3章終話
この歳になってソワソワした気持ちを体験するなんて、思いもよりませんでした。
「ルリコ様、気になるならさっさと開ければ良いじゃないですか」
「そうは言っても、これが夢だったらと思うと手が動かないのよ」
私とハンナが向き合っているテーブルの上には、やや大きな箱が置かれています。あの日、宿場町で翔くんからいただいたプレゼント。彼に言い渡された開封指定日が、まさに今日なのです。
「はぁ。夢ならルリコ様は若くてピチピチしてるじゃないですか」
「それもそうね。では勇気を出して開けてみます」
何の飾り気もない紫色の包装紙を剥ぐと、中からこれまた何の飾り気もない白箱が顔を覗かせました。
「ショウ様はもっと梱包のデコレートに気を配るべきですね」
「そうかしら。彼らしさに溢れていて私は好きですよ」
「ルリコ様はショウ様を否定されませんからね。じゃあさっそく開けてくださいな」
箱を開けた瞬間、真新しい革と独特な香の匂いが立ち込めました。
「あら、これは……鎧かしら」
「女性に贈るものではないですね」
中に入っていたのは綺麗な焦がれ香の革鎧でした。その表面は香木を使い、職人さんが何度も丹念に染め重ねていることが伺い知れます。背中部分はレースアップの編み上げ仕様で、ボディラインに合わせて調整できる作りになっていました。
「手が込んでますね。何か特別な効果が付与されているのかも」
「ゼペットさんにいただいた魔道具で調べてみましょうか」
私は一旦部屋へと戻り、箪笥にしまっておいた【認識の瞳】を持ってきました。これは目玉の形をした透明な水晶で、その中に魔法陣が幾重にも組み込まれています。以前ゼペットさんが使用していた鑑定の光魔法を閉じ込めているらしく、回数制限はありますが誰にでも使える便利な魔道具なのでした。
「ええと【淑女の耐寒鎧】だそうです。体感温度の一定化と自重の緩和能力が付与されているようですね」
「へぇ、ショウ様も色々と考えておられるのですね」
「彼はいつだって私のことを気にかけてくれているわ」
淑女の耐寒鎧を抱きしめ、鏡の前へと移動しました。こんなにも高価なプレゼントをいただいたのは産まれて初めてです。
「どう、ハンナ。似合うかしら」
「お似合いですとも。ルリコ様、メッセージカードもお忘れなく」
そうでした、メッセージカードも添えられていたのでした。席に戻り、ドキドキしながらメッセージカードに手を伸ばします。喉も乾いてきましたのでヤカンをテーブルに乗せ、心の準備を万端にするのも忘れません。
相田さんへ
俺のスマホによると今日は敬老の日らしい。
それに俺達がこっちの世界へ転生して丁度一年目だ。
そんなこんなでこの革鎧、もらってくれると嬉しいぜ。
これで少しは防御力を上げて、まだまだ長生きしてくれよな!
伊川 翔
昨年のこの日は異世界へと落とされ、今年は最高の贈り物をいただきました。これからも季節が巡るたび、何かしら素敵な出来事を伴う日になるのかしら。などと想像を膨らませれば楽しくなりますね。そして叶うならその砌、隣には――
そんな想いを胸に秘めつつヤカンを傾け、私はいつも通り麦茶を飲むのです。
―― おばあちゃんは冒険者 了 ――
https://famitsubunko.jp/special/obachan/
おばあちゃんは冒険者 悠木 柚 @mokimoki1
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