春の国

 それから、ふた月。清冽な初夏の訪れと共にヴァルーシ王国は確かに変わった。


 主馬頭の座は永久空位となった。“救国者”ダニーラ・モルフ以上の臣下は現れないと王が偲んだためだ。これに伴い当該の地位は別名となったが、権限は大幅に減じられた。

 ダニーラの妻ナターシアは王命によりカレイアの修道院へと送られた。主人の帰りを待って潜んでいた灰色猫は、紆余曲折の末、ヴォルコフ家に引き取られた。

「なんだよっ、せっかくカローリの婚約記念用大皿百枚、作らせようと思ってたのにっ」

 晴れた日の午後、ミーリュカが早速、不満も露にエルリフとイズーの仮住まいにやってきた。エルスラン王が毎日見舞った日々ももう遠く、傷は癒え、顔色もよくなった。

「もちろん承るって、ミーチャ。ウーロムから戻ってきたら、必ず」

「まあ、それならいいけど……でも、どういうわけだよ、あんなシケた町、もう帰らないって言ってたくせに。それもオンナ連れ、だって?」

「うるっさいわね……しょうがないでしょ! ほ、惚れたからよっ、こいつが、あたしに」

「なんとなく町が心配で、見に行きたくて。それに残してきた仕事もあるから……」

 互いの意見の相違に、エルリフとイズーは一瞬、黙り込んだ。

 ミーリュカは半眼になって、互いに見つめ合う二人を観察し、妖しげに嘲笑(わら)う。

「でもさ、まだ分かんないよねー、どうなるか……見たところどうみても寝てないし」

「は? 寝てないって、ちゃんと俺たち毎晩寝てるよ。なあ、イズー?」

 黙って! とエルリフを脇に押し退け、呼吸困難気味のイズーが指を突きつける。

「こ、この、この妄想花畑! 何言ってんのよ、バカ!」

「図星だからって怒るほうがバカだろ!」 

「まあ二人とも、もう大人なら落ち着いて……」

「あんたは口をきかないでって言ったでしょ、口にフラスコ突っ込むわよ!」

「一人だけ良識ぶって、お前なんかやっぱり大嫌いだっ……でもね。おれ、もう女の子の恰好はお城ではやめておくの、なるべく、ね。だって花嫁さまをくっちゃったら、カローリのためにならないもの!」

 王城に戻る間際、ミーリュカは極上の笑顔と共にそう言い残し、二人を驚かせた。

「あの子、本当は、自分も貴方と一緒に行きたいって言いに来たんだわ」

 喧嘩腰だったくせに、イズーが妙に気遣わしげにミーリュカを案じた。

「でも、駄々をこねなかったわね。あんな子でも、少しずつ大人になっていくのね!」

 台所に消えていった彼女の気配を、エルリフは優しげな心地になって見つめる。

 出来ればウーロムの聖堂には鉄のユーリク像を造って寄進したいとも思っている。頼み込めば、きっと鍛冶屋の一件くらい隅っこを貸してくれるだろう。

 そして、父の墓前で彼女に告げたい。火護りの刀を渡したことの意味を。

 ミロスに預けた未完の鉄細工竜の瞳に入れるべき石の色も、晴れて分かった。


 緑玉石(イズムルード)だ、と。



             


                                    了

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御身、しろがねの獣となりて ゆきを @yukiwo

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