3 真意

 遠回りになってしまったから急ぐ。そう言ったフィオは、早足でずんずん進んで行く。遅れないようにと思うけれど、徐々に遅れちゃうもんだから、時々小走りしながらフィオの背を追った。

 小走りになると、腕にその振動が伝わってずきずきする。


「フィオ、みんなを解放してくれたの?」

「ああ、今頃自由になってる」

「本当に?」

「ああ」

「本当よね?」


 信じていいのかわからない。みんなが自由になったとこ、わたし見てないもん!

 フィオは珍しく苛々した感じで、わたしをふり返って睨んだ。


「うるさい。あいつらを殺して俺に何か得があるのか? 身ぐるみ剥がすならあそこで仕留めてる」

「そ、そう……だね」


 じゃあ、フィオはみんなを自由にしてくれたんだ。やっぱり、根っから悪い人じゃないんだな、きっと。


「みんな、外へ向かってる? ねえ、フィオの精霊魔法でわからない?」


 影の場所がわかってるくらいだもの。それくらいできるんじゃないかな。


「それをお前に教えてどうなる。お前が餌になるという結果は変わらない」

「そうだけど、餌になる心持ちが違うじゃない、みんなが無事なら安心できるし」

「なら、死ぬ覚悟ってことか。残念だが、その痣が全身に広がれば、お前は影になる。死ぬより悲惨だ」


 死ぬ? い、嫌だ嫌だ、死にたくない! ていうか死ぬより悲惨とか絶対に嫌。

 影に引っ張られた時の、あの想像を絶する苦しみや悲しみが、永遠に続くってことなんだよね? そんなの耐えられないよ!


「無事に帰って自分で捜せ」


 や、やっぱり餌になっても無事に帰れる道はあるんだ。この呪いもきっと解く方法があるってことなんだよね。

 どうしてフィオは肝心なところは教えてくれないんだろう。


「そんなことよりも急ぐんだな。少し、痣が広がったか……」


 軽く振り向いたフィオの眉が、微かにひそめられる。

 広がった? え、どうなんだろう。右腕の痣を確かめてみるけど、よくわからない。うーん、言われてみれば最初よりもちょっと大きくなった?

 でも、気のせいって言われれば納得できそうな感じもあるし。だけど痛みは増したような気もする。


「それは今に全身に広がってくる」


 この痣が全身に……じゃあ、全身がこんな風にずきずき痛むってことよね。それは嫌だなぁ。痛いってだけで気が滅入っちゃうし。

 しかも、その痛みが死の呪いだなんて笑えないよ。ううん、死ぬよりも悲惨なんだよね。影になっちゃうんだもんね。

 そう思ったら、余計に右腕が痛い気がしてくる。


「間に合わなければ影になるだけだ。その時は俺が葬ってやる」


 ううう、苦しんだ挙句に影になって、フィオに葬られちゃうなんて。それだと、みんなとももう会えないってことだし。

 わたしは大丈夫だからって言ってきたのに。

 みんなの顔だってちゃんと見れてないし、ユウタには心配ばかりかけ続けてて。ユウタがいなくてもちゃんとしないと。


「影はもう穴に近いな。こちら側で追いつけるかどうかぎりぎりだ。無駄な時間食わせやがって……」


 早足のフィオと、それを追いかけるわたし。辺りに響くのは、わたしたちの足音だけ。

 みんなと会って遠回りになっちゃったんだもんね。でも、会えて良かった。このまま、みんな無事にダンジョンを出て欲しい。

 この先、わたしどうなっちゃうんだろう。でも、しっかりしなくちゃ。怖がってばかりいても、わたしが餌になるのはきっと変えられないんだもの。


 ユウタ、わたし頑張るから!




 ◆ ◇ ◆




 風が、吹いている。フィオの風が。


「リリア、追い付くぞ走れ」


 フィオが短く言って走り出した。わたしも慌ててその背を追う。

 来たんだ、すぐそこにあの影がいるんだ。


 走っている振動で右手が痛む。だけど、それが気にならないくらい、胸がドキドキして苦しい。

 走ってるからじゃない、これは怖いからだ。影に取り憑かれた時の苦痛がよみがえる。またあんな、果てのない苦しみと悲しみを受けたら……。

 でも、でもどの道わたし、このままじゃ影になってしまうんだ。あの苦しみを永遠に受け続ける影に。

 そんなの嫌。だから、やらなきゃ。この瞬間の苦痛くらい我慢しなきゃ。


 右腕が痛む。なぜだろう、あの影がいるのがわかる。ズキズキと痛む鼓動に合わせて、あの影の悲しみと痛みの鼓動が伝わってくる。

 風がわたしの背を押す。押しながら、守るように吹き返す。


「くそっ、あいつら……!」


 フィオの口からもれた低いうめきが、風に流されて耳に届く。あいつらってことは、影のことじゃないよね。きっとみんなのことだ。

 みんなどうしてるんだろう。でもフィオ、わたしには教えてくれないだけで、みんながどうしてるかやっぱり把握してる!?

