第三話

「お父さんとお母さん、どうしてるかなぁ。」

「文ちゃん、君を束縛するような人達のことが、そんなに心配かね?」

「そんでもね、やっぱり好きだもん。」

階段に差し掛かると、サイコースは文を抱きかかえた。

「もう分かっていると思うけど、ここでのことを誰かに話してはいけないよ。」

「うん」

透明で目の回るような螺旋階段を見下ろしていると、

確かにこの館自体が夢のように文には思われてきた。

「お兄さんはどうして私に優しくしてくれるの?会ったばかりだよ?」

「君が言ったんじゃないか、今日が誕生日だと。それに――」

と言いかけたところで、二人は最上階に着き、文は歓声を上げた。

「君は特別な星の下に生まれたんだよ、文ちゃん。」

その天井はステンドグラスが嵌められていた。

雪の結晶のような枠の中で、赤と青と白が煌めき、

星に照らされて伸びた光が揺らめいていた。

文には何の絵か分からないけれども

〝生きている火の玉の集まり〟のような印象を受けた。

「どうしてもこれを君に、見せたかった。」

「あれが、私の星だっていうの?」

「そうだ」と急に神妙な顔で言われて、文は不思議な気がした。

窓枠の複雑な形は星に見えなくもないけど、ガラスの色は何かしら?

赤と青の対照的な色合いを白でバランスをとっているようにも見える。

文は床に下ろしてもらって、あちこちから天井を見上げながら、考えてみた。

向きによって異なる光の揺らめきを見せるステンドグラスが不意に陰りだしたので、室内が少し暗くなった。

「七夕は年に一回、とある夫婦が会える日だというのは、もちろん知っているね?」

唐突に問いかけられた文が声の主の方を振り向くと、

サイコースが悲しげな表情になっていたので文はますます驚いた。

「私とこの館がここに留まれるのも、あと少しの時間しかない。

 その前に君に伝えたいことがある。」

そう言うと彼は自身の右目に手をかけ、抉り出した。

「何してんの!?」

「大丈夫、いつもしていたことだから」

サイコースの右の眼窩の奥で紅い光が覗いており、

涙が一滴サイコースの右手の上に落ちた。

ぶつかった涙と目玉は混ざり合い、天井の窓枠と同じ形となった。

「これを君に授けよう。」

サイコースは眼窩からさらに紅玉を数粒手の平に零れ落とし、

もう片方の手で掴むとそれらは数珠繋ぎになった。

その先端にかつて目玉だったものがぶら下がっていた。

「私からの誕生日プレゼントだよ。」

彼がそれを文の首にかけると、数珠繋ぎの紅玉は淡い桃色となった。

「本当にいいの?それより大丈夫?」

文はおそるおそるサイコースの顔を見ると、

彼の眼は血が流れた跡もなく元通りになっていた。

「ルビーは七月の誕生石と言うけど、

 文ちゃんに似合うのはチェリーピンクだね。」

「チェリーピンク?」

「ルビーの中でも淡い色合いのものだよ。

 君に深紅のルビーが似合うようになったら、迎えに来るからね。」

「迎えに来るってどういうこと?どうして?」

「いつまた会えるか分からない。けれどそれは君の努力次第だ。」

サイコースは天井に目を向け、すぐに文に戻した。

「もう時間がないから詳しくは言えない。

 でもいつか私の言ったこと、君の生まれた意味が分かる時が来るから。」

室内はますます暗くなり、サイコースの瞳と文の首元ばかりが輝きを増した。

「私の運命のお姫様、いつでも君を見ているからね。」



「――み、文!やっと目ェ開けたか!」

気が付くと文は星空の下で、父に抱き起されていた。

「早めに切り上げて帰ってきたんだぞ!

 こんなことになるなんて、本当にごめんよ、ごめんよぉ。」

初めて文は、父の泣いている姿を目の当たりにした。

見回すと背後に「秘密基地」こと古井戸があり、父はスーツ姿だった。

その後ろで母と祖父母が、

あと少しで警察呼ぶとこだったわ、

ホラやっぱり文ちゃんここにおったやん、

腹減ったやろ、等と口にしていた。

「アンタ文ちゃん寂しかったんやで、おぶっちゃりよ。」

祖母が言うので父の背中に乗せられた文は、

夢でも見ていたのかしらと考えようとした。

その胸元で金属のように冷たい物が、チャリと鳴った。

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チェリーピンク・バースディ 貫木椿 @tubakicco

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