第6話 初体験

 理系の男子大学生は、なぜみんなチェックのシャツを着るのだろう。


 明海大学のキャンパスを歩きながら、私はそんなことが気になっていた。

 そういえば、カッちゃんも、初めて見たとき、青いチェックのネルシャツを着ていた。

 私が大学一年の五月、カフェで店員のバイトをしていたときだ。カッちゃんは当時、近くの大学でじょきょうというポジションに就いていた。

 理系男子にありがちな、色白でメガネをかけているタイプではなく、ほどよく日焼けしていて、体格も良い。白いカットソーの上にタータンチェックのシャツを羽織り、長い脚にジーンズがよく似合っていた。

 将来をしょくぼうされる天文学者にはとても見えなかったから、彼がテーブルの上に英文の資料を広げて、パソコンで論文を書いている姿は、私の目に印象的に映った。

 恋は見慣れることから始まる。

 毎日のように店に来て、Lサイズのコーヒーを注文するついでに一言二言、冗談を言っていく彼に、私はいつの間にか恋心を抱いていた。

 だから、

「君をテイクアウトしたいんだけど」

 と言われたとき、私は嬉しかった。

 今思えば、キザすぎるセリフだし、失礼でもある。

 けれど、そう感じなかったのは、カッちゃんの人柄のせいかも知れない。彼は人に警戒心を抱かせない、包み込むような雰囲気を持っている人だ。


   *


 最初のデートは中華料理屋だった。

 料理が出てくるまでに、カッちゃんはビールを注文し、私の前にもグラスを置いて注ごうとした。

「未成年です」

 とグラスを手でふさいで断ると、

「真面目だな」

 と笑って、自分のグラスにだけビールを注ぐ。


 それから、星の話を始めた。

 星の話と言っても、星座や星占いの話ではなく、星がどのように誕生するかについての仮説だった。

 まず、宇宙空間のガスやちりが集まって、雲のようなものができる。その中でも密度の高いところにじゅうりょくが発生し、周囲の物質を引き寄せていく。それが雪だるま式に成長しながら回転し、円盤のような形になる。その中心に近いところがしゅせいになり、円盤の縁の部分でも物質の衝突や融合が起こって、れっせいができていく。


 カッちゃんの最初の講義を私は半分も理解できなかったけれど、それを話しているときの彼の目が素敵だと思っていた。

 本当に好きなものについて話している子どものような目だった。


   *


 付き合い始めて三ヶ月目の夜、私はカッちゃんと初めて寝た。

 十九歳になる前日だった。

 行為が終わった後、彼は私の髪をなでながら、

「ごめん」

 と真剣な顔で言った。

「どうして謝るの?」

「初めてだったんだろ」

「うん」

「後悔はしてないか」

「してない。だから、謝らないで」


 その夜のうちにもう一度したのは、そうしなければ、怖くなりそうだったからだ。

 二度目は、自分でも不思議なくらい冷静だった。

 私は、自分の上で揺れ動くカッちゃんを見つめながら、彼の鎖骨やのど仏を触っていた。

 体を支配させることは、相手の心を支配する方法だ。そのことを学んだ夜、私は克人さんを「カッちゃん」と呼び始め、敬語で話すのもやめた。

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