0-0 真備町のランスロットたち

 序章 『"荷車の騎士"の中の民間伝承と神話』(※1)

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886414974/episodes/1177354054886414979


 原題:Folklore and Myth in "The Knight of the Cart" (A. L. FURTADO 、P. A. S. VELOSO)

 日本語訳 なし(多分)


 読んだこと(見たこと)があった。×

 知っていた ×


 先月、岡山県倉敷市に納品に行く機会がありました。

 西日本豪雨のニュースを見聞きしても、物理的な距離もあり、何もせず、忸怩たる思いもあったため、7月20日の積み込み前に、スコップ、鋤簾じょれん(※2)やゴーグル、手袋などの装備を一通り用意し、7月21日、朝9時の納品終了後、災害ボランティアに参加させていただきました。

 納品個所から車で二分ほど(!)の集合場所で、約十台のバスに分乗し、サテライトと呼ばれる真備町内の本部にて降車。あらかじめ決められた五人一組の班ごとに行先を指示され、そこで作業に携わる、という流れでした。

 被災地の中心では、信号が停電により機能せず、炎天下で警察官が交通整理をしていました。我々の班は徒歩で向かいましたが、おそらくずっと遠いところへ向かう班の人たちが、軽トラックの荷台に乗りこんでいました。


 「ランスロまたは荷車の騎士」(※3)で、著者のクレチアン・ド・トロワは、「当時(※4)、荷車は晒し台のように使われていて、乗ったら最後社会の除け者扱い」と述べています。

 さらわれた王妃を探し求めるランスロ(ランスロット)も、荷車引きの小人に「荷車に乗ったら明日までにはわかる」と言われ、二歩ほどの間ためらいます。


 しかし、真備町のサテライトで軽トラックに乗り込んだ方々は、一歩もためらうことなく荷台に乗り込み、警察官に誘導されて指定地に向かっていきました。彼らはまさしく、スコップや鍬という槍や剣を持った「荷車の騎士たち」でした。



 『"荷車の騎士"の中の民間伝承と神話』は、ノーベル化学賞を受賞した根岸英一でも有名なパデュー大学の研究者たちによる小論です。

 赤帽(※5)と言う、いわば現代の荷車の一つが重要な役割を担う本編の序章として、「荷車の騎士」ほどふさわしいテーマはない、と思いましたが、これに関する評論などはなかなかありません。


 秋篠憲一氏による「クレチアン・ド・トロワ作『荷車の騎士』の変容」

 https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/15330/020000890002.pdf

 は、「荷車の騎士」の理解を助けてくれましたが、章題としてはあまり適さないように感じました。

 最終的に本論を見つけ、購入し、辞書を引き引き読み、序章のタイトルとさせていただきました。


 私としては、なぜ、


「荷車を見たり出会ったりしたら、不幸なことにならないように神様のことを思い、十字を切るがよい」(「ランスロまたは荷車の騎士」)


 と言われるほどになってしまったのかを知りたかったのですが、残念ながら、そのあたりについてはあまり触れられていませんでした。

 ただ、本編のもう一つのテーマである「人間狼」について詳しく書かれている『中世賤民の宇宙』の中で、阿部謹也が、「中世後期以降賤民氏されてゆくさまざまな職業は、ほとんどすべて本来は二つの宇宙の狭間に成立したものであることが解るであろう」と述べています。

 ここで言う「二つの宇宙」とは、


 小宇宙 ―― 非常に狭い世界を生きていた中世の一般人たちの生活圏

 大宇宙 ―― 上記の外側、未知またはほとんど知らない世界


 という意味のようです。

 そしてそれは、もともと「畏怖の感情から生じている」ようです(※6)し、また、小宇宙に生きる人々は、往々にして大宇宙の力を借りようと、畏怖する職業の人たちを頼ったようです。


 阿部謹也があげている職業の中には荷車引きはありませんが、「小宇宙と大宇宙を行き来する」と言う意味では、荷車引きは条件を満たしていると思います。もしかしたら、参考資料にあるダンケルトの著作には記載があるのかもしれませんが、これについては私の勉強不足でもあると思いますので、今後の課題とします。


 

 倉敷のボランティアでは、「仕事で近くに来たから」という私と違い、福井から車で四時間かけて来て、終わったらそのまま福井に帰る、と言うサッカーの先生や、既に二度参加されているという女性もいらっしゃいました。

 上記では軽トラックの荷台に乗って行った方々だけを「荷車の騎士たち」と言いましたが、実際には、海岸近くのの駐車場から十台ほどのバスに乗って現地に向かった人たち、新倉敷駅のボランティアセンターから同じくバスに乗って行った人たちは、皆、「真備町の荷車の騎士たち」であり、「真備町のランスロットたち」です。

 誰もが(男性も女性も)「一日も早い復興」という心の中の姫君を求め、泥やほこりまみれになりながら戦っていました。

 もちろん、他の被災地域も同じだと思いますし、それは今も続いていると思います。

 

 仕事の都合で、私が参加させていただけたのはたった一日だけでしたが、真備町を含む被災地の皆様が、一日も早く平穏な日常を取り戻せるよう願っております。



 ※1  「Folklore and Myth in "The Knight of the Cart"」のような場合、たいてい”in”には「おける」と言う訳語を当てると思いますが、どうもしっくりこなかったので、「中に」としてあります。


 ※2 ご存じない方は下記を参考になさってください。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8B%A4%E7%B0%BE


 ※3 現代語での原題:Lancelot ou le Chevalier de la charrette 

 フランス語は単語の最後の子音を基本的に発声しないので、"Lancelot"には「ランスロ」と言う訳語があてられます。


 ※4 アーサー王伝説を考えると5、6世紀ごろだと思います。


 ※5 私自身赤帽のドライバーです。


 ※6 別の項で、阿部謹也は、中世ヨーロッパで賤民視された職業として、死刑執行人などと並べ、外科医や浴場主も挙げています。

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