STEP1

1 シリアー族の歌

「蒼い宇宙そらからこぼれ出す

 ひとつの光は輝いて

 いつか黄色い花を咲かす

 世界を見渡すことの出来る…


 君との愛はいつものように

 あたたかい…」




 気持ちよく晴れた空。

 そこにわたしの声が吸い込まれるように消えていく。

 そこに重なるのは、ユウタの美しく切ないハーモニー。

 伸びやかな声。

 いつしか足を止めた人々が、わたしたちの歌に耳を傾けている。


 あの二人、本当に歌が上手いわね。

 あの二人シリアー族なんですって!

 まぁ! シリアーなんて初めて! だからなのね!


 そんな会話が聞こえて来る。

 その好奇の目すら、今は心地いい。それは、きっとユウタもそう。ううん、絶対そう。わたしにはわかる。

 だって今、わたしとユウタはひとつだから。ひとつの歌声。


 そう思うと、わたしたちは根っからのシリアー族なんだなぁって思う。

 そう、どこにいても。




「…心でなぐさめていて

 鼓動をあわせて瞳をとじて…


 優しい歌は…」




 キラキラと空間が光り、淡く色づいたそれがゆっくりと頭上から降り注ぐ。

 その光景に、人々は一様に驚いている。シリアーだ! とどこからか叫ぶ声が聞こえた。


 その光は、わたしとユウタの歌から生まれたもの。シリアー族の、シリアー族たる所以。

 それはシリアー族だけが使える魔法の力。

 わたしもユウタも、生まれた時からそれが当然だと思って生きてきた。だけど、外の世界での人々の反応は、より色濃く自分の血を感じさせてくれる。


 シリアー族は、エルフ族よりも数が少ないと聞かされてはいたんだよね。それって本当だったんだなぁなんて、のんきに思っちゃうな。

 エルフ族は尖った耳でわかるでしょ?

 でも、外見上人間と全く一緒のシリアー族は、歌わない限りわからない。

 だから余計にシリアー族に会ったことがあるって人は少なくなるんだろうな。




「…深く輝いて

 いつかキレイな想いに届く

 愛の言霊つぶやきながら…


 キレイな想い君に届け、それから…


 苦しい時には歌っていて

 宇宙そらをつつむように愛してね

 いつか黄色い…」




 うっすらオレンジ色に色づいた光が、ゆらゆらとわたしとユウタをおおっている。

 ちらりとユウタを見上げると、彼は優しく笑った。わたしと同じ緑の瞳を合わせてくれる。

 ユウタの亜麻色の髪が、光を受けてキラキラと輝いた。

 あぁ、気持ちがいいなぁ。




「向日葵の想いを届けたい」




 最後のフレーズにユウタのコーラスが花を添えた。

 キラキラと光が最後のまたたきをくり返し、やがて空へと溶けてゆく。


 ゆっくり微笑んだユウタが、大げさな仕草で一礼すると、わっと拍手が巻き起こった。そして、わたしたちの前に置いていた小さな缶に、めいめい心ばかりのコインを入れてくれる。


