出逢ってから 10

 少し戻って別の道を折れ、野宮神社の珍しい黒木の鳥居の前に出た。


「はい、こちら由緒正しい古い神社──中々雰囲気あるでしょ?」


 実は一度も来たことのない場所だったが、そんなことおくびにも出さず、しれっと言ってみる。

 良樹自身、関東首都圏の神社なんかと幾分違った雰囲気の佇まいに、ちょっと惹かれるものを感じている。でも、この時は名前が出てこなかった……。

 内心で携帯をスマホに変えてみようかと、わりと真面目に考える。


 宏枝はさして広くない境内の観光客の人だかりを、上機嫌な面差しで見やっていた。

 鳥居の脇の案内に目がいき、それから彼女が良樹の横顔を見上げて云った。


「ご利益は……縁結びなんだ」


 笑顔を見せる。

 良樹は、今度こそ頬が熱くなるのを感じた。


「なに……?」


 良樹は、わざと宏枝と目線を合わせず、小さく返す。


「誰と縁を結ぶのかなー、って……」


 宏枝は少しおどける様に、目を細めると澄まし顔で言った。

 探るような声にも聞こえたのは、意識し過ぎだろうか……。

 良樹はんんっ、と咳払いして表情を改める。


「どっちかって言うと、オレら、こっちなんじゃない?」


 言って、同じ案内板の隣に書かれた『進学祈願』の文字を指差してみせる。


「──来年、オレら受験生」


 それで宏枝は、ふえーんと絶望的な表情を浮かべた。



 それから二人は、境内にある幾つかの社を巡って詣でた。

 わりと作法に適当な良樹と違って、宏枝の方は二拝拍手一拝をしっかりと心得ていて、良樹は隣の彼女に見よう見まねで合わせることになった。


 彼女が少しでも幸せになれればいいな、と何となく神様に手を合わせてから、じゅうたん苔や庭園を見たりして神社を後にした。

 宏枝はずいぶん真剣な表情でお守りを見たりしていたが、結局、頂かなかった。

 その、お守りに手を伸ばしかけた時の彼女の表情が、良樹は何だか心に残った。



 そのあと午後の人通りの中、何かで見覚えのある踏切を超えて、気付けば落柿舎の辺りまで歩いてきていた。

 初夏の空気が心地よく、何とはなしの話もあちらにこちらに転がるように弾んで、彼女の屈託のないくるくるとよく変わる表情を見ているだけで、楽しいな、と感じる時間──。


 そんな時間は、いつもより速く過ぎていくように感じる。

 そろそろ陽も落ち着いてきた頃。ふと修学旅行のお土産を何も買ってないことに気付いた良樹が、目に入った民芸店を見やる。

 良樹が口を開くより早く、宏枝も店に目を留め、その流れに気付いて言う。


「お土産、買ってないね」


 そう言って手を引く彼女に、良樹は思う。


 ──なんか、手、引かれっぱなしだな、俺……。


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