2 人質

「お前、リリアをどうする気なんだよっ!!」

「それ以上近づくな、こいつの命が惜しかったらな!!」


 叫んだフィオに、目前でユウタの足が止まった。あとのみんなも追いつく。

 肩で荒い息をくり返すユウタ。その瞳がわたしの右腕を見て歪んだ。

 ごめんねユウタ、心配かけてばっかりで。


「リリア。とにかく無事で良かった」


 ジュンがわたしに優しい顔を向け、そしてフィオへと視線を移す。不安げに唇を噛むシンディーは今にも泣きそうな顔。

 シーナは冷静な、でも厳しい顔をしている。


「君は誰だい? その子は、俺たちの仲間なんだ。返してくれないかな?」

「断る」


 フィオの返事はにべもない。


「こいつは俺が連れて行く。貴様らはこのダンジョンからさっさと出ることだ。2時間猶予をやる」

「くそっ、何様だよッ!!」


 激高したユウタをジュンの手が制した。対してフィオは動じる気配すらない。

 それはそうだよね、だってフィオは強いもん。わたし達が束になってかかってもきっと敵わないよ。

 フィオ、まさかみんなと戦うとか言わないよね?


「リリアを連れて行かなきゃいけない理由でもあるの?」


 不安そうなシンディーの手をにぎったシーナがフィオを睨む。そのシーナの言葉にはじめてフィオが反応して鼻白んだ。

 それを見逃すシーナじゃない。


「その右腕の痣と関係あるのね?」


 それにフィオは答えなかったけれど、シーナは頷いた。沈黙を答えだと受け取ったみたい。

 そう、関係がある。わたしは影に引っ張られて死の呪いを受けてるから。


「言っておくが、ここは大型の魔物が出る。2時間で出ろ。それまでは魔物を押さえていてやる」


 フィオ、そんなことまで出来るんだ。大型の魔物もへっちゃらなんだ。

 そっか、精霊魔法かな。ていうか、やっぱりフィオは悪い人じゃないのかも。魔物を押さえてみんなを逃そうとしてくれるなんて。

 今わたしに短剣ダガー突きつけて脅してるのも、なにか理由があるの?


「意味わかんねぇ! リリアを離せよッ」


 ユウタが一歩踏み出し、それを制するようにフィオがわたしの首に刃を押し付けた。動いたら切れる。ううう、怖い。

 ユウタは悔しそうに足を止めている。


「もう一度言う。2時間やる、引き返せ。せめて大型の魔物がでる辺りからは離れることだ。命が惜しかったらな」

「俺たちを助けてくれるのはなぜだい?」


 そのジュンの言葉に、フィオは返事をしなかった。


「リリア」


 ほんの少しだけ、フィオが短剣ダガーをわたしから離した。

 辺りにまた、風が吹き出す。精霊魔法が発動してる?


「お前は俺と影を追う、それ以外の道はない。仲間を助けたかったら、大人しく付いてくることだ」

「えっ……!?」


 仲間を助けたかったらってどういうことなの?

 そうフィオに訊こうとしたけど、その暇はなかった。徐々に強さを増した風が吹き、空間が歪んだように見えた。

 それと同時に、フィオがわたしの身体を離す。


 ごうごうと吹き出した風が白く見え、あっという間に風の壁を作り出してみんなを取り囲む。壁の内側だけびゅうびゅうと風が吹き、その風にみんなの服がはためいた。

 そして、すぐに苦しげな表情に変わる。

 シンディーが驚いたように喉を押さえたのが見えた。


「みんな!!」


 駆け寄ろうとしたけれど、途中で風に押し戻されて進めない。

 ジュンの顔が歪んだ。シーナはひざを付いて下を向いてしまう。シンディーが肩で息をしている。ううん、息を吸おうとしているのに、吸えていないんだ!!

 だからみんな苦しいんだ!!

 ユウタが風の壁を叩く。すぐそこにいるのに手が届かない。


「ユウタ!! ジュン、シーナ、シンディー!! フィオ、やめて!! ひどいよ!!」


 ふり返ってフィオを見ると、彼女はなんの表情も浮かべていない。


「仲間を助けたかったら来い。お前が離れるごとに息が出来るようにしてやる」

「————!!」


 わたしが近くにいるからみんな苦しいってことなの!?

 でも、そんな言葉信じていいんだろうか。このまま、みんなになにかあったらわたし……!!


「あいにく、無益な殺生をする趣味はない。試しにここまで下がってみろ」


 なんの感情もうつさない、無機質な声。

 フィオのいる方へと足を向ける。彼女の横まで小走りに戻って振り返ると、シンディーが大きく息を吸うのが見えた。

 壁の中の風が少し弱まっている気がする。


「このままなら、いずれあいつらは酸欠で倒れる。死ぬかもしれないな。でも、お前が離れれば開放してやる。仲間を助けたいなら、さっさと離れてやることだ」


 今ここで歌って、あの風をなんとか出来るような魔法の発動を狙うことは出来ないかな。でも、攻撃魔法でさえ最初は失敗したんだよね。なのに、こんな初めての魔法を都合良く一発で発動させられるかな。

 そんなことをしているうちに、みんなの息がもたなくなっちゃうよ。

 それに、わたしがフィオに太刀打ちできるとも思えない。魔法の発動前に阻止されてしまうのが関の山な気がする。


 フィオはなんだかんだ言いつつ、わたしを助けてくれた。5時間も気を失っていたわたしの側に付いていてくれて、目覚めたら食料も分けてくれた。

 今のところ、悪い人には思えない。思えないけれど、信じていいのかは正直わからない。でも、わたしが今やれることはここから離れることだけ。


「わかったわ。一緒に行くから、みんなを助けて」


 フィオは頷いて、みんなに背を向け、もと来た道を早足で戻り始める。

 ユウタがまだ風の壁を叩いている。わたしを呼んでる。でも、その顔は蒼白で苦しそうで。


「ユウタ!!」


 ごめん、ごめんねユウタ。

 心配ばっかりかけてごめん。


「みんな、わたしは大丈夫だから! 外に出て、待ってて!!」


 一息に叫んで、踵を返した。フィオの背を追う。

 少し進んで一度振り返ったら、また少し息を吸えるようになった様子が見えた。シーナがジュンに支えられながら立ち上がってる。

 フィオは多分、嘘は付いてない。


 あぁ、腕が痛い。ずきずきする。

 みんな、どうか無事でいて。無事に外に出て。


 早足でフィオの背中を追ううちに、みんなのいる場所はやがて見えなくなってしまった。

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