「私、シリアーに会ったのは初めてよ! 噂通り素晴らしい歌声だったわ!」

「おねえちゃん、ほんとうにじょうずだったよ!」

「シリアーがこんなところにいるなんてなぁ。ありがとうよ、いいものが聴けたよ」


 口々に言いながら、皆が少しばかりお金を与えてくれる。それに二人でお礼を言いながら、笑い合う。

 大丈夫、ユウタがいれば。うん、どこに行ってもきっと。そんな気がするなぁ。

 わたしが里を出ると言った時に猛反対した長は、ユウタが一緒に行くと言ったら許してくれた。

 なんか、子ども扱いされてるみたいでちょっと不本意だよね。でも、こいつが一緒に来てくれて本当に良かったと思う。


 ユウタ・タチバナ。わたしの幼なじみ。

 ずっと小さいときから一緒にいるから、昔は本当に兄弟なのかなと思っていたほど。兄さんや弟みたいに、どうして一緒の家に暮らしてないのか不思議だったもの。

 よく考えたら、わたしはリリア・Fファルニア・シトロって名前なんだから、兄弟じゃないのわかるんだけどね。

 それくらい、いつも一緒にいたんだよね。


 リリアを一人でほっとけねえだろ、なにしでかすかわかんねぇし。っていまだにユウタはわたしを子ども扱いするけど。

 同い年なのに、そこだけは! 納得いかないけど、心強いことは確か。


 とにかく食べるためと身分証明のために冒険者登録をしてから、しばらく依頼をこなしつつ二人だけで旅をしたっけ。

 街々では今みたいに、歌いながら。


「今日の夕飯はいただきだなっ」


 ユウタは上機嫌で缶を取り上げ、蓋をして私へとよこす。


「夕飯どころか、もうちょいありそうだな」

「うん!」


 そこへ、わたしとユウタを呼ぶ声。


 肩に付かないくらいで切りそろえた黒髪を揺らし、走り寄って来たのはシンディー。

 本名はシティリア・フォード。わたしたちより一つ年下の16歳。1年前に出会って、現在パーティメンバーのひとりだ。

 シンディーは髪と同じ色の大きな瞳をキラキラさせながら駆け寄って来た。小柄な身体を伸ばして、愛らしさいっぱいの笑顔で、片手を上げる。


「リリア、ユウタ! やっほー!」

「ようチビ」

「チビじゃないわよー!」


 むうっとむくれてみせた顔すら愛らしくて、思わず笑っちゃう。でも、そんなわたしを見て、シンディーはさらに頬を膨らませた。


「シンディー、今日はどうだった?」


 彼女の意識をそらすように聞くと、それがねー! と、途端に笑顔になる。

 腰に両手を当てて、えっへんと胸をそらせた。


「思ったより高く売れてね! 家畜用の薬が不足してたみたい。ちょっと得しちゃった」

「へぇ〜さすがシンディーだな」


 これにはユウタも感心している。


 シンディーは、わたしたちと出会った一年前、すでに薬師として冒険者登録を完了していた天才少女だ。

 薬師なんて、なりたくてなれるもんじゃない。15歳にしてそれを達成してるんだから凄い。


 冒険者登録をすると、冒険者として依頼を受けられたり、冒険者ギルドを通じて身分証明をしてもらえる。その代わり、冒険者登録には必要最低限の技能というものが必要で。

 その必要最低限が、命に関わる薬師はとんでもなく高いハードルなのだ。


 旅なんてしなくても、薬師なら定住して十分やっていける。でも、彼女は定住にあまり興味がないんだって。

 それに加えて、冒険者として精神を鍛えて来いと母親に家を放り出されたとか。

 わたしとユウタにとっては…うらやましい話だ。


「でも、今日も2人の歌良かったよぉ〜」


 パシパシとユウタの背中を叩いたシンディーに、当然だろなんていけしゃあしゃあと言って、ユウタは大きく伸びをする。

 ユウタの緑の瞳が、口調とは裏腹に嬉しそうに細まった。

 素直じゃないんだからなぁ、ほんと。


「いいなぁ魔力! 魔力があるってだけで憧れちゃう」


 シンディーには魔力が一切ない。それが彼女は残念で仕方ないんだって。

 そのかわり、彼女には飛び抜けた身体能力と剣技、そして薬学の才があるから、我がパーティいちの実力者なのは間違いない。

 実戦となると、色々とまぁ…あるんだけどね。それは、わたしもだけど…。


「ジュンとシーナは?」

「ジュンはもう帰ってるよ。引き受けたい依頼を見つけてきたって。シーナは遅いかもね、なんか今教えてる子に苦戦してたから」

「そか。まあ依頼はジュンが選んだやつなら間違いないだろ。そんじゃ俺たちも帰るか~」


 そう言ってさっさと歩きだしたユウタを、わたしとシンディーが慌てて追う。


「じゃあ、シーナの依頼が終われば出発ってことよね?」

「うん、そうだと思う。でも、シーナ終わるかなぁ。なんかこう、クソガキだったんだよねぇ」


 シーナの依頼人を見てきたらしく、シンディーは渋い顔をした。

 これは、遅かれ早かれ、シーナの静かすぎて逆に怖い怒りが地の底からクソガ…もとい、依頼人を震え上がらせるだろうなー。


 思わず、シンディーと顔を見合わせ、二人で合掌してしまうのだった。





 挿入歌 「SUN FLOWER」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892578532

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