第17話【ラッパ屋】

 ここで、その提案を受け入れるのは、容易ですが、私の答えは、否である。

 いくつか理由を上げるなら、まず一つ、護衛の期間、期日が明確でないこと。しばらくの間と言われて、ハイとは了承し辛い。二つ目、四六時中、護衛となると、プライベートが、無くなるということ。いくら面識のあるマルグレットとは言え、ほぼ他人なのだ。気を遣って仕方がない。三つ、オルグと相談もなしに、この件を決めるのは、流石に不味い。何より私の使い魔ですし。あと、面倒ごとは、懲り懲りだから……。


「護衛のこと、申し出は、嬉しくありますが、お断りさせて頂きます。ほんと、すみません」


 弱々しく微笑んだ私は謝意を示して、ロニーの答えを待つ。


「おや、また、どうしてだい?」


 片眉を上げて、目を見開くロニー。やはり、当然の返答ですね。しかし、全部をぶっちゃける訳にも参りませんし、ここは、一つ穏便に事を済ましたい。

 なので、相手を慮りつつ、こちらの意思表示もしっかりと、伝えないといけないかな……。


「騎士団の方々のお手を煩わすのは、何かと心苦しいのと、私もそれなりに、出来る方だと、自負しております」


 少し照れもあるけど、そこは、堂々と言い切った。


「フッ、そう言われたら、此方も無理強いは出来んな……」


 微笑ましいモノでも見るような表情のロニー。ちょっと、引っ掛かりを感じますが、どうにか納得してくれたようなので良しとします。


「でもな、ネコちゃん。やはり、此方としても心配なのも、また事実……そこでだ、互いの意見を尊重し合った上での折衷案といこうか」


「折衷案と申しますと?」


「一応、マルグレットには、ネコちゃんの元へ御付きとしての任を与えていた。しかし、ネコちゃんも、ここ数日、何かと忙しいみたいだし、あまり、マルグレットと顔を合わす機会が無かっただろう。マルグレットからも、そう報告を受けていた。で、今回の件が無ければ、このままでも、良かったのだが、ことが大きくなってきた今、別件のことも踏まえて、護衛が居るかなと俺なりに判断を下した。まっ、ネコちゃんには、さっき要らんと言われた訳だが……」


 人が大人しく聞いてたら、ロニーが、急にニタリと笑み漏らし、ちくりと毒づいて来のだ。


「むぅ、むぅぅぅ」


 それに対して、私は、深く唸りながらも、眉間にしわ寄せ抗議してやる。

 ロニーは、一瞬だけ怯めども、その後は、何食わぬ顔して話を続けた。


「そ、それでだ。護衛が無理なら、定期連絡だけでも、どうだろう? ついで、条件付けさせて貰えれば、ネコちゃんがエルムスに居る時で構わない、朝と夕方の二回、マルグレットを店に遣るから、必ずは無理かもしれんが、出来るだけ連絡をくれ」


「定期連絡ですか、ふむ、そうですね……それなら、ハイ、大丈夫かと、えっと、それから、もし、私が、お店に居なくても、何らかの方法で、マルグレットに連絡が着くように致しまから、その旨は、ご心配無く」


「そうか、良かったよ。了承してもらえて、これで、少しは、安心だな」


 肩の荷を降ろしたように、ホッと一息吐いたロニー。


「お、悪いな、ネコちゃん、少しばかり、長居し過ぎたな……俺も、ぼちぼち仕事に行くわ」


 ロニーは、柱時計を見つめつつ、煩わしげに髪を搔き上げては詫び入ると、丸椅子より立ち上がった。


「いいえ、こちらこそ、色々と本当にありがとうございます」


 私もそれに倣い立ち上がれば、ロニーへ頭を下げる。


「いいって、頭なんか下げなくても、ネコちゃんに、何か在りゃ、気が気じゃない連中と、例の件もあるから、動いたまでで、感謝される程のことしてねぇよ」


「それでも、ですよ……」


「そうかい、なら、ありがたく、その気持ち、受け取っておくよ」


 すんなりと、私の言葉に折れたなら、照れ臭そうに、はにかむロニーの姿。

 何となくだけど、案外、押しに弱い人なのかも?


