0-1 最強剣士、(800年以上前から)異世界で無双する

 0. 〝ランスロまたは荷車の騎士〟


 原題:Lancelot, le Chevalier de la charrette

 日本語訳 神沢栄三(白水社)


 読んだこと(見たこと)があった。×

 知っていた ×



 俺が食事をしていると、ガタイのいい騎士(とりあえずゴメスと呼んでおこう)が横に立って言った。


「はっ。お前か?下等な騎士の分際であの橋を渡ろうっていう奴は?」

 

 俺は何も答えず食事を続けた。館の連中が十字を切った。


「なんてこった!あの騎士はもうだめだ」「見てられない。家の中で待つわ」


 俺が無視し続けると、ゴメスが怒鳴る。


「おい! あの橋を渡るなら金を払え。それが嫌なら俺と決闘しろ!」


「やれやれ、無駄な戦いはしたくなかったんだが、結局こうなる」


 俺は立ち上がり、呟いた。「とるしかないようだな、あんたの首を」


 草原にはゴメスがすでに馬にまたがり、槍を構えている。


 俺も馬に乗り、槍を手にする。風がいつもと違う。


 館の連中が一部出て来て、息をのんで見守っている。


 ガキン!ガッ! 早速のゴメスの攻撃をいなす。


 (中略)


 (ちっ、意外とてこずらせるな。そこそこはできるみたいだ)


 俺は背後を見た。館の連中が心配そうな顔をしている。


(そんな顔しなさんなって。しょうがない、少し本気でやるしかないか)


 俺はギアを一段回上げ、剣の速度を上げていく。


 あっという間に防戦一方になったゴメスを、死なない程度に叩きのめす。

 

「た、助けてください! お願いします! どうかお慈悲を!」


 追い詰められたガタイのいい騎士は、震えながら命乞いをするゴメス。


「じゃあ、お前の侮辱、そっくりそのまま返してやるよ。わかるな?この意味を」



 今風のライトノベルの真似をしてみましたが(どうでしょうか?)、これは実は、12世紀に書かれたクレチアン・ド・トロワの「ランスロまたは荷車の騎士」を、現代風にアレンジしたものです(※1)。

 エピソードは「高慢な騎士」というもので、ランスロットが剣の橋へ向かうと知った相手が、荷車に乗ったことをバカにし、決闘をしかける場面です。

 最強剣士ランスロットは当然勝ち、相手を散々コケにして、最後は(諸事情あって)首をはねてしまいます。


 「荷車の騎士」の異名を持つランスロットは、現在ライトノベル界や漫画、アニメで人気の「異世界を舞台にした俺TUEEE」の原型みたいなキャラクターです。

 基本的には中世の騎士道物語ですが、「剣の橋」や「水中の橋」という現実にはなさそうな障壁があったり、「大男が七人がかりでなければ」動かせない石棺の蓋を一人で開けるというイベントがあったりと、異世界的なイベント盛りだくさんです。

 その上、敵にも容赦ありません。「高慢な騎士」と対峙し、ぼろぼろに打ち負かした後、追い打ちをかけるようなことを平気で言います(※2)。

 「最強主人公」が人気なのは、何世紀も経っても同じなのかもしれません。


 ただし、ランスロットという騎士は、あまりに有名なためか、それとも強すぎたのか、毀誉褒貶相半ばするキャラクターです。


 本編でも触れている「キング・アーサー」(2004年)では、アーサーの真の仲間であり、グィネヴィアと特殊な関係になることもなく、最後は彼女を守って死んで行く、という、ある意味理想的な騎士です。

 同時に、死者となってさえ物語の語り部としての役目を果たします。


 第十三章-7の節タイトルにもお借りした「トゥルーナイト」では、グィネヴィアと道ならぬ恋に落ち、一時は処刑されかけるが、最終的にはアーサーの後を継ぐ騎士、という位置づけです。


 一方、「エクスカリバー 聖剣伝説」(1998年のテレビ向け映画)では、この物語の主人公マーリンによって「何一つ良いことをせずに去って行った」と評されています。実際、この中だと、ほぼグィネヴィアを奪ってキャメロットを混乱させるだけの役割なので、そう言われても仕方ありません。


 でも、もともとのランスロット像には、そう言った要素はなかったようです。そして、ランスロットを現在の姿にした戦犯が、クレチアン・ド・トロワです。

 最初にランスロットとグィネヴィアの不倫を書いたのは、クレチアンですから。


 いや、ちょっと待ってください。

 もう一度よく考えてみましょう。


 「物語に宮廷風恋愛を入れなさい」と言ったのは、クレチアンのパトロン、マリー・ド・シャンパーニュ(マリー・ド・フランス)です。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9_(1145-1198)


 事実、クレチアンは最後まで書き切らず、ジョフロワ・ド・ラニーという学僧に筆を譲っています。

 これについては、クレチアンが不倫関係を書くのを嫌ったからだ、とか、いや、ジョフロワ・ド・ラニーとはクレチアンの別名義だ、など、いろいろな考察があるようですが、とにかく、この「宮廷風恋愛」というテーマは、その後のランスロット像を大きく変えました。


 マリー・ド・シャンパーニュは、「宮廷風恋愛」と言う剣で、その後800年に渡ってアーサー王物語の世界を「無双」しています。いいえ、おそらく今後も、アーサー王伝説に関する作品がつくられる限り、何らかの形で影響を与え続けるでしょう。


 もちろん、既に故人の本人は、完全な無敵状態で。


 極端な話、クレチアン・ド・トロワの「ランスロまたは荷車の騎士」を読んだことどころか名前も知らない人でも、ランスロットとグィネヴィアの不義の話はどこかで見聞きしたことがあるかも知れません。


 そうです、実は「最強剣士」とは、ランスロットでもクレチアン・ド・トロワでもありません。


 マリー・ド・シャンパーニュ。


 彼女こそ、異世界、つまり彼女からしたら想像もできないような未来で、永遠に無双し続ける最強剣士と言えるでしょう!



 (※1) これは日本語訳(神沢栄三)からの(ひどい)二重意訳ですが、原文は韻文詩だそうです。

 原文に敬意を表し、一応韻を踏ませてみました(「ゴメス」は、韻の都合です。原文では「高慢な騎士」というだけで、名前はありません)。


 韻文詩は、日本ではあまりなじみがありませんが、中世以前の物語の多くは韻文詩になっています。

 ラッパー以外の現代の日本人からは考えにくいところですが、現在の欧米の歌も韻を意識したものが多くありますし、漢詩も韻を踏むのが当たり前でしたから、むしろ、日本人の方が特殊と言えるかもしれません。

 もちろんこれは、「述語が最後に来る」という日本語の文法故でしょう。

 極端な話、「です」「ます」を使えば、何も考えなくても後韻を踏んだことになってしまいますし。


(※2) とはいえ、一応相手に慈悲をかけたりもします。宿敵メレアガン(マラガント)も、何度も命を助けています。

 また、この最強剣士でも、おかしなところで罠にはまったり窮地に追い込まれたりしますが、それはまた別の機会に。

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『wO-LVes』の章題、節タイトルについて 海野遊路 @unnoyuuro

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