下田を旅した

 今回の旅行では通算二回外出した。

 宿が山の中腹にあるので、奥さんは付いてこない。僕一人での行動である。


 一回目は夕方、雨が止んだ後だ。

 崖に近い階段を降りて海岸沿いを歩くと中学校の校舎があって、海の浅瀬が近くにある学校に通う人生は、それがない人生に比べてだいぶ違うのだろうなと思った。僕は転校して中学校が何度か変わったけれど、どこも海が近くにあった事はなかった。せいぜい城のお堀ぐらいで、それはそれで楽しくはあった。

 そう考えてみると、海が中学校の近くにあろうがなかろうが、人生の違いなんて無いのかも知れない。楽しい人はどこの中学校でも楽しくやっていけるし、そうではない人達は海があろうがなかろうが、自分の通りでいるしかない。岩井俊二の映画「リリィシュシュの全て」だって美しい田園地帯の学校を舞台にして、おそろしい閉塞感を描いていた。美しい風景に含まれて生活をしている人達の心が綺麗という幻想は、僕がそう思いたいから押し付けているに過ぎないのだ。


 歩きながら風景をたくさん撮った。学校がある風景の浅瀬をしみじみと撮影していたのだけど、そこに中学生三名が遊びに来て、とても羨ましかった。男の子二人と、女の子一人だ。みんな学校の制服を着ていた。女の子が遠くで遊んでいて、男の子二人は浅瀬に足を濡らしながら何かやっていた。入江なので波は穏やかで、夕暮れ前のトロっとした緑色の光を反射させていた。



 女「聞こえないー! もう一回言ってー!?」

 男1「お前のことがー!」

 男1と2「好きだー!!」



 想像上の事ですけれども(中学生三人がいたのは本当)

 はぁ、やれやれ。

 とため息をついたところで、それすら日本酒臭いおっさんだった。生きていく、という事だけで色んなものを失っていく。


 二回目は晴天の日で、居ても立っても居られなくなり、一人でまた山を降りて遊びに行った。日焼け止めをきちっと塗って、万全の態勢である。とは言え、朝食バイキングで満腹になった男にとって、下田で行くところは限られている。仕方がないので、ペリーだ。


 道沿いをゆっくりと歩いて、目的地に向かう。ペリーと所縁がある了仙寺。もちろん何もない。ペリーロードは風情があり、風も気持ち良く、楽しく歩けたがそれだけである。境内は花が咲き乱れ、たいそう美しい。良い香りもする。それだけである。修学旅行か、小学生か中学生が大勢いた。そういえば、歩いてる途中で中学生に行き先を尋ねられて、僕の自慢のiPhoneXsで行き先を教えてあげたのだった。


 


 下田、ああ、下田。

 ペリーに興味はあるか?

 また胸に手を当てて自問自答である。

 一切ない。

 全世界の天文台を合わせて僕の心の中の内側を覗いても、一切合切ない。きっと誰かが僕の中にあったなけなしの好奇心をゴミと間違えて捨ててしまったのだ。たしかに、好奇心とゴミは似ていなくもない。だが何人たりとも、絶対にそれを捨ててはいけなかったのだ。ペリー。ああペリー。


 でも気が付いたら、五百円払ってペリー博物館的なところに入場してしまっていた。だって、他に何もないのだ。下田の良いところを上げろと言われても、朝から酒が飲めるとしか言えない。そんなの家でも出来るし、寂しすぎる。だったら、ペリーの事を深く知ったっていいじゃないか。ペリーのペニペニーのサイズまで把握してやるぜコンチキショーの精神で臨むしかない。


 下田の歴史と、外国人と日本人の触れ合いのようなものが動画でまとめられていて、意外と面白かった。ドーム型の映写室でパイプ椅子が十数脚程設置されている、どことなく懐かしい雰囲気である。クラス全員を集めて「おしべとめしべ」みたいな保健体育的なものを上映しそうな感じだ。いっそそっちを流してくれても全然構わなかったのだけど(NHK的なナレーションで「赤ちゃんはどこからやってくるのでしょう?」)、もちろん、全力で真面目な下田の歴史だった。僕が掛けてる黒ぶち眼鏡の光が鋭さを増したような気がするが、恐らく気のせいだろう。


 下田の歴史をみっちりと頭に叩き込んでから、資料を見て回った。特に面白かったのが、……面白かったのが、うう……頭が割れるように痛いッ……


 それから了仙寺をゆっくりと一周して帰路についた。了仙寺の後ろには弥生時代の人骨や勾玉が発掘された洞窟があって、その入り口までしか行けなかったけれど、そこの雰囲気がとても良かった。何かしら惹きつけられるものがある。無愛想な猫が一匹いて、こちらをチラっと見てすぐに中へ戻って行った。


 下田は山が多くて、町を歩いていても山がドラクエの世界みたいにいつもぽっかりと視界にあった。地元のスーパーマーケットでビールとつまみを買ってえっちらおっちらと歩いて宿に戻ると、そういう牧歌的な景色が突然胸に沁みてきた。住宅街があり、宿が固まっているところがあり、廃業した居酒屋か蕎麦屋があり、打ち捨てられた自転車があり、坂道を登り下る間、住民の人とは一人もすれ違わなかった。しばらくすると海岸線に出て、ガードレール越しにキラキラの水平線とぽっかりと浮かんだ雲が見えた。どこにも人影はない。ゴツゴツとした岩場と、色あせたまだらな黄色いカーブミラーだけである。その時、何となく「下田は良いな」と思った。


 これで下田のいわば旅行記は終わりである。

 本当に書く事がなくて、いっそやめてしまおうかと思ったのだけど、せっかくだから残しておく事にする。前回の鎌倉旅行記は、自分の小説「空気の中に変なものを」を何とか衆目に晒したくて書いたものなので、何かしら読んだ人に引っ掛かるように書いた。それで小説のPVが伸びたかと言うと、全然伸びなかった。旅行記を読む層と、僕の小説を読む層が合わなかったのかも知れない。関係ないけど、その後異世界転移モノ(【俺の小説を読んでもらうために、監督は異世界へ行った】)を書いて他層の読者を呼び寄せようとしたけど、こちらも客寄せという点ではモノの見事に失敗している。僕にとっては不思議な愛着がある作品なのですけれども。失敗しまくりだけど、今までの人生の大いなる選択肢の失敗に比べれば、アヘッて笑って済むような物である。笑い方が違う。えへっだ。誰がどういう文字入力の教育しとるんじゃ!(わたしです)自分が思い描いた小説が、自分の思うように書けない事だけが超絶怖い。


 今回の下田旅行記を書くにあたっては、そういう宣伝というモチベーションもなければ、下田を良いところアピールするものでもなく、ただ奥さんの両親の旅行に目的もなく付いて行った、という記録のようなものである。朝食バイキングについて楽しそうに書き始めたらもう終わりじゃないかと思う。


 ここまで読んでいただいた方がもしいらっしゃれば幸いであります。本当に、万が一「江戸川台ルーペが書いたヤツだから全部読み尽くすぜ!」っていう変わった方がいらっしゃったら、ヨックモックを贈呈したい。あれマジで美味いから。それを手渡しながら、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げますとお伝えしたい。



 心の水平線に黒船は来襲しているか?

 ペリーの要求に応えられたか?


 その答えは……


 それではまた!


 ※参考

 12万文字【空気の中に変なものを】

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885018536


 3万文字【俺の小説を読んでもらう為に、監督は異世界へ行った】

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885851439






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【エッセイ】しょんぼり旅行記 江戸川台ルーペ @cosmo0912

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