 そうして、ロニーが店外へと歩みを進めると、私も後に続く。

 店先にて取り留めのない会話を交わす、私とロニー。


「騎士団の方々にも、宜しくお伝え下さい」


「ああ、必ず伝えておくよ」


 そう言って、ロニーは、くるりと背を向けて歩きだすと、


「じゃあな、ネコちゃん」


 こちらに振り返ることなく、肩越しに手を振り上げて、颯爽と去ってゆく。


「はい、お気をつけて、いってらっしゃい! ロニー」


 私は満面の笑みで、その背中を見送った。


「さて、私もグズグズしてられません。早いとこ、お店、開けないと」


 開店準備の為に、いそいそと店内へと戻り、支度を始めようとした矢先、


「ねぇ、キョウダイ……」


 その声には、幾ばくかの冷たさを孕んでいた。

 あ、やっぱ、そうだよね……。


「はい、どうしましたか?」


 私は、笑み絶やすことなく、オルグを見やり、耳を傾けた。


「オイラ、聞いてないよ。あの糸目と殺り合ったとかさ」


「ちょっ、その言い方、ヤメて」


 オルグの発言が苦い顔作らせる。


「え、言葉のニュアンスが違うだけで、実際、おんなじだよね」


「そうですけど、殺り合うとか、なんか、ヤじゃないですか。物騒だし」


 何故だか、妙にしおらしい態度を取ってしまう自分がいた。


「はぁ? 今さら、カマトトぶっちゃって、てかさ、キャラ間違えてるからぁ、キョウダイ」


「ああ、オルグ、それ、失礼こいちゃってますよ。一応にも淑女レディに向かって言う言葉じゃないよ!」


「ほぅ、淑女レディですか、言うよねぇ。だったら、もっと、おとなしくしててくれませんか。ねぇ、オイラの言ってる意味わかるよね。わ・か・る・よ・ね、キョウダイ……」


 どうやら、地雷を踏み抜いたらしく、オルグの背後に、ゴォゴォゴォ、とおどろおどろしい擬音が……みるみる顔色を変えたオルグは、笑いながら怒る、もう恐怖しかない表情で、ジリジリと近づいてくる。


「いや、あの、オルグさん、あ……」


 オルグの変わり様に、慄いてしまった私は、その場でペタンと尻餅をつく。


「ねぇ、どうなの? ねぇってば!」


「あ、あ、あ、あの」


 迫り来るオルグより、後退り逃げるも、等々、壁際に追い詰められた私は、


「ご、ごめんなさい。私が、生意気言いました」


 と限界極まり、すぐさま土下座をするのだった。

 主従、逆転である。


「ハァ、最初から、そうしときなよ。本当にさ」


 どうやら、溜飲は下げてくれたらしい。チラッとオルグを見やると、呆れ半分、優越感半分という、なんともイラッとくる、その顔つき。

 クッ、ダメです。ここは堪えてないと、話ぶり返したら元も子もないです。私も大人です。涙を飲んで、やり過ごすことにします。


「それで、話戻すけどさ、どうして、こういう大事なこと、言わないかな」


 肉球で床をトントンと叩く、その姿は、まるで、人間が、指で机を叩く仕草そのもの。イライラを募らせてるだろうオルグなのだ。


「えっと、ですね。それは、色々と、あり過ぎまして、う、……わ、す……ました」


 私は、それを、どうしても言いたくなくて、口籠もってしまう。


「え、なに? 聞こえないよ。もっと、はっきり、言いなよ」


 う、言いたくないよ。心からの叫びである。


「だから! うっかり、忘れてました。言うの、わすれてたの!」


 ただただ、語尾を強め、言い放つだけ。


「あ? 忘れてただけって、マジかよ! ウソでしょ!」


 もはや、呆れを通り越せば、キレ気味に雄叫びを上げたのであった…………


 商品の品出しに、羽ぼうきで軽く埃をはたき、着々と開店準備を整えていく。


「話を聞いて思うんだけど、結局のところさ、もう、巻き込まれてるよね。いや、ちがうか、コレ、自ら火中に飛び込んで行ってる感じか?」


「ナニ、それ。黙って聞いてたら、言いたい放題。人をトラブルメーカー扱いして」


「文句の一つや二つ、言いたくもなるよ。こうも、厄介ごとを背負い込んでさ」


「私も、好き好んで巻き込まれた訳じゃないし、気づいたら、こうなってたんだから、仕方ないでしょ」


「そうだったとしても、やっぱ、酷いよ。ほんとさ、一度、お祓いに行った方がいいよ。絶対、良くないモノが憑いてるから」


 あの日のアーリィの言葉が頭をよぎる。


「うぅ、この、嫌なこと思い出させる」


「うん? ナニ、どうしたの?」


 突然のことに、ハテナ顔のオルグ。


「もうっ! 何でもありません」


 私は箒を一本手に持てば、一人スタスタと店先へ出た。


「ああ、もうっ、ほんと! 腹立つわ! うぅぅ、この、この、この……」


 一人ぐちぐち呟いた挙句、当て付けるように箒でゴミを払い除く!