 それなら、助けてくれるかな? どうだろうわからない、でも今はフィオを信じるしかないよね。


「穴から向こうへ行くつもりか!」


 そのフィオの声と、それに光が届くのが同時だった。

 真っ黒い人型の影が遠くの視界に浮かび上がる。


(あの人だわ————)


 わたしを引っ張った影。痣が呼応するように鋭く痛んだ。まるで腕を何本もの鋭い針で串刺しにされているような。

 その痛みに額が汗ばむ。


 そして近づく影の向こう側の空間にぽっかりと空いているのは、それは本当に穴としか表現できないものだった。

 もやもやとした薄暗いものに覆われた、穴。その穴の向こうには、かすかになにかが見えているけれど、もやが多くてよく見えない。

 わかるのは、その穴の向こう側が今いるダンジョンじゃないってことだけ。

 あれが、あの向こう側が時空の狭間なの?


「フィオ! どうすればいいの!?」


 影と穴はもうすぐそこまで迫っていた。

 フィオが足を止め、わたしもそれに習う。影までは、ざっと30〜40メートルあるかどうかって感じだ。

 影が風になぶられ、その形を揺らめかせている。そして、振り向いた。

 その姿はどちらが前なのか後ろなのかぱっと見ではわからない。でも、人型だから腕の関節の辺りの様子から、それがわたしたちに気がついて振り返ったのだということがわかった。


 ————オオオオォォォゥウゥゥウゥゥゥゥ


 人ならざる者の、声にならない声。その悲痛な叫びが全身を刺して、痛みと恐怖で思わず目をそらしそうになる。

 リリア、しっかりして! あの影をなんとかしないと、わたしもいずれああなっちゃうのよ!


「お前は、あいつとその痣で繋がっている。あいつはお前をまた引きずりに来るぞ」


 一歩、影が足をこちらへと踏み出した。その姿が、風で揺れ形が崩れては、また人型に戻る。

 なぜだろう、その姿に胸が痛んだ。崩れても崩れても、人型に戻ろうとする。その姿に、やっぱり元は人だったんだってことを感じちゃう。


 こんな姿になりたくなかっただろうに。こんな永遠に続く苦しみを抱えてさまようことになるなんて、きっと思ってなかったよね。

 本当に運悪く時空の狭間に流されてしまっただけなのかもしれない。それなのに、こんな風に苦しむことになるなんてあんまりだよね。


 ああ、いけない。また同情してる。でも、こんなの同情しないでいられるような強さ、わたしにはないよ。

 悲しいよ。


「お前を影にしたところで、奴は助からない。だが、繋がりがあることでお前に救ってもらえるかもしれないと思うんだろう」

「うん」

「俺ができるだけ気を引く。だが、餌はお前だ。お前を狙って来る。お前があの影を葬れ。繋がりのない俺が影を葬ればお前も死ぬ」


 そんな……そういうことだったんだ。フィオがわたしをここまで頑なに連れてきた理由は、わたしを助けるため?

 フィオは影を葬ることが出来る。だって、わたしが影になったら葬ってやるって言ってたもの。

 それをしないのは、あの影と繋がってしまったわたしの命まで奪うことになっちゃうからだったんだ。

 フィオにとって、わたしなんて見ず知らずの他人なのに。


「ど、どうやって……」

「馬鹿なのかお前は。魔法使えるんだろう!」

「——う、うん!」


 時間がかかるけど、フィオができるだけ気を引いてくれるって言うんだ。時間を稼いでくれるなら、発動できる。

 ゆらゆらと影が歩き出した。その姿に、思わず後ずさる。

 がんばれ、頑張るのよわたし!

 あの人の苦しみを終わらせて、生きてみんなのところに帰るんだから!

 お腹に息を吸い込む。ユウタも聴いてて。わたし頑張るから!




「あなたの声が すべてをつつむ

 優しい歌       

 「叶えるから」そっとささやいて……」




 フィオが影に向かって駆け出した。そちらを向いた影がぎりぎり届かない辺りで止まって、影の動きに合わせるように距離を保つ。

 姿を崩し襲いかかろうとした影を、風が押し戻しフィオを守っている。

 そっか、フィオは影を攻撃できないんだ。わたしがやらないと!


 きらきらとあふれ出す魔法の光。どんな魔法にすればいいのかわからない。だけど、あの人が苦しまないで済むような魔法になって欲しい。

 痣が痛い。その痛みと同時に、影の悲しみ苦しみも流れ込んでくる。

 目の前で収束していく魔法の光。

 待ってて、今、助けるから!





 挿入歌「LOVE SONG」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892578570

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