第5話 砂漠で見る星空

 横浜からの帰り道、私は自分を責めた。


 最低、最低、最低、私は最低だ。

 カッちゃんに会いたい。


 そればかりを思って最寄り駅に着いたとき、奇跡が起こった。

 改札を出たところに、彼がいた。


「カッちゃん」


 スーツ姿で、私に向かって手を挙げ、爽やかに笑う。

 私はカッちゃんに駆け寄って抱きつき、彼の胸に額を押しつけた。

「ごめんなさい」

 それだけで伝わるはずがないのに、カッちゃんは、

「いいよ。気にするな」

 と言って、大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃにした。


 それから、深夜まで営業しているスーパーで買い物をして、街灯が照らす道を二人でアパートまで歩いた。

 カッちゃんは学会の帰りらしかった。


「泊まっていくでしょ?」

「泊まっていくも何も、そこは俺のうちでもあるだろ」

「だったら、もっと帰ってきてよ」

 と言って、カッちゃんの二の腕をグーで叩く。

 彼は大げさに痛がって見せる。


 やっぱりカッちゃんは最高だ。

 私の理想の彼氏だ。

 私にはカッちゃんしかいない。


   *


 アパートに着いて玄関のドアを開け、中に入ると、すぐにカッちゃんが求めてきたので、

「ダメ。シャワーを浴びてから」

 と強く言った。

 今日はどうしても、体をゴシゴシと洗いたかった。

 脱衣所で服を脱いで、お風呂場に入り、シャワーの蛇口をひねる。熱いお湯を浴びて、スポンジを泡立て、体を洗い始めたとき、

「背中流してやるよ」

 と言って、カッちゃんが入ってきた。裸になっている。

「ちょっと! そういうことはお父さんとでもやってよ」

 抵抗する私を押さえつけ、スポンジを奪い取ると、お父さんが子どもの体を洗うように、私をゴシゴシと洗い始めた。


「何があったのか聞かないの?」

「それは学術的に価値がある話か」

「ないよ」

「じゃあ聞かない」

「バカ」

「はい、今度は前」

 と言って、私を振り向かせると、前も同じように洗っていく。


 シャワーで泡を流した後、カッちゃんが私を抱きしめ、口づけてきた。私は彼の舌に自分の舌をからませる。カッちゃんの手が私の内太ももの付け根を這う……。


 お風呂場から出て、パジャマに着替えた後、冷蔵庫を開けた。

「プリン買ってあるけど、食べる?」

「後で食べるよ」

 と、すでにベッドに寝転んでいるカッちゃんは言った。


   *


 しわくちゃになったベッドで、カッちゃんの講義を聞いた。

 今日は、砂漠で見る星空の話だった。


 天体観測の最大の敵は湿度だ。だから、日本という国は、どこに行っても天体観測の条件があまり良くないらしい。向いているのは広大な砂漠で、アメリカのアリゾナ砂漠やチリのアタカマ砂漠には、世界中の天体観測所が集まっている。


「星が降るようなって表現があるだろ。アタカマ砂漠で見る星空はそんなものじゃないんだ。降るも何も、自分たちも宇宙にいるんだってことが、はっきりとわかる。小マゼラン星雲まで肉眼で見えるからな」

 私は、その星雲よりも、砂漠で寝転がって星空を見上げているカッちゃんを想像した。

「瑠奈もあれは一度見るべきだ」

「見るべきだ、じゃなくて、カッちゃんが連れていってよ」

「ダメだ。自力で来い」

「意地悪」

 私はカッちゃんの耳を責めた。

 仕返しに彼が私の両脇に腕を入れて引き寄せ、強く抱きしめる。


「ねぇ、カッちゃん」

 彼の襟足の毛を指でもてあそびながら、私は聞いた。

「私のこと、愛してる?」

「当たり前のこと聞くな」

「じゃあ、なんで言ってくれないの?」

「自明のことは省略するのが論文のルールだ」

 まだ心にわだかまるものがあったけれど、それ以上は聞かなかった。

 カッちゃんに抱きしめられたまま、私は眠りに落ちた。


 翌朝、目を覚ますと、やっぱりカッちゃんはもういなかった。

 冷蔵庫のプリンも手つかずのままだ。

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