4 守るために

「……つつむ光

 優しいおもかげを残して


 いつか叶うきっと 見つめてごらん

 愛はいつも……」




 魔法の光の向こう側にフィオの姿。影と対峙して、風に守られながらわたしに影が近づかないようにしてくれている。

 フィオだって、下手をすれば影に引っ張られてしまうかもしれないのに。そんな危険を冒してまで、わたしを助けようとしてくれてるんだ。

 フィオのためにも、頑張らなきゃ。


 わたしの歌で、魔法であの人を助けよう。あの絶望という言葉でも生ぬるいくらいの苦しみを終わらせてあげよう。

 あの人だって、わたしと繋がったことでわたしに救いを求めて狙ってくるんだ。だからそれを叶えてあげなきゃ。

 どうか、上手く行きますように!

 そう祈るような気持ちで魔法を放とうとした時だった。


 鋭く風を切る音が耳元でした。それが何か理解する間も無く、何かがフィオの方へと飛んで行ったのが見えた。

 危ないと叫ぶ間もなかった。それでもさすがはフィオ、後ろに軽く視線を送っただけで、その何かは風に叩き落とされて地面に落ちる。


 あれは、短剣ダガー!?


 もしかしてと振り返った視界に最初に入ったのは、シンディーだった。わたしがふり返り切らないうちに、手に握っていたもう一本の短剣を放つ。

 それはまた風を切ってフィオへと飛んだ。


「フィオ!」


 思わず叫んでしまって、魔法の光が消える。風で難なく短剣を弾いたフィオの、鋭い視線が飛んだ。

 でもそれも一瞬で、フィオの視線はすぐに影に戻る。


「リリア!」

「みんな!!」


 ジュンが、シーナが、シンディーが、そしてユウタが。

 次々にわたしを追い越し、背に庇うように立ちふさがる。


 フィオが走ってる時に「あいつら」と言っていたのは、やっぱりみんなのことだったんだ。みんなが追って来てるのを精霊魔法で知って、思わず口にしちゃったんだろう。

 風で足止めしなかったのは、影に全力を使うつもりだったからだろうか。それとも、精霊魔法を同時に発動させるのが難しいのかもしれないな。

 わたしにはよくわからないけど、きっと何か理由があるんだろう。わたしなんて、魔法の発動でさえやっとなのに、あっちとこっちで同時に発動とかできる気がしない。


「リリア! 良かった、無事だったんだね……! あたしもう、ほんとにどうしようかと……」


 側に寄って声をかけてくれたシンディーを抱きしめたい衝動に駆られたけど、今はそれどころじゃない。

 みんなフィオのこと絶対勘違いしてるし、影を早くなんとかしなきゃだし。そうだ、そっちが終わってからでも再会は喜べる!

 歌わなきゃ!


「ユウタ、お願いがあるの、一緒に————」


 歌って欲しい。そう続くはすだった声は、突然よろめいて膝を折ったフィオの姿に驚いてかき消える。そのまま、フィオは苦しそうに背中を上下させ始めた。

 え、なに、なにがフィオに起こったの!?


 影の姿が揺らいだ。風が吹き、その姿をフィオから遠ざけようとする。それでも、フィオ本人が苦しいからか、今までの勢いがない。

 え、まずい、フィオが危ない。ううん、わたしたちもだ。

 影が風に押される。その姿が揺らめき、膨らんだ。

 その瞬間に、痣が鋭く痛んだ。その痛みと共に影の意思というか、どす黒いものがこちらへ向いたのがなぜだかわかった。来る!!


 弾け飛ぶように影が霧散した。風の間を縫うようにして、黒い霧がこちらへ向かって押し寄せて来る。

 わたしが引っ張られた時と同じだ。このままじゃみんなまで巻き添えになっちゃう!!


 慌ててみんなの前に出ようとして、身体ごとユウタに抱き止められた。

 離してと頼む暇もなく、影が視界に広がり——でも、それはわたしたちには届かなかった。


 突如、突風が吹いてわたしたちと影の間の空間が歪んだ。そこから真っ白な風の壁が吹き上がり、影を弾く。そしてそのまま、その白い壁が影を押しつぶすように飲み込んで行くのが見えたその瞬間。


「——ッアアァァァ!!」


 右腕を切り刻まれるような激しい痛みが脳天を突き抜けた。喉からあふれた悲鳴は、自分のものじゃないみたいに遠い。

 あまりの痛みに全身から冷や汗が吹き出す。まるで切り刻まれて自分がバラバラになって行くような感覚が全身を襲った。ユウタの声がしているけど聞き取れない。


 痛い、怖い、わたしここで死ぬの? 

 死ぬんなら早く終わって、痛い!! 痛い!! 痛いッ!!


「リリア、しっかりしろ!!」

「ユウタ……」


 徐々に痛みが引いて行く。バラバラになったように思った身体も、繋がってる。その身体をユウタが支えてくれていた。

 わたし、みんなに会いたかった。ユウタの歌で近くにいるってわかった時も、再会できた時も心から嬉しかった。


 でも今、みんなと一緒に影と対峙してわかった。

 こんな痛みを、ううん、もっともっと酷い死んだほうがマシって思うくらいの苦痛を受けるかもしれないことに、わたしはみんなを巻き込もうとしてる。

 わたしが心細いってだけで、みんなの命を危険に晒すなんてしちゃいけないんだ!


