26.Stretch(ストレッチ)

 Stretchは、引っ張るとか伸ばすとかいう意味がある。

 だからきっとストレッチ体操は伸ばす体操という意味になるのだろう。


 介護施設で勤務していて、勤務内容によっては朝のストレッチ体操の担当になることがある。利用者さんを食堂に集めてきて、一緒に体操をするのだ。

 初めてその担当になったとき、特にこれといったマニュアルを渡されなかった。

 リーダーのMさんは笑顔で言った。


「ちょっと体操するだけだから齊籐君の好きにやってくれていいよー」


 ……いや、いやいや。

 利用者さんによっては軽い麻痺があったり車椅子の方もいる。好き勝手にやって良いものでもないだろうと。

 僕がデイサービス経験者だったり保育畑からきた人間ならこの無茶ぶりに対応できたのかもしれない。でも僕は訪問介護の経験しかないのだ。体操の先生なんて生まれてこの方やったことがない。


 仕事のできない人間がとりあえず仕事をするための唯一の方法がある。

 それは「仕事ができる人の真似をする」ことだ。


 そんなわけで僕は、自分が見た中で一番上手だなあとおもったIさんのストレッチ体操を丸パクリした。

 手順も声かけも、説明の細かなところも全部パクった。

 一年以上経った今でもそれはとても役に立っている。

 やっていくうちに省略した部分やちょっと足した部分はあるけども、基本はIさんのやりかたを踏襲している。


 思い返すと小説もそうだった。

 僕の処女作は、火浦功先生の文体を丸パクリしたギャグ小説だった。


 タイトルは「コンニャク刑事」。


 とある刑事が仕事帰りに道ばたに捨てられていた捨て犬ならぬ捨てコンニャクを拾う。刑事はそのコンニャクにコニャリータと名付け胸ポケットにいれて可愛がる。あるとき、人質立てこもり事件に遭遇した刑事は胸を銃で撃たれるも、コニャリータが身代わりになり刑事を守ってくれる。悲しみに暮れながら帰宅する途中、刑事は道ばたに捨てられた捨てがんもどきと目が合うのだった。


 いやーとっても意味がない。本当にくだらない。

 でも当時はこんなノリが大好きだった。


 つぎに手本にしたのは山本弘先生だった。

 カクヨムでも作品を挙げておられ、近作では脳梗塞で倒れたという実体験を元に『山本弘の闘病日記』を執筆されている。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054887203571

 今まさに連載されている作品であり、リハビリを続けながら書かれている文章は本当に生々しく、胸を締め付けられるような苦しさを伴いながらも、どこか前向きな軽やかさと生きることへの強いエネルギーを感じさせてくれる。もうとにかく読んで欲しい。すごいから。


 そんな山本先生の書いたかなり古い作品に「ジェライラの鎧」という短編がある。

 ソードワールドというTRPGの世界観の元に描かれた作品ではあるのだが、単体として読んでも問題なく面白い作品だ。

 あらすじは非常にオーソドックスで、王国の騎士になることを目指す女戦士ジェライラが鎧職人のルバートと出会い、恋をし、その関係を自分なりに昇華するというただそれだけの物語だ。

 これがもう、最高なのだ。

 いまでも構成に困ったときは読み返すようにしている。

 シンプルで地味な話をどう読者に読ませるのか、その構成の妙味は王道ながら小説の教科書になるぐらいに鮮やかだ。

 そして嘘をつくのが抜群に上手い。

 小説というのは基本的に大嘘だ。

 その大嘘を、いかにもありそうだなあと思わせるのが小説家の手腕だと僕は思っていて、本作ではその手腕が遺憾なく発揮されている。さらにはソードワールドというシステムを知っていたらニヤリとさせてくれる部分もあり、読者を楽しませる工夫がそこかしこにちりばめられている。そのサービス精神にはただただひれ伏すしかない。


 話がそれてしまったが、模倣から入るのは絶対に正解なのだと僕は言いたい。

 執筆で困ったときはとにかく好きな本を読み返すことにしている。

 それがきっと一番の近道だと僕は知っているから。

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