくさん持っているって人だよな…そこのお嬢さんの話…聞いたことないけど…」

 小太郎が首をかしげて不思議そうに言う。

 弥次郎ははっとした。

 「えっお前さん。どっかで桔梗様に会ったんじゃなかったのか?」

 「桔梗様…?それがお嬢さんの名前なのか?俺は会ったことないぞ。」

 権助に言われても小太郎は覚えが無いと言い張る。

 権助は弥次郎を見た。

 「お前は市場で会っていたよな。桔梗様が『炭焼きの村まで言付けをお願いします。また小太郎さんに話を聞きたいのですが』って言われて。俺てっきり小太郎にも会っていたのかと思って『承知しました。』って言っちまったんだけど…」

 弥次郎は慌てて言った。

 「俺が小太郎の話をしたんだ。そしたら、その話を気に入られて…。また聞きたくなったんだろう…」

 「でも…『小太郎さんに』って」

 権助は首をかしげたままだ。

 「もしかしてさ…権助さんが聞き間違えたんじゃねえのか。『俺の話を聞きたい』を『俺に話を聞きたい』って」

 「そうかもな…」

 小太郎が言うと権助は勝手に納得し始めた。

 弥次郎は二人の様子に一瞬の安堵を覚えた。

 (あの人…また俺に話を聞きたいのか…でも…小太郎と権助さんがいる限りはいつか本当の事がばれてしまうかも…それに吾平も…俺を知る奴がいる限りは…)



 炎が立ち上がる。弥次郎は何もせずに見つめた。

 小太郎と吾平は家の中だ。もう助からないだろう。断末魔の声が家の中から聞こえてきた。小太郎は竈の中に銭を隠してはいない。本当は自分の家にある。彼に警戒されていなかった弥次郎は知っていた。

 ふと後ろから聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

 「弥次郎…」

 その声に心臓を締め付けられるような感覚に襲われた。ゆっくりと後ろを振り返る。 

 「小太郎…」

 小太郎はふらつきながら立っている。力尽きたのか地面に倒れた。着物は土まみれで顔は煤で汚れている。

 「煙吸っちまった。せっかく抜け穴から逃げてきたっていうのに…」

 「抜け穴…?」

 「ああ…前からこっそり抜け穴を掘り続けていたんだ。それより手貸してくれ。動けないんだ…」

 弥次郎は小太郎を見下ろす。

 「弥次郎…」

 小太郎が怪訝を覚えた途端。弥次郎は小太郎の首を両手で絞めた。小太郎は驚き弥次郎の手を引っかき暴れる。弥次郎は手を離すことはなかった。小太郎が動かなくなるまで首を絞め続けた。



 日が昇り始めた。うっすらとした光が村に差し込む。

 弥次郎は小太郎の躯を片付け息を切らせていた。

 焼け跡に崩れた柱と壁が散らばっている。異様に臭い物体を見つけると思わず目をそらした。吾平の躯だ。弥次郎は反吐が出そうになった。

 気分が悪くなる中、目を反らした先に何か四角い物が見えた。

 梅の模様が見えた。

 小太郎が姫様から頂いたという箱だ。何故だか燃えずに残っている。箱一面に満開の梅が咲いている。美しい梅を見ると弥次郎は自分の物にしてみたくなった。



 山を降りて夜道を駆けると、目的の人物を見つけることが出来た。

 平地には弥次郎の住む集落とは別の集落が広がっている。

 その集落から離れた寂しい場所に小川に橋が架かっている。そこを一人の人物が渡っている。 

 「あれ?弥次郎じゃないか。」

 権助は橋の上から驚きながら声を掛けた。

 「実は石原長者のお嬢さんについて相談したいことがあって…それより酒飲まないか?」

 弥次郎は酒の入った瓢箪をぶら下げて見せて橋まで近づいた。月明かりに瓢箪の滑らかさが照らされる。

 「しっかし…こんな夜中に何があるんだ?まあいいや、いただこうか。」

 権助は訝しく思いながら酒に釣られるように歩み寄った。そして瓢箪を手にするとごくごくと飲み始めた。

 「ぷは…美味いじゃないか。」

 「もっと飲んでもいいぞ。権助さんに頼みたいことがあるし…」

 「頼み…どんな事をだ?桔梗様とまた会う約束の返事ならもう取り付けたぞ。今度お屋敷を尋ねますって返事も伝えた。それよりもう一杯。」

 「ああ」 

 弥次郎は黙って権助の飲みっぷりを眺めた。

 そして彼の体中に酔いが回る頃、彼の体を小川に向かって押し出した。



 弥次郎は茫然と口を開けた。白髪交じりの髪が風になびく。

 「どうだ思い出したか。」

 藤吉の乾いた声だけが聞こえてくる。

 「そして家に隠していた銭も宝もそのまま自分の物にした。こうして長者になったあんたは炭焼き長者として石原長者の娘と祝言を挙げた。」


 

 

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