 今日は、何だかんだか、日が悪い。オルグとの喧嘩が絶えないし……。


 一通り、店先を掃き終えたなら、


「ふぅぅ、綺麗になりました」


 私は、どうにか冷静さを取り戻す。


 とりあえず、店内に戻るとオルグの姿を探した。

 二階へと続く階段の端っこで、ふて腐れるように蹲り丸まるオルグを見つけた。


「オルグ……」


「なに」


「もう、止めません。この話」


「そうだね。お互い、損しかしてないね」


 ここで、ようやく私とオルグの目が合った。


「ハイ、お終いです」「じゃ、終わりね」


 同時に同じこと呟くのだった。



 あれから幾日が過ぎ、とある夕暮れ時、お店に訪れる旅装束姿の男性が一人。


「いらっしゃいませ」


「邪魔するよ」


 一言呟くと、サッと店内を見渡し、そのまま足早に私の対面へとやって来た男性。


「つかぬ事を聞くが、ここは【魔女の小箱】で相違ないかな?」


「はい、間違いありませんが……」


「そうか!なら、キミが、魔女のダリエラさんで、いいのかな?」


 私の言葉に、男性は安堵の表情を浮かべると、今度は名を問うてきた。


「え、ええ、その通りです。私がダリエラですけども」


 突然のことに、戸惑ってしまうも、とりあえずは、素直に応答することとする。


「お、ちょっと、待っててくれ」


 男性は、徐ろに襷掛けていた黒革の鞄の口金を開き、ガサゴソと中身を物色し始めた。

 そして、取り出されたは、二通の封書。

 どうやら、この方は【ラッパ屋】のようだ。


 【ラッパ屋】

 主に手紙や小包などの配送を生業とする運び屋専門ギルドの総称。

 

「ほら、ダリエラさん、宛ての手紙だ」


「どうも、ありがとうございます」


 私は、その二通の封書を受け取る。


「じゃ、ここに、サイン、してくれるかい」


【ラッパ屋】の男性が、革の手帳を開けば、私に差し出してきた。


「こちらですね」


「ありがとう、では、これで、お暇させてもらうよ!」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 私が、配達記録の為の受領サインをすると、早々にお店を後にした【ラッパ屋】の男性。 

 しばらくして男性の姿が見えなくなれば、オルグが、カウンター台まで飛び上がってくる。


「ねぇ、【ラッパ屋】から手紙が届いたみたいだけど、誰からなの?」


 手紙に興味津々なオルグ。


「はいはい、そんな急かさないで、今、確認しますから……」


 送り主を確認すべく、封書の裏書きを見ると、


「えっと……こちらは、ジャミールからの手紙で、後は、あ、ピエールですね」


「ジャミールと、ん? ピエール……あ、嗚呼! あの男ね!」


 ピエールな名を聞くと、思い出したかの様に頷くオルグ。で、どうにも嫌らしい笑みを浮かべているのだ。


「その顔は何ですか。余計な事考えてません?」


「いや、べつにぃぃ」


 私の睨みなど、なんのそのなオルグは、意味深に口こぼすだけ。

 ほんと、この黒ネコは、どうしようもないですね。

 ここで、それを突っ込んだりしたら、これ見よがしに、面白がって、私をイジるだろうし、調子に乗るのが目に見えます。

 なら、ここは、スルーするに限ります。


「そっ…………」


 一言呟き、オルグを一瞥すれば、


「ちっ、ノッてこないか……」


 悔しげに小さな舌打ちを鳴らす。

 私は、素知らぬ顔して封書を開封し、手紙を読み始めた…………。


 まず、ジャミールの手紙には、薬の原材料の判別が出来たとのこと、あと原産地の特定も、二、三日で終わると言う報告が書かれていました。

 ジャミールも、今回は、真面目に仕事してくれたようです。ちょっとだけ、心配してましたから、それより、流石としか言い様がない。ほぼ、一週間で、仕事を片してくれました。私だったら、こうは行かない。


 それで、二通目の手紙、ピエールの方はと言うと、近々、行商でエルムス城塞都市へ訪れるらしく、その折に、この前のお礼がしたいので、私に時間を割いて欲しいとのこと。口約束とは言え、約束ですから、時間を作るのは、構わないのですが……肝心な日付けが、書かれてないよ! 時間を作ろうにも、作れませんよ。ここは、しっかり明記しておかないとダメでしょ。ほんと、抜けてますよね。

 とりあえず、いつ来てもいいようには、しておきますか。

 それはそうと、これで漸くロニーへと吉報を届ける事が出来そうです。

 幾らか肩の荷を下せたかなと、思い馳せつつ、私は、便箋を封書に仕舞った。

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猫魔女さん。 紅芋チップス @hot-ice

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