「影は!?」


 影の姿は、ずっと向こう側にあった。フィオが膝をついている場所よりも向こう側、穴のすぐ側だ。

 そこをよろよろと、穴へと向かって歩いている。その姿はまるで、怪我でもしているかのように揺れている。

 ううん、怪我をしたんだ。きっとフィオは、わたしたちを守るために影に攻撃をした。だから、わたしにも痛みが来たんだ。影と繋がっているから。

 そうなるとわかってて、それでもそうするしかなかったんだろう。


 フィオはまだ苦しそうにしている。

 どうして……。


 影が穴へとたどり着いた。人型が崩れるようにして、その穴の中へ影が吸い込まれて行く。

 ああ、待って。わたしはあなたを助けなきゃいけないのに。わたしが生きるためにも。

 それなのに。


「ユウタ離して」


 ユウタの腕を押しのける。痣が酷く痛んだけれど、足を前に出した。

 みんなを巻き込みたくない。

 痛かった、あんな痛い思いをみんなにさせたくない。死ぬかもしれない呪いなんて受けさせたくない。

 わたしはなにも知らなかった。だからこんな呪いを受けちゃって、それはもうどうしようもない。

 でも今わたしは、少なくとも影について知っている。だから。


「リリア、どうしたんだよ!?」

「来ないで、みんな来ないで!! お願い!!」


 フィオの方へと歩く。こちらに視線を向けたフィオが、顔を歪めながら立ち上がった。

 荒い息をしている。


「リリア!! あの、あれはなんなの!?」


 珍しく焦ったようなシーナの声。あれというのは、きっとあの穴のこととか、影のこととかなんだろうけど。

 今それを話したら、みんなわたしのために協力するって言うに決まってる。


 フィオが正しかったんだ。みんなを遠ざけるのは、守るためだ。脅してでも、多少苦しい目に合わせてでも、守ろうとしてくれてたんだ。

 魔物も抑えてくれて逃げ道を用意してまで。


「おいリリア」


 左手をつかんだユウタの手をふり払う。


「付いて来ないでって、言ってるでしょ!!」


 叫んだわたしの声に驚いたユウタの動きが一瞬だけ止まった。その胸に思いっきり体当たりすると、ユウタはあっけなくバランスを崩して尻餅をつく。きっと、わたしがそんなことをするなんて思ってなかったんだ。

 心の中でユウタに謝って踵を返す。


 わたしは、あの人を助けなくちゃ自分も助からない。

 多分時空の狭間に行かなくちゃいけないんだ。フィオと一緒に、影を追って。


 走り出したわたしの背をジュンの声が追う。でも、ふり返っている余裕はない。

 風が吹く。背中を押す。それはきっとフィオの意思だ。

 苦しそう。それでもふらふらしながらフィオは穴の近くまで移動した。それが、わたしの考えが間違ってなかったことを証明する。

 あの穴の中へ飛び込むんだ。


 フィオの手がわたしへ向かって差し出される。その手をつかもうと腕を伸ばそうとして、それは後ろから誰かにつかまれた。

 大きな手。これは、ジュンだ。

 それでも前へ出ようとした足は、腰に飛びつくようにして回された細い腕の重みで出すことが出来なかった。


「リリア!!」

「シンディー! やめて、放して!」


 身をよじる。厳しく冷たいフィオの瞳と目が合った。その額には、大粒の汗が吹き出している。

 風が吹いた。そして、シンディーの悲鳴。その手が離れ、ジュンの手もなにかに驚いたように放される。

 ふり返ると地面に転がるシンディーとジュンが見えた。それでも、二人はすぐに身を起こす。

 その向こう側には、ユウタに手を引かれながら走ってくるシーナ。


「みんな来ないでよ!!」


 叫んで目をそらした。フィオに駆け寄ってその手をにぎる。


「フィオ!」

「ちきしょうくそったれが……」


 穴へと一歩踏み出したフィオの身体が傾いだ。それを支えようとして支えきれずに、穴へ向かって前のめりに倒れかける。

 そのわたしを抱きとめるように骨ばった手が横から差し出された。


「ファルニア!」

「ユウタ!」


 なんであんたは、いつもいつもそうやってわたしの心配ばっかりしてるのよ! わたしだって、ユウタになにかあったらって心配するんだよ!

 みんなになにかあったら嫌だよ! 絶対に嫌! それなのに!!


 誰かの手がわたしをつかむ。声がする。でももうどれが誰の手なのか、声なのかよくわからなかった。

 耳元でうるさい雑音が響いて、聞き取れない。

 風が巻き上がり、景色をぼかして行く。それと同時に、前のめりになっていた身体の感覚がすっと消えた。

 視界が白く染まる。


 待って、どうなってるの!?

 みんなは、フィオはどうなったの!?


 でもそう思えた時間は短かった。頭に霞がかかったように意識が遠くなって行く。

 そして————……。





 挿入歌「LOVE SONG」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892578570






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