STEP3

1 影を追って

 淡い光の魔法に浮かび上がる、薄暗いダンジョン。先の見えないそこを、フィオはなんの迷いもなく歩いていく。

 マッピングした地図を見てるわけでもないし、どうなってるんだろ。まさか、適当に歩いてるってわけじゃないんだよね?


「ねえ、これからどうするの?」

「影を追う」

「追うって、どうやって?」


 前を歩きながら言われて、首を傾げる。

 ああ、右腕の痣が痛いな……我慢できないほどじゃないけれど、ズキズキする。


「奴の所に向かっている。穴に戻る前に追いついたほうがいい」


 ん? 影の所に向かっているって、その、居場所わかってるってこと!?

 それって、わたしが餌になる必要はないってことなんじゃないの!?


「フィオ、わたしを餌にするって……」

「ああ、影に追いついたらいくらでも餌にしてやる」

「う……」


 やっぱり餌にするんだ……。

 餌ってなんだろう、影にわたしを襲わせてそのスキに倒すとかなのかな。

 嫌だな、自分で想像しておいて怖くなってきた。


 でもフィオは、わたしが影にならなかったら古地図オールドマップを返してくれるって言ってたよね。じゃあ、餌にされても助かる道はあるってことで。

 うん、今はフィオと一緒に行くしかない。フィオを信じていいのかは正直今もわからないけれど。でも、わたしにはそれしか道がなさそうだ。

 この痣だって、影に付けられたものってことはきっと間違いがない。フィオの言ってることと矛盾もしてないし。


「影の居場所、わかってるの?」

「ああ、だいたいはな」


 フィオの髪が風に揺れる。

 影を追い払ってくれた時や、害獣を倒してくれたときも吹いた風。それを、フィオは精霊魔法だって言ってた。

 だとしたら、影の居場所もそうやって精霊魔法で?


「精霊魔法で? その、風の?」

「そういうことだ」


 そ、そうなんだ……精霊魔法ってそんなことも出来るんだね。エルフって凄いな。

 いや、精霊魔法はきっとエルフ以外でも使えるんだろうけど、適性とか違いそうだし。シリアー族以外の人が歌で魔法を使えないみたいに。

 そもそもわたし、精霊がどんなものかも知らないし……。

 というかフィオがとにかく、強いんだろうなぁ。


 フィオは真っ直ぐ前を見て、迷いなく歩いてる。

 今からあの影のところに……。


 痣が疼く。

 また影に取り付かれて、あの痛みと悲しみに襲われたら。あの深淵よりも深くて暗い闇に襲われたら。

 無事に済むわけないよね……わたし、ただでさえ、近いうちに死ぬってフィオに言われてるのに……。


 わたしこれからどうなっちゃうんだろう。みんなにはまた会えるのかな。

 無事に帰れるのかな。

 不安だな……。

 歌いたい、こんな時こそ。歌っても怒られないかな? そんなに大きな声じゃなければどうだろう。

 フィオがなんて言うかはわからないけど、怒られたらやめればいい、よね?


 小さく息を吸う。鼻歌くらいから、ゆっくり歌ってみよう、うん!




「夜明けに無数の光あふれて

 今目覚めた鳥たちが世界を謳い

 どこか違う匂いの

 今日が始まっていく」




 そっと小さく歌ってみたら、フィオは微かに振り向いたけれどなにも言わなかった。すぐに前を向いてしまう。

 フィオは、あまり歌には興味ないのかな。

 ともかく、これって歌うの許してくれたんだよね!? 良かった!


 キラキラと発動する魔法の力。わたしを黄色い光が包み込んでいく。

 思い切り歌ってるわけじゃないけど、ちゃんと魔法は発動してる。なら、この声ってユウタに、みんなに届いたりするのかな?


 ユウタの声が届いたのって、あれ絶対に魔法だよね?

 シリアー族は、多種族よりも自由自在に魔法が使えるはずってシーナも言ってたもの!

 ユウタが使えるんだから、わたしだって使えるよね!?




「…… 空の果てから

 響く君の声を頼りに

 心はいつでも飛んで行ける

 何処へだって自由の翼で翔けて行ける


 いつかは消えゆく運命さだめだとしても

 この想いは色あせることなく続く」




 ああ、気持ちいいな。

 思いっきり声を出してるわけじゃなくても、やっぱり歌うって気持ちいい。これからの事とか、少しだけど忘れられる。

 この、右腕の痛みも。

 歌うことが出来るから、なんとか出来るところまでやろうって思える。


 ねぇユウタ、聴こえてる?

 わたし、ここにいるよ。無事だよ。

 みんなも無事で近くにいるんだよね。うん、きっとそう。

 どうしたらいいのかわからないけど、わたしが無事だってことだけでも伝わってくれたら。

 そう思って少し声のボリュームを上げた、その時。

 風が、吹いた。


「くそっ」


 短いフィオの呻くような声。

 風に巻き上がって前へ流れた三つ編みの向こうに、二つに別れた通路が見えた。そして、その一方から人影が走り出て来たんだ! それも複数。

 まだ距離があるけれど、見間違えるはずなんてない!!

 それは、会いたくてたまらなかったわたしの大切な仲間たち。


「——ユウタ!! みんな!!」


 思いっきりみんなを呼んで手を振った。みんなはとっくにわたしに気がついてたみたいで、笑顔でこちらへ向かって駆けてくる。

 先頭はユウタだ。その後からシンディーとシーナ。最後がジュン。いつもどおりの順番。

 良かった、みんな無事だ!!

 わたしの歌、届いたのかも!?


 胸がじん……としびれたように疼く。

 嬉しい、みんなが無事でここにいる。また会えた!!


「みんな!! 良かった!!」


 わたしも駆け出そうとして、それは出来なかった。

 突然フィオが、前へ出ようとしたわたしの右手を無造作につかんで後ろへ引っ張ったんだ。

 痣が浮かび痛む腕から全身に駆け抜けるように鋭い痛みが走って、その痛みに悲鳴を上げる。


「動くな」


 右手を離したフィオの腕は、動きを止めたわたしの肩を後ろからホールド。そして喉元に冷たいものをあてがわれた。

 鋭い輝き。


「え……フィオ……なん、で……」


 ゆっくりと目だけを下に向ける。わたしの喉元には、短剣ダガーが突きつけられていた。

 笑顔だったみんなの顔が一変する。


「リリア!!」

「ユウタ……」


 全速力で走って来るユウタの姿。

 叫びたいけれど、今にも皮膚を切りそうな短剣ダガーに、声を出すこともままならない。

 やっと、やっと会えたのに。

 フィオ、どうしちゃったの。なんでこんなこと……。





挿入歌「昇る陽の讃歌」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054893145556

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