限られたいのちのなかで

読後の感動を覚えたまま、このレビューを書いています。
とてつもない物語でした。これこそが「スケール」なのだと思いました。私も小説を書くのですが、物語の全体像を考えるさいにはお話に「スケール」をもたせることを意識しています。なぜなら、読後の余韻が全然違ってくるからです。このお話「ニライカナイの童達」は読者に遙かなる世界を与えてくれると断言できます。

ニライカナイというのは神の棲む国のことです。童達とは、この物語の主人公ユルとヒロインククルのこと。二人に血の繋がりはありませんが、ある目的のもと「兄妹」になります。ククルが強大な神力をユルに与え、ユルはその力を使って魔物を討伐することができます。
物語はこの二人が、「兄妹になった」という報告を有力者たちに対して行うところから始まります。私は読み始めて、この物語を冒険譚であると感じました。二人は多くの危難に遭いながらも、ときには機転をきかせ、ときには魅力的なサブキャラクターたちに助けられながら様々な謎のかなめに迫っていくのです。なぜユルが兄になったか。ククルの本来の兄はどうして死ななければならなかったのか。そしてユルの目的は何か。当初は、読み終わりにレビューを書くさい、そのタイトルはきっと「冒険」になると思っていました。一つ一つの危難をうまく構想しているなぁ。さすがは実力のあるストーリーテラーだと。

しかしこの物語は第一部と第二部でその様相を大きく変えてきます。もう、世界そのものが変わります。他作品の例で申し訳ないのですが、映画「ライフイズビューティフル」やアニメ「凪のあすから」のように。これまで「ニライカナイの童達」に対して抱いていたイメージがひっくり返されたのです。これは驚きの読書体験でした。
第一部が「自分たちの存在の謎をあばく」という物語であるとすれば、第二部は「ユルとククル」二人にフォーカスした展開になります。二人が自分の未来をどう描き、どういう生き方をしようと決めるのか。第一部の二人はまだ幼さを残しており、物事の捉え方や行動が単純です(いえそれがまた魅力でもあるのですが)。一方で第二部の二人はいくつもの要素を頭に入れながら、自分たちの最適解を導きだそうと動くのです。このキャラクターの成長、というか対比。ここの書き分けには作者の才能を感じることができます。作者のなかに、「点としてのユル・ククル」ではなく、「線で進行していくユル・ククル」が確立されているのですね。だからなんだろう、われわれは第一部の冒険譚で彼らの立ち位置を理解し、第二部の成長で彼らの未来を頭に描こうとする。これって、ものすごく気持ちのいい読書体験だと思います。
じっさい私はページを繰る手が止まりませんでした。いつも通勤電車のなかで楽しんでいたのですが、気づいたら目的の駅に着いてガッカリということがよくあったのです。これって、作者の力量によるものなのだろうなぁと思うのです。ほら、よく「起承転結」というではありませんか。あのなかでもっとも重要なのは、個人的には「承」だと思っているんです。この「承」というのはキャラとしっかり向き合えるパート。そして、キャラと一緒に笑い、悩むパートだと考えているのです。もちろんそういった要素を「転」や「結」に求めることもできます。しかし承は転や結に比べて、どうしてもだらけてしまう。このパートでいかにキャラと読者を併走させるか。ここがストーリーの肝要点の一つだと思うわけです。飛び道具(シナリオに関係ない話)なしで、ただシンプルにキャラと結末に向かって歩かせてくれた本作は「承」において大成功をおさめていると言えるでしょう。それはすなわち、転と結の大成功を意味します。ぶっちゃけた話、転に入ってからは私、周りの風景なんて見えていなかった。音も聞こえなかった。ただ目の前に、ユルとククルの二人がいただけなんです。

さて、このユルとククルですが。まったくの超人というわけではありません。われわれと同じく限りあるいのちを意識しながら生きる二人です。彼らは作中で、けして短くはない時間を送ります。だけどその間、ユルにもククルにも「決定打」が欠けているのです。だけどその決定打に至ったとき、二人は時間が過ぎ去ってしまったということを感じます。新しい風景、新しい人間関係に囲まれて、まるで羅針盤を持たず中海を泳ぐように生きてきた二人。なにをすべきか、過去への思いをどう扱うべきか、自分の方向性だけで精いっぱいだったところもあります。だけど運命を思い出したとき、二人は「時間が過ぎた」ということを痛烈に感じるのです。
私たちにもありませんか。学生時代ああしていればよかった。あのときあの人に、こういう言葉をかけたかった。だけど時間は過ぎてしまい、今の自分だけがここにいる。あのどうしようもない、こころを掻きむしられるような一方通行。ユルとクルルは、自分たちが有限のなかに生きていることを知るのです。私はこの部分を、作者が忍ばせたテーマの一つなのではないかと思っています。このお話のスケールがめちゃくちゃに大きいからこそ、あらためて一人の人間(人間? んん?)に立ち返ったとき、その対比で「今」のたいせつさを知るに至るわけです。こういう、スケールと「今」を同時に描けている作品っておうおうにして名作なんですよ。本作はもちろん、名作です。お世辞でもなんでもなくね。

なんかいろいろと評論家じみたことを書いた自分に辟易したりするのですが、個人的には弓削さん推しだったなぁー。これまた他作品を例に出して恐縮なのですが、めぞん一刻の三鷹さんみたいな。ああいう優しい系のイケメンキャラ、大好きなんですよ。最初は「ラスボス、じつは弓削さんじゃね?」と疑ってしまったくらいに優しかったです(笑)
あなたもきっとお気に入りのキャラが見つかるはずです。
ユルとククルと一緒に、悠久の旅へ。そして、「今」に還っていく物語を歩いてみませんか。

ちなみに私はラストシーンで泣きましたよ! まじでね!!
はずいからレビューの末までとっておいた事実だけどね!
マムシン!!!

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