オールドマップ~空に響く歌声~

はな

オールドマップ 空に響く歌声

プロローグ 邂逅

 最初、それを人だと思った。

 だって、人の形してるんだもん!


 薄暗いダンジョンの奥から、ゆらゆらと揺れる影が現れて。それは、頭があって、身体、二本の腕、そして足。

 人の形。


 どうしてこんなところに人がひとりでいるんだろうっては、もちろん一瞬思ったの。

 だけど、自分も今そうなんだから、他にもいてもおかしくないじゃない?

 それにもしかしたらさ、パーティの誰かだったりするかもしれないでしょ。


 だから、人だって思って慌てて駆け寄ってしまったの。


 だけど近づいてもそれは黒い影のままで。

 まるで、人の形に穴が空いてしまったかのような錯覚を起こしそうなほどの闇。真っ黒な影。

 それどころか、ゆらゆらと揺れるその影は、何か呻いているような声にならない声を出していたんだ。

 恐ろしくも、なぜか悲哀を感じる声。


「なに、あれ……」


 途中で止まった足を、一歩後ろへと下げる。

 二本の腕は何かを探すように前に出され、空間をまさぐっている。

 頭も真っ黒い影で、顔なんてものもない。


 魔物かと思ったけど、魔物の感じはしない。だって、魔法生物である魔物は、魔力を持つ人なら近づけばわかる。

 だけど目の前の影からは、魔物の感じは全くしない。


 それなら害獣モンスターだろうか?

 でも、あんな人の形をした害獣モンスターなんて、見たことも聞いたこともない。

 だけどもしかしてそうなのかも。このダンジョンに入ってから、見たことのない青い毛並みの狼に似た害獣モンスターと出会ったし。

 わたしが知らないだけで、そういう害獣モンスターがいるんだとしたら。


 逃げた方がいいの?

 それとも戦った方がいいの?


 影の歩みは遅い。目でも見えていないかのように手を前に出し、ふらつきながら歩いている。

 このスピードのままだとしたら逃げられるかも。

 相手のことが何もわからないんだから、戦うのは出来るだけ避けた方がいいに決まってる。

 戦ってしまったら、どちらかが倒れるまでやめられないから。

 じりじり後ずさり、身をひるがえそうとした、その時。


 オオオゥオオォォゥオォオォオオゥゥォォォオォオオォォォゥ……


 ひどく悲しい声だった。

 あの影の声だ。まるで泣いているかのような。


 いや、泣いているんだ。


 あんな声をわたしは知ってる。

 あの時に、嫌という程ほど聞いた。

 みんなが嘆き悲しむ声。わたしも、ユウタも、みんな。大勢の人が泣いて泣いて、声にならない声を出して泣いて。


「あなた……悲しいの……?」


 逃げようと思っていた足が止まった。

 あの差し出された手は、まるで何かを探しているようだ。

 泣きながら、何を探すの?

 やっぱり、あれは人なの?


 そう逡巡した一瞬。

 黒い影が揺らめいた。悲しみの声を上げながら、一気に空中へと飛んだ!

 一瞬、まるで霧のようにぐにゃりとその姿を歪め、空中で霧散するかのごとく広がる。

 飲み込まれる―――!!


「ひッ……!」


 逃げようとしたけど遅かった。

 あっという間に影が押し寄せ収束していく。とっさに数歩下がったものの、一斉にわたしの右腕に取り付いてくる!

 途端に、焼けるような痛みが走った。


「痛いッアアァ―――!」


 熱い! 痛い! 握られた部分から焼けていく!

 そうとしか思えない熱さと痛みが脳天を貫く。


 影は再び人型を取り、そこにいた。

 わたしの右手をきつく握って。


 そして同時に流れ込んで来たのは、悲しみ。

 耐えようのない孤独。

 痛みと同じだけの苦しみ。


 それはこの影のものだ。

 その確信に疑いなんてなかった。

 痛みで悲鳴を上げながらも、知らず涙が流れる。それは痛みからのものではない。


 この痛みを、この影はずっと全身で感じながら彷徨っていたんだ。

 こんな悲しみに全身を焼かれながら。


 意識が遠のく。

 右腕はまだあるのだろうか?

 それとも焼け爛れて失くなってしまったの?

 熱い、熱くて痛くて、右腕全体が心臓になったようにドクドクと脈打つけど、わたしにはもう見えない。

 見えるのは黒い、穴のような真っ黒い人型の影だけ。


 腕を焼く炎が広がる。腕を登り、肩へと。

 このままでは全身焼かれてしまうんだ!

 でも、力が入らない。

 ふりほどけない。


 影が声にならない声で泣いている。

 この熱さ、痛みよりも、はるかに大きな悲しみに全身を焼かれながら泣いている。


 ほおを伝った涙が、わたしのものなのか、影のものなのかわからない。

 こんな苦しい悲しみがこの世にあるなんて。こんな身を焼く悲しみが。

 わたしはこの悲しみに全身を焼かれて、ここで死ぬんだ。


 痛みに歯を食いしばり一度悲鳴を止める。

 悲しいよ、胸が抉られる。

 悲しい…。


 胸に一つのメロディが流れ出す。

 わたしとユウタの…。




「あなたの声が すべてをつつむ

 優しい歌

 「叶えるから」そっとささやいて…


 いつまでも君と 暮らしていきたい

 すべてのもの……」




 歌ったのは、その悲しさを紛らわすため。

 全身を焼かれながら、ここで人生を終えるなら、せめて最期は歌っていたい。

 ただそれだけだった。


 一緒に歌うユウタの姿が脳裏をかすめる。

 ずっと一緒に歌って来たのに、最期がわたし一人だなんて。

 ここにユウタがいないなんて。


 でもわたしたち、いつも一緒だったから。

 最期も一緒にいるんだって思わせて。

 二人で歌う歌で、終わらせて。


 わたしは歌い出し、そしてそれは起こった。





 挿入歌 「LOVE SONG」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892578570

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